意地悪娘達と喧嘩
2025/08/01 改
このお屋敷ではいくつかの決まり事が存在する。
一つ、大きな物音を立てて扉を閉めない。また、足音もできるだけたてないようにする。
一つ、若様は王子様だと分かっていても、決して王子様とか、殿下と呼んではならない。必ず、若様と呼ぶこと。
一つ、若様の部屋に勝手に入らない。
一つ、若様専用の厨房に勝手に入らない。
一つ、若様の衣服、及びフォーリの衣服を勝手に洗濯しない。決まった人間以外、決して触ってはならない。
一つ、若様に気安く声をかけてはならない。また、若様に色目を使ってはならない。もし、使ったらフォーリに殺されると思え。
一つ、兵士達と気安く会話してはならない。肉体関係になるなど、もってのほかである。クビは確定。もちろん、護衛のフォーリを誘惑するなどあり得ない。死にたいなら別だが。
一つ、夜は必ず家に帰宅すること。仕事が残っていてもである。だから、洗濯物など、途中で終わったら良くない仕事は、そうならないように考えて行うこと。
「…なんで、夜には必ず帰らないといけないのかな?」
リカンナが洗濯物をごしごし、洗濯板で洗いながら疑問を口にした。
「さあ。」
「みんな言ってるよ。泊まりだったら楽なのにって。」
「分かんないけど、とりあえず早くしようよ。今日は洗濯物が多いし。」
先日から、若様とフォーリは自分達の食料を賄うため、近くの山林に狩りに行ったり、釣りに行ったりしている。それに伴い、兵士達も一緒に行動するため、衣服の汚れが多くなった。そして、洗濯物が増えているのだ。
「そうだね。」
毎日がそんな感じで進む。今日はとりわけ多かった。昨日の人が洗いきれなかったのだ。その分、増えている。洗えないと兵士達の着る服がなくなってしまう。洗濯組の十人は、必死になって次の日に持ち越さないよう、洗濯に精を出した。
「あんた達、精が出るわねえ。」
昨日、洗わなかった十人の内の一人、シルネとエルナがやってきて嫌みに言った。セリナが拾われ子なので、馬鹿にしている。以前から嫌味な娘達だ。それにも増して、ジリナが信頼されているというので、セリナは余計に他の村娘達からの嫌がらせが増えてきていた。ジリナに仕返しなどできやしないので、娘のセリナに当てつけるしかできないのだ。
「…あんた達、わざと洗わなかったでしょ。」
セリナ達と組になっている一人のアミナが睨みつけた。シルネとエルナは今のところ、真面目に仕事をこなしていた。村長の家の娘が、働く娘に選ばれなかったら恥だと言われているのだろう。
「なによ、そんなことないわよ。途中で洗えなかったら、まずいじゃないの。だからよ。あたし達のせいにしないでよねー。」
シルネが高笑いする。
「ほんっと、セリナのせいよ。セリナといるから、迷惑かかってんのよ。セリナと組になっていることを恨みなさいよ。」
エルナがいいながら、手に持っていた汚れた桶の水を仕上がりのすすぎ用の水の入った盥に入れた。
リカンナが桶を払いよける。それが、運悪くシルネの顔に当たった。
「いったあ!何すんのよ、あんた!」
シルネがリカンナを突き飛ばした。ばっしゃあん! と派手な音を立てて、リカンナが盥の中に尻餅をついた。
「あーあ、仕事が増えちゃった。」
「あんた達、いいかげんにしなさいよ!」
セリナが怒鳴ると、二人は忍び笑いした。
「何よー怒鳴っちゃって。あんたみたいな村の外れ者が、あたし達に発言する権利なんてないんだよ! 拾われっ子のくせに!」
「何が言いたいのよ!」
シルネは蔑むような笑みを浮かべた。こういう笑みを浮かべているシルネは、どんな嫌がらせを考えているか分からない。
「あんたさ、みんなのことも考えなよ。」
シルネはにやにや笑いを浮かべた。
「あんたが、一人でやるって言ったら、嫌がらせをやめてもいいよ。」
「あんた、何勝手に決めてんのよ!」
盥から立ち上がったリカンナが、怒鳴りつけた。
「仕事に手を抜けるわけ、ないでしょ!」
シルネはフンと鼻で笑った。
「そんなこと知らないわよ。もし、あんたが手伝ったりしたら、どうなるって思う?若様の厨房に入って、物を物色してたって言いつけてやる。」
一瞬、みんな考えが追いつかなかった。どうやったら、そんなに意地悪を思いつくのかというほど、人をいじめることにかけては天才的なシルネだ。
「ちょっと、あんた…。」
リカンナが言うより早くセリナは、シルネの頬を叩いた。さらに突き飛ばし、水浸しの地面に倒れた所を押さえつけて、前掛けを奪った。それでびしょ濡れになったリカンナの服を拭く。
セリナが後ろを向いてリカンナの服を拭いている間に、エルナが桶を持ち上げた。
「危ない…!」
アミナとリカンナの声が重なった。セリナの頭の上から、掃除して汚れた水が降り注いだ。さらに立ち上がったシルネが、泥のついた手をセリナの頭にこすりつける。みんなが呆然としている間に、エルナが洗濯途中の盥に靴ごと入って洗濯物を踏みつけた。
「あんた達、何やってんだい!」




