ジリナの雷
ジリナの怒声が響いた。
「騒いでるって言うから見に来てみれば!」
セリナとリカンナは、雷が落ちるのを覚悟して首を縮めた。
「エルナ、さっさと盥から出な!あんた、一体、誰の服を踏みつけにしたと思ってんだい!え?答えてみな!」
ジリナの剣幕にエルナは大慌てで盥から出た。
「あんた達、勘違いしてんじゃないだろうね…!この兵士の服はただの兵士の服じゃないんだよ!分かるかい?ご領主様に仕えている兵士の服とは訳が違うんだよ!あんた達、ご領主様の兵士の服を踏みつけにするか!しないだろうよ!」
ジリナは村娘達を眺め回した。今は全員、ジリナの登場に黙って立っていた。
「あの兵士達はね、国王軍の兵士だよ。分かるかい?国王軍は、国王様の直接の命令で動く軍隊だよ。しかも、親衛隊だよ…!このサリカタ王国で一番の軍隊なんだよ、分かってるかい?ご領主様のとこの兵士より格が上なんだよ!
それに、国王軍は身分に関係ない実力主義の世界だ。普通の兵士の中にも、家に帰れば、お坊ちゃまをしてる連中もたくさんいるんだよ!有名な十剣術の家系の息子達もたくさんいる!あんた達より身分も立場も、上の方々の服なんだよ…!」
村娘達は全員、青ざめた。
「たかが、農家の田舎の娘が見下していいとでも思ってんのかい?たとえ、お坊ちゃまでなくとも、人の服を踏みつけにしていいとでも思ってんのかい!信用されて洗濯を任されているんだよ!本当に馬鹿な娘達だよ、あんた達は!
それと、あの兵士達は国王軍の中でも精鋭中の精鋭なんだからね…!特別な訓練を受けてる連中さ。その気になれば、あんた達なんかあっという間に殺される。」
ようやく、ジリナは一息ついた。
「それと、シルネ、エルナ、あんた達とその組はわたしがいいと言うまで、ずっと洗濯当番だよ。みんなに恨まれるんだね。手を抜くんじゃないよ。今度馬鹿なことをしたら、みんなの見ている前で尻を剥いてひっぱたくからね。」
シルネはぶうたれて頬を膨らませている。彼女は村の中でも村長をしている裕福な家庭なので、我がままに育っていた。
「でも、ジリナおばさん、ずるいわよ!セリナが娘だからって、えこひいきしてんでしょ!あたし、知ってんだから!今度から泊まりで仕事ができるようになるって。その組見合わせはほとんど、セリナ達じゃない!えこひいきなんて、ずるいわ!」
シルネの言葉にジリナの目が細くなる。
「…ほう、耳が早いね、あんた。今はどうやって知ったか、聞かないでおいてやろう。だけど、その人員はわたしが決めたんじゃないよ。私は雇われたあんた達の管理を任されているだけで、誰を雇うか雇わないかは、あの護衛のフォーリ殿の采配によるんだよ。
選ばれなかったのは、あんた達がフォーリ殿の試験に落ちて合格しなかったからだよ。」
「…試験って何よ。」
試験という単語を聞いて、シルネの言葉の勢いがたちどころに弱くなる。
「全員、受けた覚えがあるはずだよ。若様の部屋を掃除して、洗濯物を畳むようにとね。」
セリナとリカンナはお互いにちらっと見合った。二人とも胸をなで下ろす。
「どうして不合格だったかは、わたしは全部聞いている。そうだね、不合格になったのは、掃除をしなかった、若様の布団に寝そべってごろごろ遊んだ、鏡の前に座り込み、触って手垢をつけた、若様の下着に頬ずりした、勝手に箪笥やら引き出しやらを開けて物色し、自分の髪で編んで作った物を潜ませた、高価な椅子を踏み台にし、椅子のバネを壊した、インク壺をひっくり返した、こんな所だね。」
やった覚えのある者達は、真っ青になり、無事に仕事だけやった者達は、そんなことをしたのかと驚きつつ、どこかで見張られていたのだと知って驚愕した。
「ちなみに、あの部屋は若様の部屋ではないけどね。」
最後に強烈な一言がジリナから発せられた。
「これでも、まだ文句があるのかい?」
ジリナは娘達を見回す。
「ないなら、シルネ、エルナ、あんた達はすぐに洗濯にとりかかるんだよ。それから、アミナ、あんたはシルネとエルナの組を呼んできて、すぐさま洗濯係を交代。わたしが百数えるまでに来なかったら、兵士達の前で尻を剥いてぶつと言いな。
それから、セリナとリカンナ。あんた達、このざまはなんだい。わたしの面子を潰す気かい!」
最後に二人はげんこつで叩かれた。シルネが鼻で笑い、ジリナは振り返る。
「あんた達は人を笑ってる場合じゃないよ!ほら、とっととやりな!」
ジリナは娘達を働かせた。
「それと、セリナ、リカンナ、あんた達はもう家にかえんな!お屋敷の中を汚すだろうからね。ああ、そうだ、明日はあんた達が若様達について行って、森に狩りと釣りのお供をするんだよ!動きやすい服で来るんだよ!」
雷を落とされて、二人はほうほうの体で裏庭を後にした。




