輝きだした世界
セリナは目を開けてよく上を見た。今まで目を開けていても、ちゃんと目に入っていなかった。
「大丈夫?」
落ち葉の上にセリナは寝そべった状態だ。真上に見えたのは、いるはずのない人だった。
「若様?…わたし、とうとう幻覚を見てる。」
セリナは呆然と呟いた。
「幻覚じゃないよ。私だ。グイニスだよ。」
「…ほ、んとうに?」
「本当だよ。ほら。感じるだろう。」
若様はセリナの手を取って、自分の胸に当てた。上等な毛織りの手触りの衣服の下から、ドクン、ドクンという心臓の鼓動を感じた。
「…あ。ほんとうだ。」
後は言葉にならなかった。涙が勝手に溢れ出る。しゃくり上げて泣いた。
「ごめんなさい、わたしのせいで。わたしがあの人達を案内したから…。」
「違う、違うよ、セリナのせいじゃない。」
「でも、わたしが案内しなければ、時間がかかったし、わたしが人質にもならなくてすんだもの…。」
「違うよ。どっちみち、彼らは任務遂行のためにやってきたし、君は人質に取られたわけじゃなかった。彼らは君のことで脅したりしなかった。」
「本当に…?」
「本当だよ。」
若様は優しく微笑んだ。
「でも、やっぱり、わたしのせいで。わたしが若様といると、きっと良くないと思う。だって、わたし、若様の役に立ってないし……。」
セリナの言葉は途中で止まった。若様の眉根がむ、と寄ったかと思えば顔が近づいてきて、思わず目を瞑った。唇に温かい感触を感じる。口づけされていると分かって、セリナは思考が停止した。
優しく口づけされた後、若様は困ったように微笑み、セリナの頬の涙を掌で拭ってくれた。
「君は役にたってないって言うけど、違うよ。私は君のおかげで、生きる喜びを感じている。君がいなければ、私はずっと目に見えない、冷たい牢獄の中にいなければならなかった。君が私の心を解放してくれたんだ。だから、そんなことを言わないでくれ。」
若様の目は嘘を言ってなかった。
「さあ、起きて。お目付役が困っているだろうから。」
今さらながら、若様がセリナに体重がかかって重くないように気を遣ってくれていたことに気がついた。セリナは若様に体を起こして貰う。
「…お目付役って……。」
「フォーリだよ。君たちに世話になったと言っていた。だけど、君にはなんて言葉をかけたらいいか、言葉が見つからなかったって。責任を感じて落ち込んでいたってフォーリに聞いた。」
「…え?わたし、てっきりフォーリさんは、わたしのことを本気で怒っているんだって思ってた。」
すると、若様が柔らかく笑った。
「違うよ。君に責任はないと言おうとしたそうだけど、ジリナさんに何も言わないでいいと言われたそうだ。どうせ、耳に入らないからって。」
フォーリが何も言わなかったのはジリナのせいだと分かり、セリナは唖然とした。途端に母に対して怒りを覚え、セリナは急に目の前が明るくなって、辺りが生き生きと輝いて見えることに気がついた。
「フォーリに君が落ち込んでいると聞いていたから、私がこの村の近くに来た頃に新聞にあんな情報を載せるようにしたんだ。あれは私が生きていることを曖昧にするためのものなんだ。完全に死亡したということにするのも、後で生きていたと分かった時に色々と面倒なことになるから。
でも、私がすぐに君に会いにいかないと、君は自分に責任があると思って、思い詰めるだろうと思った。フォーリも同じ考えだったからね。とにかく、間に合って良かった。家に行ったら、ジリナさんが、君のお兄さんや妹さんに君を探しに行くように言っている所だったから。すぐに探しに来たんだよ。」
「そ、そうだったんですか。」
若様は立ち上がって服を払った。セリナも立ち上がる。
「怪我はないみたいだ。」
そういえば、初めて会った時も助けて貰ったのだった。
「大丈夫です。」
言いながら、若様が怪我をしなかったのか、気になった。
「あの、若様は大丈夫なんですか?」
若様はにっこりした。
「怪我をしたって言ったら、心配してくれる?」
「え?」
「冗談だよ。大丈夫。」
「よろしいですか?」
フォーリだ。静かに山の斜面を下りてきた。
「お久しぶりです。あなたがたご一家にはお世話になったのに、きちんと礼も言わずに去ってしまい、心苦しく思っていました。助けて頂いてありがとうございました。」
きちんとお辞儀までされてセリナはぽかんとした。若様もいささか驚いた様子だった。なんで急に敬語なのか意味が分からない。今まで通りに話してくれて構わないのに。
「な、なんで急に丁寧に話すんですか?いつも通りでないとなんか、変!」
今度はフォーリの方が一瞬、言葉を失う。
「…な、変とはなんだ…!」
「ああ、戻った、良かったあ。」
セリナは本気で胸をなで下ろした。すると、若様が吹き出して笑い出す。
「だって、おかしいでしょ、若様。分かるでしょ?」
「分かるよ。だから、フォーリはからかったら面白いんだ。ほんと、真面目だから。」
フォーリはいささかむっとした様子だったが、黙って何も言わなかった。若様が笑っているので、じきにふっと息を吐いて苦笑いした。
「まあ、いいですよ。私のことで笑って明るくなれるなら。」
さすが、大人だった。




