若様との再会 3
「セリナ、あんた、まだ若様のことが好きなのかい?」
突然、ジリナに聞かれてセリナは、答えに詰まった。
「隠さなくても分かってるよ。だけど、あんたも気がついているとおり、三年前とは明らかに事情が違うよ。若様ではなく、たぶん、セルゲス公とお呼びしないといけないだろうね。」
「…なんか、若様が遠い所に行っちゃったみたい。」
「馬鹿だねぇ。最初から遠い所の方だよ。家令がいるし、侍従も侍女もかなりしっかりした数がいる。身分から言ったら、本当はもっといておかしくないけど、複雑な事情がある中でこれだけ人数がいるという事は、国王様もセルゲス公として働かせることになさったみたいだね。もしかしたら、若様もそう覚悟なさったのかもしれないね。言ってる意味、分かるかい?」
「……。なんとなく。わたしみたいな村娘は、わたしがどれだけ若様を好きで思っても、結婚なんか許されないってことでしょ。セルゲス公として、身分ある女性と結婚なさるはずだからって、言いたいんでしょ。」
「ああ、よく分かってたね。だったら、なんでそんな暗い顔をしてるんだい。あきらめないと、お前が傷つくんだよ。馬鹿な考えはおよしよ。」
ジリナに釘を刺され、セリナは考え込んだ。ロナは出て行けという。でも、それはジリナほど事情を分かっていないからだ。
「大体、娘の首を絞めた護衛がいるところに、娘をやれるわけがないだろ。」
ジリナの最後の一言にセリナはぎょっとしていた。
「媚薬で朦朧としてたんだから、大目に見てくれてもいいだろうに、でも、まあ仕方ないか。ニピ族だしって、やっぱりそうはいってもね。」
ジリナの独り言にセリナは言葉を失っていた。
「……。」
今まで一言も、あの事件をジリナに言ったことはない。あの時、初めてジリナに隠し事をした。怖い母に対して、生まれて初めての隠し事だったのだ。なんで知っているのか、聞く勇気もなかった。
「あんた、なんで知ってるのかって聞きたいんだろ。あのくそ真面目な護衛殿から、全部聞いたんだよ。とっさに殺しそうになったと謝られた。
まったく、だから言っておいただろ。下手なことをしたら、殺されるって。慣れっこになって、大丈夫だと思ったんだろうけど、主に何かしようとする者には容赦しないんだからね、ニピ族は。
あんたが言わなかったのも、口が裂けても言いたくなかったんだろうから、あえて聞かなかった。だから、聞いたことも今まで言わなかった。でも、言っておかないとまた、出くわしてしまったときに、何か行き違いがあっても困るからね。」
ジリナに言われても、しばらくセリナは何も言えなかった。
「…母さん、わたし…。」
「今さら、言い訳はいらないよ。」
「…違うの。わたし、自信がない。」
ジリナが振り返った。
「わたしね、あの時まではただ好きだったの。でも、あの日以来、ダメになっちゃった。若様以外は受け入れられそうにないの。フォーリさんに殺されそうになったのに、それもあんまり好きじゃないけど、嫌いじゃないの。あの日のことを思い出すと、胸がきゅっと痛くなる。媚薬のせいだったけど、全然後悔してないし、わたしが一番最初だって思ったら、優越感に浸っちゃうの。わたし、凄く嫌な女だね。こんなに嫌な女だったなんて、自分でも思ったことなかったもの。」
告白するように話していたら、涙が止まらなくなった。
「…まったく、馬鹿だね、この子は。」
ジリナがセリナを抱きしめ、背中を撫でてくれた。それが、とても安心できて、そういえば幼い頃はよくこうしてあやして貰っていたな、と思い出した。
「母さん、どうしよう。この間、ロナに言われたの。家族を置いて出て行くのかって。わたし、答えられなかった。だって、自信がないの。若様に会ったら、きっと、ここを出て行っちゃう。」
「分かってるさ。お前はわたしの娘なんだから。出てお行き。遠慮する必要はないよ。出て行きたくなったら出て行けばいい。それでいい。お前は拾ってきた子。だから、いつまでもここに縛られてなくていい。」
母に言われると突き放されたような気がして、胸が痛かった。涙が余計に溢れた。
ジリナは分かっていた。セリナはこれと決めたら意地でも曲がらない。だって、血を分けた自分の娘で、よく似ているのだから。家族を捨てても後悔はしない。そして、その分、新たにできた家族のために人生をかけるのだろう。セリナは自分にそっくりな娘なのだから。恋路まで真似しなくていいのに、そんなところまでそっくりだった。




