黒服の客人達 1
セリナは嬉しくて、つい、リカンナと少し長話をしてしまった。リカンナのお姑さん方もとてもいい人で、ゆっくりしなさいと言ってくれた。口先だけというのではなく、本当にそうらしいというのが、リカンナの雰囲気からも伝わってきた。
「泊まっていったら?」
という誘いを断り、セリナは今日、帰ると言ってあるからと大急ぎでロバにまたがり、帰ってきた。なんとか、日がすっかり落ちる前には家に帰れそうだ。
残り約三分の一といったところに、分かれ道がある。別の通りに抜けてほかの村に行く道である。そこに思いがけない一団に出くわして、セリナは戸惑い、一気に緊張した。
「申し訳ないが、お嬢さん、道をお尋ねする。この先にあるはずのパルージャ二の村は、どっちに行ったらいいのだろうか。」
騎馬に乗った武人の一団だ。全員、黒っぽいマントを身に纏っている。
(二十人…?ううん、もっといる…!だって、隊長さん達の部隊の倍以上はいそうだもん……!)
実際に薄暗がりの中で、何人いるのか正確に数えることは無理だった。後ろの方は見えないし、相当の数だということは理解できる。以前、若様が王宮に呼ばれた時のことを思い出した。国王軍の兵士が大勢来て、隊長のヴァドサ・シークの剣術の腕が立つから、倍以上の数を送ったと言っていた。
セリナは緊張して手綱を握りしめた。若様の所でフォーリも親衛隊も知っていて、武人に会うのは初めてではないのに、恐怖が先に来る。若様を殺そうとする一団だろうか。でも、それにしては言葉遣いは丁寧だ。
「失礼、私達は国王軍の兵士だ。」
国王軍の兵士と聞いて、セリナは少し安心した。口を開こうとして気がついた。
(制服じゃない…!こんなマントを着ている所は見たことがない。)
セリナの緊張は一気に高まった。逃げたいが逃げられるとは思えない。ここは無難になんとか言いつくろうしかない。今は時間を稼ごう。
「…でも、制服が違うようですが。」
セリナの疑問に相手の武人は苦笑いした。
「ああ、実は私達は国王軍の中でも、特殊な任務についている者でして、制服が違うのですよ。本当は私達に限っては制服がないのですが、セルゲス公の元に赴くので、一応、それらしいような格好をしているのです。」
相手の説明にセリナはかなり安堵した。
「そう、なんですか。国王軍の兵士の方々が着ているのと違って、国王軍の紋が入っていないから、おかしいなと思いました。」
「よくご存じだ。つまり、お嬢さんはパルージャ二の村に住んでいるということですかな?」
丁寧な物言いにも、すっかり安心したセリナは頷いた。動きも話し方も村にいる親衛隊と似ている。きちんと訓練を受けている人達なんだろうと感じられる。
「そうです。私は隣村に蜂蜜を売ってきたので、その帰りなんです。」
「そうでしたか。」
「こっちですよ。付いてきて下さい。」
セリナと話している人が一番の隊長らしく、手で合図してみんなセリナの後について動き出した。
「ところで、国王軍ということは護衛隊長さんに会われるんですか?」
「ええ、ヴァドサ殿に。」
名前も合っているので、セリナは安心した。きっと間違いないだろう。前にセリナを処刑しようとした人達とは、まったく違うようだ。シークにも敬意を払っているように感じられる。それに、あまり尊大な印象を受けない。それは、セリナを信じさせるのに十分だった。
「お嬢さんはヴァドサ殿をご存じか?なんだか、知っているような印象を受けるが。」
「はい。実は以前、三年前も若様はこちらにいらっしゃいました。その時は村の人達がお屋敷に雇われて、それでお屋敷の管理とか洗濯とかしていたんです。その時、私も雇われていたので、護衛隊長さんとも顔見知りです。」
「なるほど、それで。納得した。それでは、セルゲス公と村人の関係は良好なものだったと?」
「はい、きちんとお給金を頂けましたし、必要な物資も食料などは買って頂けました。ですから、みんな不満を持ったりしていませんでした。若様も可愛らしい方だったのもあって、お屋敷を遠目に見学に行ったりしていましたよ。あまり、近くに行けばさすがに失礼かと。」
その国王軍の兵士だという男は、馬上で苦笑いしたようだった。
「…つまり、王子様を見る機会はめったにないからということで?」
「そういうことです。あまり、近くで失礼な事は護衛もいるからできませんが、遠くからならいいだろうと。それに、若様はそれをご存じでしたが、村人に細かいことは言われませんでしたので。とにかく、村人には迷惑をかけないようにと、気を遣って下さっていました。」
「優しい方だけに残念なことだ。」
セリナは今の境遇を言っているのだと思い、頷いた。
「…そうですね。ご容姿だけでなく心も美しい方なのに、なんでこんなに酷い目に遭わなくてはならないのかと思うと、とても悲しいし、残念です。」
「村人に慕われておられるのか。」
彼は独り言のように言った。実際には少し違うと思うが、セリナは黙っていた。
「若様はそしたら、屋敷の外によく出かけられていたのか?」
「時々、気晴らしにお散歩に行かれていました。それから、食料を調達しに狩りとか釣りにも。」
「食料の調達?」
彼は驚いてセリナの方を振り返った。彼らはセリナのロバの歩みに合わせてゆっくり進んでいる。
「ベブフフ家が責任を持って、お送りしていたのではなかったのか?」
いろいろと話が具体的なので、完全に国王軍の兵士なんだな、とセリナは実感する。
「それが、色々あって…。そのわたしが話していいのか分かんないんですけど、その、毒味役の女性が亡くなったり、毒殺騒ぎがあっったりしたので、自分達で調達されていました。野菜は村から買って。」
「なるほど。かなり、苦労をなさっておられたのだな。今はどうなのだろうか?」
「…たぶん、今は大丈夫なんじゃないでしょうか。三年前とは違って、家令?だかなんだかいうような人がいて、お仕えする人達が一緒に来ています。」
「それが本来なら普通のことだ。」
そんな話をしているうちに、村に着いた。若様の話をしていたので、あっという間についてしまったという感じだ。
「ありがとう、助かった。」
「お屋敷は向こうの方です。」
言いながらセリナは思いついた。
「わたし、ついでだからお屋敷の方まで案内しましょうか?」
そうすれば、若様にも会えるかもしれない。
「しかし、じきに完全に日が暮れてしまう。家の方が心配されないか?」
「大丈夫です。慣れた村のことです。それにロバだから人の足より早いですよ。」
屋敷まではまだ道のりがある。
「ならば、お言葉に甘えてそうさせて頂こう。」
セリナは頷いて、急ぎ屋敷まで案内した。
セリナが一行を案内していくと、門番をしていた親衛隊の兵士が驚いた。男が懐から手形を取り出して見せる。すぐに一人が屋敷に走って行き、じきに門が開かれた。セリナは帰ろうとしたのだが、ここまで来たならご挨拶をしてから帰った方がいいと止められた。確かにそれも一理あるとセリナは思い、ロバから下りた。
よほど何か特別な人達なのか、最初に隊長のシークが大急ぎで出てきた。セリナの姿を見て驚く。
「……セリナ、お前がなぜ一緒に?」
「わたし、今日、隣村に蜂蜜を売りに行ったんです。帰り道、途中の分かれ道があるでしょう?あそこで道に迷っていたので、お送りしてきました。」
屋敷の玄関前の前庭まで来ると、若様達もやってきた。
「…セリナ、なぜ、ここに?」
驚いているのか、やや固い声の若様に、先ほどセリナがした説明をシークが行う。本当はもっと若様と話しをしたかったが、雰囲気的にそれはできそうにない。セリナはあきらめて挨拶をした。
「そうしましたら、若様、わたしはこれで失礼します。」
セリナは若様をはじめ、フォーリや集まってきた顔なじみの親衛隊に頭を下げるとロバを引いて戻っていく。
「お嬢さん、どうもありがとう。遅くなったのでお送りしましょう。」
「いいえ、大丈夫です。」
「そういうわけにはいかない。」
男の命ですぐに二人がセリナの後を付いていく。三人は門から出て行った。
それを確認し、セリナと話していた男がグイニスに向き直る。
「セルゲス公、初めてお目にかかります。陛下からのご命令をお伝えしに参りました。」




