黒服の客人達 3
「では、薬を持ってこい。」
勅旨を持ってきた男の命により、一人が毒薬が入った瓶を持ってきた。
「ちょっと、待った!」
その時、勢いよく客室の扉が開き、ベリー医師が入ってきた。彼はいつでも薬箱を持って歩いてる。今日もそうだった。
「私はカートン家の医師だ。ところで、勅旨が来たというのは、本当ですか?」
「ベリー先生。」
戸惑ったようにシークが声を上げる。
「カートン家の医師は、というか私はセルゲス公専属の医師です。セルゲス公は王族でいらっしゃるため、宮廷医の一員でもある。宮廷医は王族の死に関しても、明確にしなくてはなりませんし、死を賜る場合もその死を確認しなくてはなりません。
ですから、その前にまず、その勅旨を確認させて頂けませんかね?私を呼ばずに事を進めようとするとは、いささか手順が違うのではありませんか、藍色部隊の隊長殿。」
シークはベリー医師の発言ではっとした。さすがの彼も動揺し、肝心なことを忘れていたのだ。
「…申し訳ありません。」
藍色部隊と呼ばれた部隊の隊長は、勅旨をベリー医師に渡すよう部下に命じる。
ベリー医師は勅旨に目を通すと頷いた。カートン家家門の医師は、恐れを知らぬことで有名だ。普段は真面目に医師として働いているため、多くの人はそのことを忘れがちである。今まさに、ベリー医師はそのカートン家家門の本領を発揮して、誰もが思っても言えなかったことを口にした。
「陛下もとうとう焼きが回ったか。それとも、病状が悪化してまともな判断ができなくなったか、王妃が勝手に作った勅旨かのどれかだな。」
シークとベイルが目を剥いた。
「べ、ベリー先生…!」
「大丈夫、大丈夫。今、彼らは私を殺せない。王族が死を賜る場合も細かい手順がある。それには、私が必ず必要だ。そういった手順も無視して私を追い出し、事を進めようとするならば、陛下の出された勅旨の可能性が低くなる。
そもそも、今、セルゲス公を殺しても得はあまりない。確かにもうセルゲス公を擁立できなくなるから、今の陛下に反している派には大きな痛手だ。でも、それをすれば王太子殿下がどうでるか、まるで考えていない。もし、王太子殿下が自害なさったらどうするつもりだ?ついでだから、藍色部隊の隊長殿に聞いておきたいな。」
「我々はご命令をただ、遂行するのみ。」
「まあ、口ではどうとでも言える。でも、陛下が病に倒れられてからというもの、妃殿下が親衛特別部隊を使って、つまり、あなた達、通称藍色部隊を使って暗殺をしようとしたため、レルスリ家の発案で八大貴族が管理することになった。
とりあえず、十剣術の一つセーラトシュ流セーラトシュ家の三男が養子に入っている、クグン家が藍色部隊を管理している。ただ、ネイズ・クグンは割とベブフフ家と仲が良かったはずだが。そして、ベブフフ家は以前から妃殿下のご機嫌取りに忙しい。」
ベリー医師は今、この勅旨が国王のものではなく、王妃が勝手に出した可能性を指摘していた。
この通称藍色部隊は国王の身辺を護衛する、親衛隊の中から選抜された特別な任務を請け負う者達だ。親衛隊も国王軍の中からの選りすぐりの者が選ばれているが、藍色部隊はさらに特殊任務を行う。国王の命により諜報などを行うが、公にできない王族の罪を罰する任務を行う。王族に対する刑罰はたいていの場合、死刑である。
「それで、もし、セルゲス公に死が与えられ、お亡くなりになったことを王太子殿下が知り、お悲しみのあまり、自害なさる可能性も十分にあるが、自害なさったらどう責任を取るつもりだ?」
「…仮にそうなったとしても、我らの責任ではない。」
すると、ベリー医師は笑い出した。
「あんた達、本気でそれを?」
目が笑っておらず、かなり怖い。
「分かってないな。妃殿下はこの王国の歴史の中で、もっとも不出来な王妃だ。」
藍色部隊の兵士の一人が、ベリー医師のとんでも発言に驚愕のあまり、『ぐぇ』というような妙な声を上げた。
「妃殿下はおそらく、王太子殿下がご自害なさったら、責任をお前達に押しつける。そんな役割を与えられていないのにもかかわらず、きちんと見張っていないからだと大騒ぎなさるだろう。
そうなったら、組織はどんどん腐る。誰もそんな責任は取りたくないから、トカゲの尻尾切りが蔓延する。そして、腐った連中ばかりが頭を仕切る。ああ、考えてみただけでうんざりするなあ。」
ベリー医師の登場で、その場は妙な空気になっていた。
「王太子殿下は、セルゲス公のことを本当の弟君のように愛しておられるからなあ、そのことを考えると私だったら命令だとはいえ、そんなことを疑いもせずに実行しようとは思わないな。」
能なしだと言われているのと同じなので、さすがに藍色部隊の隊長が無表情だった顔に、不愉快そうな表情を浮かべた。
「お言葉だが、ベリー先生、あなたは何を根拠にそこまで言われるのだ?根拠もなければあなたは、不敬罪に問われるのだぞ?」
「根拠ならあります。一昨日、カートン家から私に伝書が届きました。あまりに重要な事柄で他言無用だったので、セルゲス公にもご報告は致しておりませんでした。ですが、今はこういう事態になっておりますから、申し上げます。」




