表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

123/248

若様を愛するということ

 セリナが暗い顔で家に帰ったので、ジリナとロナは(いぶか)しんでいるようだった。二日後、とうとうロナが聞いてきた。

「…どうしたの?まるで、世界が終わるかのような深刻な表情だね。てっきり、若様と会って幸せいっぱいで帰ってくるかと思ったのに。」

「……。」

「そういえば、昨日、若様が護衛(ごえい)と一緒に村の道を乗馬していたよ。前に屋敷で働いていた人なんかに会っては、挨拶(あいさつ)していたみたいだった。」

「……。」

「うちには来なかったのは、もう、母さんとセリナ姉さんに会っているからだよね。」

「……。」

「それにしても、若様、前に見かけた時より、とても大人びてお話の中の登場人物みたいに素敵だった。ふんわりしていて、きらきらしてて、同じ男子なのにどうして、兄さん達とか村の男子達とあんなに違うんだろう。護衛の男の人も国王軍の人達もみんなかっこ良かった。国王軍の制服を着ていない人が、ニピ族の護衛なんでしょ?なんか、全然雰囲気が違って、怖いのにかっこ良かったなあ。」

「……。」

「もう、何か言ってよ!せっかく心配してるのに…!」

「…ごめん。」

 セリナはそれだけ言うと、畑仕事に精を出した。

「ロナ、そっとしておいてやりな。ただの恋する乙女でも大変なのに、相手があまりにも大物過ぎるから、持て余してんだよ。」

 ジリナがロナに言う声が聞こえたが、反論する気も起きなかった。実際にその通りだった。だって、若様は本当に王子様なんだもん。雰囲気が三年前よりも洗練されていて、都会的な部分も持ち合わせながら、気品があるおっとりふんわりした空気も同時に持ち合わせている。

 思い出すだけでうっとりしてしまう。でも、それと同時に悲劇的な不運も思い出されてしまう。自分の気持ちを追いかければ、若様が危惧(きぐ)するとおりセリナにも危険が生じるだろう。セリナはそれでまったく問題ないが、ロナや母のジリナにも危険が迫る可能性がある。兄は今すぐにはどうとはならないだろう。でも、運悪く山から下りてきたら、巻き込まれるかもしれない。

 そこまで考えが至らない訳でもなかったので、セリナは自分の気持ちの整理ができず、ジリナの言うとおり持て余しているのだ。

「セリナ、あんた、隣村に行って蜂蜜(はちみつ)を売っておいで。」

 色々考えながら物凄(ものすご)い勢いで畑仕事をしていると、ジリナがやってきて言った。

「え、わたしが一人で行ってくるの?」

「ああ、そうさ。何もヒーズまで行く訳じゃないし、リカンナにも上手くいけば会えるだろう。リカンナも嫁いだ身だから、そう自由に時間があるわけじゃないだろうけど、あんたと少しくらい話す時間はあるだろうよ。ま、リカンナの家には特別に少し割安で蜂蜜を売っていいから。」

 リカンナと会えると聞いて、セリナは久しぶりに笑顔になった。

「ほんと、リカンナに会っていいの…?」

「いいから、言ってるんだよ。準備はすぐにできるかい?今日、準備ができるなら明日だけど、明後日にするかい?」

「大丈夫、ちゃんと()してあるから。(はか)りようのお玉も用意してあるし。」

「じゃあ、明日だね。」

 セリナは大喜びで準備をしに家に戻った。隣村まではロバで早朝から行けば、なんとか日帰りできる距離にある。

「…母さん、最近、セリナ姉さんに甘くない?」

「仕方ないよ。ちょっと村から引き離さないとね。それに、若様のために結婚話の全てを断っているんだよ。こうと決めたら動かないのは、あんたも知ってるだろ。」

 ジリナはロナの頭を()でた。

「あの子は、たぶん、苦労する道を選ぶんだ。お前は真似するんじゃないよ。」

「真似って…。でも、若様が好きになる気持ちは分かるよ。素敵だもん。」

 ロナの答えにジリナは苦笑した。

「それだけじゃ済まないんだよ。前に大道芸人が来て綱渡りをしているのを見ただろ?」

「うん。」

「若様はね、ずっと綱渡りの人生なんだよ。落ちたらどうなる?」

「大道芸はただ落ちるだけ。だけど、若様は死んじゃうの?新聞にもそんなことが書いてあったりするし。」

 ロナはジリナを見上げた。

「そうだ。そして、セリナはその後を追いかけるか、追いかけないかで悩んでる。」

「……。」

「若様を追いかけるということは、命がけなんだ。命をかけて一人の人を愛するか、それともあきらめるかだ。」

 ロナが(かす)かに息を呑む。

「お前も感じている通り、セリナは…あの子はきっとそうするさ。命がけで綱渡りの道を追いかけることを選ぶ。覚悟しておくんだよ。ロナ、お前の姉さんは、ここを出たら一生、帰ってこない。二度と会えない。今生の別れになるからね。」

「…帰ってこないような気はしたけど、でも、本当に帰って来れないの?」

「そうだ、帰って来れない。若様は王子だ。身分のある方々が黙って見過ごすとでも?それに、若様はセルゲス公として立派に公務をこなされているが、それでも後見が必要だと国王様は言い張ってる。つまり、若様は本当は何一つ、自由にできない。結婚は当然だ。国王様のお許しが出ない限り、勝手に結婚はできない。」

 母の言いたいことは何か、じっと考え込んでいたロナの顔色が少し悪くなった。さっきよりも、命がけだという意味を理解したらしい。

「じゃ、じゃあ、どうなるの?」

「二人が本気で一緒になろうと思ったら、方法は一つしかない。」

「それって…。まさか、駆け落ち?」

 ジリナは(うなず)いた。

「貴族のお坊ちゃまでも、駆け落ちは大変なことだ。若様の場合ならなおさら。命がけだ。普段は若様の身を守る国王軍の兵士も、若様が駆け落ちする時は、全員、敵に回る。護衛件監視の任務だからね。」

「でも、それはセリナ姉さんの気持ちだけじゃ、できないんじゃない?」

「それはそうだ。若様がそんな覚悟をなさるとはあまり思わないけれど、思い詰められたらどうなさるかは誰にも分からない。」

 ロナはため息をついた。

「分かったわよ、母さん。今のうちにリカンナとお別れをさせるんだね。」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ