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黒服の客人達 5

 副題をつけるなら、『フォーリの死』です。

 ベリー医師は数粒を残すと手巾の上にのせた。そうした上で、薬箱をがたがた開けて何か用意を始めた。そして、白湯を二杯持ってくるように言いつける。

 白湯が運ばれてくると、ベリー医師は丸薬を一粒つまみ上げ、ぺろっと()めた。誰もがぎょっとする。何か考える様子で、今度はその丸薬を乳鉢で潰した。バラバラになったかけらをつまむと今度は口に入れる。様子を見守っている全員が息を呑む。じっくり味わうように口にいれていたが、さらに何回かかけらを口に入れ、最終的には一粒全部食べてというか舐めてしまった。

「…ベリー先生、大丈夫なんですか?」

 ベイルが恐る恐る尋ねる。ベリー医師は手で今は話しかけるな、といような仕草をすると、何かをじっと待っている様子だった。

「……うーん。なるほど、これは、嫌らしいな。結構、苦しむかなあ。後からじっくり効いてくるような感じだな。しかも、古くて少し…いやだいぶ効力が落ちているようだ。これは、フォーリだと二十粒くらい飲ませないといけないじゃないか。いかんな。」

 ベリー医師は納得すると、紙に包んであった薬を白湯で飲んだ。もちろん、解毒薬だ。誰もが検分って、本当に飲むのかと驚愕(きょうがく)していた。ただ、藍色部隊の隊長だけは経験があったので、知っていたが。

 ベリー医師は手巾で汗を拭った。

「さて、これで大丈夫かな。」

 ベリー医師は紙の上にフォーリが飲む分の丸薬を五粒並べた。さらに別の少し大きな丸薬を一粒と、粉薬を共においた。

「そのほかの薬は?」

 藍色部隊の隊長が尋ねた。

「この毒薬の効能を最大限に生かすための薬と、毒薬が効きやすくするための薬です。これで楽に速効で死ねるでしょう。遅効性の毒を即効性にするのです。お互いに働き合う相乗効果でそうなります。」

 ベリー医師の説明で藍色部隊の隊長は納得した。たとえ下手な小細工をしても、死ななければベリー医師が捕らえられておしまいなのだ。そう判断して、それで刑を執行することにする。

「それでは、刑の執行を始める。その前に。」

 藍色部隊の隊長は、自分の部下達に隊長のシークと副隊長のベイルを拘束させた。

「…何をするんですか!?」

 シークの部下達が不安そうな声を上げる。

「静かにしろ。私達が殿下にとって不利な状況を作ってはならない。」

 シークの言葉に、彼の部下達はしぶしぶ黙った。内心、藍色部隊の隊長はほっとした。それでも、念のため自分の部下達にさらに取り囲ませる。

 刑を執行される側のフォーリはそれを黙って、淡々と見守っている。グイニスは藍色部隊の隊員達に囲まれて、身動きができない。

「若様、お世話になりました。」

「フォーリ、私のほうこそ……。」

 グイニスの声が震えた。後は言葉にできない。必死に拳を握りしめて体の震えを止めようとした。それでも、震えは止まらない。本当はやめろ、と叫びたかったが、それもできなかった。フォーリはグイニスに平伏すると、ベリー医師に差し出された薬を順番に次々と飲み干した。最後に丸薬も全て飲み込んだ。

 薬の効果はベリー医師が言った通りだった。じきにフォーリの手が震え始めた。それはすぐに全身に及び、床に座っていられずに倒れた。全身が痙攣(けいれん)を始める。

 グイニスは見ていられなくて、それでも目を背けることはできなくて、唇をかみしめて震えながらそれを見つめた。両目からは涙が止まらずに流れ続ける。さすがに藍色部隊の隊長が気づいて、グイニスの体を支えた。

 フォーリが(あえ)ぐように苦しんでいる。だが、全身に力が入らないのか跳ね回るようなことはならなかった。顔色が真っ赤になり、じきに黒ずんでいく。やがて、全身から力が抜けた。両目から光が消えていく。

 今、フォーリは死んだのだ。グイニスは体の芯の何かが、突き刺されたような気がした。

「フォーリ!」

 グイニスはたまらず、藍色部隊の隊長の腕を振り払うと、フォーリの元に駆け寄った。まだ、両目は開いたままで苦しみに血走っていた。重いフォーリの頭を膝に乗せて胸に抱きかかえ、グイニスは叫んだ。

「フォーリ、フォーリ、すまない、私のせいで、私のせいで、お前を死なせて…!」

 グイニスはずっとフォーリの亡骸(なきがら)に謝罪の言葉を(つむ)ぎ続ける。涙がとめどなく、フォーリの顔の上に雨のように落ちていく。

 親衛隊の兵士達もみんな涙を(こら)えた。泣くなと言われても堪えきれずに、涙を拭っている者も大勢いた。グイニスはずっと泣き続けていたが、悲しみのあまり過呼吸になってしまい、ベリー医師が対処したがその後、気絶してしまった。

 誰もが思っていた。まさか、今日、フォーリが死ぬとは思わなかった。そして、シークをはじめ、親衛隊の兵士達は全員、心に怒りの火種を抱えた。あまりにも不条理だった。セルゲス公がお亡くなりになったら、軍をやめよう。この中の数人は心の中でそう決心していた。

 その様子を藍色部隊の隊長は静かに見ていた。そして、国王が案じた理由を理解した。セルゲス公には人徳と人望がある。だから、ともに戦ってきたフォーリの死を悲しんでいるのだ。

 そして、彼らの顔を見てベリー医師が指摘した通り、ボルピス王は過ちを犯したことを悟った。彼らの心の中には怒りが芽生えた。もう、次の王のために彼らは働かないだろう。有能な者達が去って行くのだ。そして、それを止める術は自分にはない。

 ベリー医師はこれを知った王太子が自害するかもしれないと言ったが、違うと思う。

(タルナス殿下は強いお方だ。おそらく、お怒りになって、病の陛下を手にかけられる…。)

 そして、大きなため息をついた。

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