若様との再会 5
「若様、若様、どちらにおいでですか?」
懐かしいフォーリの声だ。声と共にやがて姿を現した。落ち着いた佇まいは、若様と対照的だが、マントは若様と同じような色合いだ。他の衣服も同じだ。マントを頭から被り、顔が見えなければ一瞬、どっちだか見分けがつかないだろう。その状態だと知らない人は間違えるはずだ。
「ああ、フォーリ、ようやく来たな。今、セリナと久しぶりに会って、懐かしんでいたところだ。」
若様の発言にフォーリはため息をついた。
「よくもまあ、私を撒いておいてそんなことを。知りませんよ、何かありましても。」
「大丈夫だよ、フォーリとヴァドサ隊長が剣術も体術も教えてくれたんだ。並以上の腕になったと太鼓判を押してくれたんだから、自信を持てばいいじゃないか。」
にっこりして若様は言い返す。セリナはぽかん、とその二人を眺めた。この人、一体、誰だろう。本当に若様なんだろうか。あの可愛い若様は一体、どこへ行ってしまったの。なんか、フォーリに対している姿はなんかどこか、小憎らしい感じなんだけど。減らず口を叩くってこういうことかしら。
「…セリナ、久しぶりだな。元気そうで何よりだ。」
フォーリに声をかけられ、セリナは慌てて挨拶を返した。
「お、お久しぶりです、フォーリさん。お二人ともお元気そうで。」
どうやら、殺されることはないらしい。心からほっとする。
「ねえ、なんで、フォーリとは話すのに、私とは目を合わせようとしないのかなあ。」
若様がセリナの前にずい、と出てくるのでセリナは慌ててうつむいたりした。
「若様。あまり、度が過ぎるとセリナが驚きますよ。もう、驚いているようですが。」
フォーリに注意されても、若様はどこ吹く風という感じだった。
「仕方ないじゃないか。どっちも私だ。昔はいろんなことをされる度に、傷ついていたけれど、何かを守るためには傷ついて落ち込んでいるだけじゃだめだって、分かったから開き直ることにしたんだ。開き直ってからは実に楽になったよ。」
若様は説明してくれた。つまり、昔の若様も演技ではなく本当の若様だった、ということだろうか。
「それに、セリナをからかうのは面白いよ。いつもはお前しかからかえない。お前の次くらいに面白いかな。」
少し意地悪そうな表情で若様は笑う。思わずセリナは恐る恐るフォーリを見上げた。フォーリは困ったような表情をしている。そして、気がついた。恐れる者のないニピ族だが、そんなニピ族を唯一、困らせられる存在がいる。それは、彼らが認めた主だ。彼らだけがニピ族を困らせられるのだ。それに気がつくと、少しフォーリが気の毒なような気がした。だって、あんなに命がけで若様を守っているのに。
「…若様。あまり、人をからかうのはよくありません。私一人ならまだしも。」
フォーリの苦言にも若様は平気だった。
「だって、サプリュや他の場所にいる時、お前以外に誰をからかえるって言うんだ。貴族のご令嬢方も若様方も、みんな腹に一物抱えているんだし、下手なことは言えないしできないし、いちいち何を考えて近づいてきたんだって、考えなきゃいけないから疲れるじゃないか。」
若様は少しだけふてくされたような表情をした。
「唯一、お前をからかうことだけが息抜きだったからな。ヴァドサ隊長には冗談が通じないし、一度、冗談だって言ったらもの凄く叱られてとても怖かった。」
フォーリはため息をついた。その横顔を見るに、昔はもっと可愛かったのに、とか思っていそうだった。
(そもそも、あの隊長さんを怒らせるって、何を言ったんだろう、若様。)
ヴァドサ・シーク隊長が激怒している姿を見たことがなかったので、いや、屋敷にセリナが侵入して殺されかけた時は怒っていたが、それ以外に感情を露わにして怒っている所を見たことがなかった。
フォーリはとても苦労していそうだ。
「ほんと、サプリュは疲れるんだよ、セリナ。貴族のお嬢様方や若様方に何をされたと思う?」
セリナは首を傾げた。
「さ、さあ、分かりません。馬糞を投げられるとか?」
とりあえず思いつきで言ってみた。
「…ああ、馬糞ね。」
若様は腕を組んで少し考えた。
「あったよ。特に最悪だったのが、階段から突き落とされたら、一番下が馬糞だらけになっていて、立ち上がろうとした瞬間、滑って転んで頭を石畳に強打する所だった。」
セリナは目を丸くした。
「若様、なんでもっと早く言わないんですか?」
隣のフォーリからもっと驚く発言がされる。
「え、フォーリさん、いなかったんですか?」
「いろいろと事情があって、常にお側に仕えられない時もある。他の者と交代したり、場合によってはお一人の時もある。」
セリナに説明してから、フォーリは厳しい表情で若様を見つめる。
「若様、何かあったらすぐに私に言うとお約束しましたね?なぜ、言わなかったんですか?しかも、なんで親衛隊のヴァドサにも護衛を頼まなかったんですか…!」
「だって、一人でも大丈夫だと豪語した直後だったから、ばつが悪かったんだ。それに、サプリュにいる時だったから、ヴァドサ隊長達が護衛の時ではなかったし。言えば、お前の手を患わせてしまうし。だから、今、白状してるんだ。報告が一年ちょっと遅れただけだ。」
フォーリの表情がさらに厳しくなる。
「若様、一年も黙っていたのですか…!?本当に何かあってからでは、遅いのですよ!」
「だって、ただの嫌がらせだって分かってたし。暗殺とかそんなものではなかったから。それにいちいち全部、お前に報告してたらお前はいちいち全部、一体誰の仕業か調べて忙しくなる。だから、貴族の坊ちゃま嬢ちゃま方のやらかした事は、報告しないことにしたんだ。暗殺とかそういう方面に集中できるように。」
「若様、お気持ちはありがたいですが。私が側にいれない時に、一体、何回、危険な目に遭われたか覚えてないとでも仰るおつもりですか?その中にはその貴族の令息令嬢のやらかしたこともかなり、あったはずですが。」
若様はうるさそうだ。今頃、反抗期が来ているのだろうか。セリナは少し安心する。正常で良かった、と。そして、フォーリは大変な役回りだな、と思う。昔から、若様はフォーリのことを父であり兄だと言っていた。今、こうやってみれば、母の役回りも一人でみんなしなくてはならないのだ。こうやって口うるさく言うのは、大抵、母親だ。




