表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

131/248

空虚な日々 

 二ヶ月ほどセリナの家で療養(りょうよう)していたフォーリだったが、ある日、彼は去って行った。みんなが畑仕事に行っている間にいなくなっていた。世話になった礼を述べた置き手紙が置いてあり、そのままどこへ行ったのか行方は分からない。ギール医師も知らなかった。

 訳も分からないまま看病したセプテンは、少し寂しそうだった。本物のニピ族は、男の目から見てもかっこ良かったらしい。

 ただ、セリナとは言葉を交わさなかった。今度こそ本当に怒っているのだろう。何も聞けなかった。謝ることもできなかった。意気揚々と若様に死を宣告に来た人達を、屋敷まで案内してしまった。

 ベリー医師の機転でとりあえず、フォーリは助かった。若様は一体、どうなったのか、まったく分からなかった。新聞にも若様の情報は()っていない。母のジリナが言うには、藍色部隊と言われる人達が動くときは、内密の任務なので公になることはないのだという。公表して差し支えない時に発表するはずだと。ただ、国王が病だから、それがいつになるかは分からないらしい。

 どこに行ったら会えるの、若様。もう、死んでしまったの。私のせいで死んでしまったの?私のせいで?

 毎日、何も感じなかった。フォーリがいなくなってからは余計だ。若様と(つな)がる人がいないから。毎日が空虚なまま日々が過ぎる。とりあえず、仕事のために手を動かした。死のうと考えたこともある。でも、本当に若様が死んだのか、それが分からなくて、それが知りたくて死ぬに死ねなかった。

 母のジリナはあんたが案内しなくても、彼らは村にやってきたと言ったが、セリナが案内しなければ時間がかかったに違いないし、人質のようにされることもなかっただろう。

 毎日が薄っぺらい紙のような感じだった。生きる意味も人生の豊かさも、何も感じられない。気づいたらリカンナが飼っていた猫を()でながら、泣いていることもあった。泣きたくて泣いているのではなく、勝手に静かに涙が流れているのだ。

 わたしはなんで生きているんだろう。いつの間にか、あれから半年以上が過ぎていた。フォーリも元気がなかったな、と思った。もしかしたら、こんな気持ちだったのかもしれない。

 セリナは立ち上がった。ジリナが呼んでいたからだ。

「セリナ、落ち着いて聞くんだよ。いずれ、あんたの耳にも入る。だから、言うけどね、これが本当の話だと思っちゃいけないよ。わたしはベリー先生とカートン家を信じているからね。」

 長い前置きでセリナは勘づいた。

「若様について、なんかあったの?なんて、なんて書いてあるの、その新聞に!?」

 ジリナの手に握られている新聞をセリナはもぎ取った。『セルゲス公が病でお亡くなりになったと発表があったが、すぐに取り消され、病で療養中だが、療養先で行方不明になったと訂正された。しかし、次の日、亡くなったと発表があり、情報が錯綜(さくそう)している。』

 セリナはへたり込んだ。

「なんとか一命をとりとめたのかもしれないね。だけど、療養中に何かあったんだろう。刺客でも送られたのかも。だから、情報が錯綜してるんだろうよ。」

 ジリナに言われても、セリナは分からなくなっていた。結局、毒は飲んだのだろう。それが命令だし、おそらく、セリナが案内した人達が見張りなのだろうから。前にもセリナが作ったパンに、養父のオルが毒をふりかけ、若様は死にかけた。

 自分が何かするたびに、若様は死にかけるではないか。

「わたしのせいだ…!わたしのせいだ…!」

「セリナ、違うよ、あんたのせいじゃないよ!」

 ジリナの声は耳に入らなかった。セリナは立ち上がり、走った。

「セリナ!待ちなさい、セリナ!」

 ジリナが追いかけてきたが、セリナは振り払って走り続けた。

 気がついたらお屋敷の前に来ていた。今、門は固く閉ざされ、誰もいない。屋敷に沿って走り、そこから山に入った。どう繋がっているかはよく知っている。

 やってきたと思ったら、殺される。なんて、運命なんだろう。

(かわいそうな、若様。わたしを好きになってくれたけど、わたしのせいで死に追い詰められるなんて…!)

 仮に生きていても、もう、ダメだ。きっと、再会したらもっと悪くなる。今度こそ、若様は殺されてしまうかもしれない。死んでしまったのだったら、生きている価値はない。どちらにしても、生きていたらいけないと思った。

 前に若様が、自分は生きていていいのか悩んでいて、それを聞いた時は耳を疑った。でも、若様の苦悩は今のセリナにはよく分かった。生きているだけで、迷惑をかけるということがあるのだ。今のセリナがそうだ。

 どうやって死のう。どうやったら、苦しまずに死ねるだろう。やっぱり怖いと思っても勝手に死ねるところでなくちゃ。

 セリナは山を彷徨(さまよ)った。そして、思いついた。最初に若様が崖から落ちた所。

 あそこなら、勝手に滑っていって崖下に真っ逆さまに落ちる。

 セリナはその崖に向かって歩いた。ほとんどの村人が通らず、セリナが発見されたら、もう白骨化しているかもしれない。動物に遺体が食い荒らされて、見るも無惨な状態になるかもしれない。食べられるのは嫌だったが、やるしかなかった。

 山道でセリナは立ち止まった。ちょうど目印の大きな切り株。あそこまで走って行ったら、勝手に勢いで飛んで落ちる。走るだけでいい。何度も、その時のことを頭に思い浮かべて練習した。だが、若様が助かった時の状況が頭に思い浮かぶ。万一、引っかかって助かってしまったら、どうしたらいいのだろう。

 やっぱり首を…。いい枝振りを探して上を見て歩く。道をよく見ていなくて転んだ。これもいいかもしれない。頭を岩に打ち付けて死ぬこともある。

 だが、セリナは頭を岩に打ち付けることはなかった。地面に転がって山の斜面を落ちても、体はあまり打ち付けなかった。体が温かい。温かい何かに抱きとめられていた。そういうことにも気づかないほど、セリナは思い詰めていたのだ。

「…え?なんで?」

 つまり、誰かに助けて(もら)ったということなのだが、それを考えつくまで時間がかかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ