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ベリー医師の賭け 1

 ジリナはセリナが誰かと一緒に帰ってきたので(いぶか)しんだ。

「セリナ、誰に挨拶(あいさつ)してるんだい?」

 ジリナは素知らぬ顔で、玄関に出て行くとセリナが挨拶していた者達を眺めた。二人の黒っぽいマントを身に(まと)った武人達である。

「母さん、ただいま。この人達は、お屋敷の親衛隊のところに来た人達よ。」

「親衛隊?」

「こちらのお嬢さんに道を案内して頂きました。遅くなったので、家まで送らせて頂きました。」

 ジリナは二人を観察(かんさつ)しながら、(うなず)いた。

「そうだったんですか。てっきり、うちの娘が何かしでかしてご迷惑をおかけしたのかと思いましたよ。こう見えて、うちの娘はお転婆娘なものでね。今日も帰りが遅いから、また何かやらかしたのかと(きも)を冷やしました。」

「いいえ、そのようなことはありません。親切にして頂きました。」

「兵隊さん方、お茶でも一杯、いかがですか?遠くから来られて(のど)(かわ)いているでしょう?」

 すると、二人は固辞した。そして、一応、去って行ったが、ジリナはその辺にうろついている影を見逃さなかった。

「もう、母さんったらひどい。わたしが何かやらかしたんだって、決めつけたりして。ちゃんと案内しただけよ。わたしだって、最初は若様を殺しに来た暗殺者なのかって警戒(けいかい)したわ。でも、隊長さんを知っていたし、話が具体的だったから案内したの。

 それにお屋敷に行ったら、ちゃんと手形も持っていて、案内されていたから間違いないって。心配ないわよ。それに、前の時みたいに横柄な態度の人達じゃなかったし。」

 セリナは手を洗い、上着を脱ぎながら嬉しそうに言った。ジリナは娘が“やらかした”ことに気がついていた。向こうもまさか、ジリナが藍色部隊を知っているとは思わなかっただろう。王宮に仕えていた者ならば、当然知っている。姿からいって藍色部隊だと分かったのだ。

「国王軍っていうから、見たら紋がないのよね。それで聞いたら特別な任務についてるって。母さんも国王軍の紋がないから、心配したんでしょ。わたしが本当は刺客を案内したんじゃないかって。」

 ジリナは何も言わなかった。ある意味、刺客を案内したも同然だ。国王のお墨付きの刺客と言っていいかもしれない。藍色部隊がセルゲス公である若様の(もと)にきたということは、一つしかない。セルゲス公が死を賜った以外にない。セルゲス公が死ぬということは、フォーリも死ぬ。

 ジリナは黙り込んでいた。おそらく若様は国王の命令を黙って受け入れるだろう。内戦にならないように、命の恩人の愛する従兄のために、自らの命を絶つことを受け入れる。そして、(あるじ)がその道を選ぶなら、フォーリもそれを受け入れる。

 藍色部隊は素早い。命を受けたらすぐに実行に移す。そして、(またた)く間に去って行く。何か起こるなら、明日の夜明けまでに何か起こる。すでに何か起こっている可能性もあった。

(…リセーナ王妃様。あなたの息子は今晩、死ぬかもしれません。)

 柄になくジリナは少し感傷に浸った。


 その日の真夜中だった。

 ドン、ドン、ドンという扉を叩く音で、家族は目覚めた。

「な、何事?」

 ロナは寝ぼけたまま寝台の上に座り込んでいる。セリナよりも早く、ジリナが上着を着て玄関を開けた。近所の人が緊急事態なのかもしれないし、次兄のセプテンが怪我でもして帰ってきたかもしれないからだ。

 だが、ジリナはそれだけでない予想を立てていた。屋敷からの知らせだ。そして、それは見事に的中した。だが、見当もしていなかった人物にセリナは仰天(ぎょうてん)した。

「どうして…ベリー先生が?」

 思わず大声を上げるセリナに、(きび)しい声でベリー医師は(いまし)めた。

「静かに…!ジリナさん、頼みがあります。彼を助けて下さい。私はもう、じきにここを離れなければならない。必ず、私の言うとおりにして下さい。早くしなければ、本当に死んでしまう。」

 そして、親衛隊の兵士が四人がかりで、布にくるまれた大きなものを運んできた。ジリナはすぐに理解して、この間ベイルを泊めた部屋に案内した。寝台に寝かされた人物を見てセリナはもとより、さすがのジリナもひっと息を呑んだ。

「フォ…!」

 セリナはベリー医師に口を手で(ふさ)がれた。

「彼は今、仮死状態です。ジリナさんはもうおわかりですね。外の見張りの兵士は気絶させてあります。若様とフォーリが死刑を宣告されました。まったくの濡れ衣です。しかし、それは国王が死を望んだのです。若様とフォーリは受け入れました。まず、フォーリだけが先に毒を賜ったのです。」

 セリナは混乱してベリー医師の話を聞いていた。わけが分からない。なんで、そんなことになったのだろう。もし、ベリー医師に拘束されて口を塞がれていなかったら、大声で(わめ)いていただろう。一体、どういうことだろう。

 でも、本当は分かっていた。夕方に道に迷っていて案内した武人達が、若様とフォーリに死を宣告するために来た使者なのだと。それをセリナは案内してしまった。

 きっと、みんな分かっていたのだ。彼らが死の使者だということを。だから、みんな驚愕(きょうがく)していた。それなのに、セリナは脳天気に若様に会えて、浮かれて喜んでいた。セリナは人質だったのだ。知らずに案内して、その上、人質にされていた。

(わたしのせいで若様が死ぬの!?)

 涙が(あふ)れた。耐えられなかった。フォーリの顔色は死んでいるようにしか見えない。この間まで、若様と何か言い合ったりしている姿を見ていたのに。尿の匂いも漂っている。体が弛緩(しかん)して()まっていたものが出たのだろう。

 セリナは暴れた。

(行かなきゃ、行かなきゃ、若様の所に!わたしのせいで本当に死んじゃうの!?)

「ジリナさん、すみません。時間がないので。」

 ベリー医師の声がしたかと思うとセリナは意識を失った。

 暴れるので気絶させたのだ。

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