若様との再会 7
それを見届けてから、フォーリが静かに言った。
「若様。あまり人をからかうものではありません。特に大切な人の気持ちを踏みにじれば、信頼を失い、修復できなくなりますよ。」
「…分かった、その忠告、胸に刻んでおくよ。それより、フォーリ。あの件は本当?叔父上が病で倒れられたのに、叔母上が隠しておられるというのは。」
「はい。もう、確定して良いでしょう。タルナス殿下も宮廷医師団長も頻繁に寝室に出入りしています。」
グイニスは軽く目を閉じて深呼吸をした。
「フォーリ。私は別に王になりたいわけじゃない。叔母上はますます好き勝手に、私に対して刺客を送ってこられると思うか?それとも従兄上の力が増して、それは抑えられると思うか?」
「できれば、後者であって欲しいとは思いますが、そうなるとタルナス殿下とのことが出てきます。」
難しい局面だ。前者であれば、危険が増すと同時にグイニスが王位に就ける可能性が増す。王太子の力が強くないことの証明になるからだ。後者であれば、グイニスに対する危険は減るが、王位に就くことは難しくなる。王太子の力が強く、玉座に座るにふさわしい器だという証明になるからだ。
そうなれば、八大貴族とタルナスの確執も深まるかもしれない。そういう中で、グイニスがどういう立場でいるか、非常に難しい判断を迫られる事になる。
「従兄上は今でも、私に玉座を返すと思われているのだろうか?もう、返さなくていいのに。私は、自由でいたい。命の危険を感じずに、ただ生きたいだけだ。」
グイニスは木々の間から見える空を見上げた。青い空に白い雲が浮かんで流れている。良い天気だ。蜜蜂たちが木が咲かせた花にせっせと飛んでは、花に頭を突っ込んでいる。セリナの蜜蜂たちかもしれない。
「フォーリ。私は王に向いていると思うか?率直な意見が欲しい。」
「若様がご研鑽なされば、可能なことかと。まったく向いていないとは思いません。むしろ、逆境にあったことが生かされることもおありかと思います。」
フォーリの意見にグイニスは頷いた。
「ありがとう、フォーリ。でも、私は従兄上の方が向いていると思う。王太子の立場で叔父上や叔母上、さらに八大貴族やほかの有力貴族、議員達を相手にして、時に手玉に取りながら、ご自分の意見を通される。あの政の判断力とキレは私にはない。
私は素直に従兄上のそんな所は素晴らしいと賞賛するし、尊敬する。ただ、それと同時に私は従兄上のそんな才が恐ろしい。」
フォーリは黙ってグイニスを見つめている。
「従兄上はご自分で気づいておられないかもしれないが、先日、ご挨拶に伺った時、もうすでに民や貴族を束ねる王者としての風格と存在感を漂わせておられた。」
男も女も老いも若きもなく振り向かせ、目が合ったら魂が抜けると言わしめるほどの美貌を持っている若様が言うのは、少しおかしいような気がフォーリはした。
でも、言いたいことは分かる。美しいだけでは王にはなれない。王としての気迫、迫力、存在感、風格、言い方はいろいろあるが、そういうものが必要なのだ。
「たぶん、そういう所は叔父上譲りなのだろうと思う。私はそれから言ったら、子供の頃から王になる自信がなかった。王太子に立太子されることになっていても、不安で本当は誕生日がきて欲しくなかった。だから、従兄上になりたくないと言ったら、私が支えるから大丈夫だと言って下さった。」
若様の目は木々の花に向いていたが、実際には別のものを見ているようだった。
「…フォーリ。私は最近、思うんだ。父上は本当に私に王位を譲るように言っていたのかと。叔父上が公開した父上の遺言は本当だったのではないか?私が十歳の誕生日に、私が立太子できるかどうかについて、公開される予定だった。というか、実際には貴族達とその適正について議論する予定だったはずだな。一応、議論は行われたが叔父上が代表者と決められた、八大貴族とだけ行われた。
そういう経緯があったから、叔父上が公開した遺言は、ねつ造だと多くの貴族も議員も思い込んだ。だが、もし本当だったら?もし、本当なら多くの者が間違いを犯していることになる。
そうなる原因が母上にあるのは明白だ。私は幼かったけど、母上が父上の死後、叔父上が姉上や私を殺そうとしている、というような発言を繰り返されていた。私は幼かったし、母上の言うことを理解できなかった。だから、従兄上といるのが楽しくて、嬉しかったから関係なく従兄上の所に行った。
母上が妙な発言をしていたから、叔父上が本当にそうしようとしているのではないかと多くの者が疑いだした。もし、母上のそういった言動がなければ、叔父上に対してここまで貴族達も議員達も反発しなかっただろう。母上がなさったことは、疑いの種を蒔き、内部分裂を引き起こした。」
グイニスはフォーリに向き直った。
「叔父上はもしかしたら、私を助けるためにもしくは、遺言をまっとうするために、私から立太子の権を取り上げられたのではないかと思う。ご自分が汚名を被ってでもそうなさったのは、遺言がそうだったからではないのかと私は思う。
もし、そうであったなら叔父上は私を、王位という呪縛から解き放って下さったのだ。ただ、一つの誤算は叔母上という存在だったのではないのかと。最近はそんなことを思うんだ。」
答えを求めるようにグイニスはまっすぐにフォーリを見つめた。フォーリはいつも自分の意見を率直に述べてくれる。すぐに答えが出てくる時もあれば、今のように時間がかかることもある。それでも、嘘を言うことはない。




