若様との再会 1
あれから、若様は結局、三年間帰って来なかった。ずっと会えなかった。きっと、忘れているに違いない。セリナは思った。
セリナは時々、ジリナと一緒に誰もいなくなった屋敷に行って掃除をした。誰が見張っている訳でもないので、ジリナの監視の下、ロナも一緒に連れて行ったりしている。広いお屋敷中を周り、窓を開けて風を通して、うっすら溜まったほこりを払って…。
よく食事を作る手伝いをした厨房を通ると、一緒に料理をしたことを思い出してきゅっと胸が痛んだ。どこへ行っても若様との思い出があった。嫌いなフォーリも今となっては、いい思い出になっている。なんだかんだ言いつつも、助けてくれた。
この日は二人で掃除をした。家の家事の都合だ。二人だけだったが手慣れているので、手分けして手早く掃除して回る。
セリナは若様の寝室に来て、ため息をついた。あの日のことは忘れられなかった。胸がぎゅっと締め付けられるように痛くなる。涙が出そうになるのを堪えて窓を開けた。寝台や様々な家具には白い覆い布がかけてあり、ほこりが被らないようになっているが、それでもいつの間にか、うっすらと溜まっている。軽くはたきをかけた。
掃除を終えて屋敷を出ると、一日が終わる。広いから軽い掃除だけでも一日がかりだ。
「あれ、何あれは?」
珍しく馬が家の前にいる。立派な鞍がついているので、商人が乗ってきたような馬とは違う。セリナは胸が高鳴るのを抑えられなかった。若様が帰ってくるとき、まずはジリナに連絡が行くようになっている。屋敷の鍵もジリナが預かっている。立派な馬がいるということは、若様がまたやって来るという連絡かもしれないのだ。
二人が玄関に行くと、ちょうど中から人が出てきた。案の定だった。顔見知りの親衛隊の兵士で、副隊長をしていた。
「おや、ベイルさん。お久しぶりです。」
ジリナが声をかけた。
「ああ、良かった、ジリナさん。お久しぶりです。ちょうどお留守だというから、どうしようかと思っていました。」
ベイルは言って丁寧に挨拶をした。
「たった今、お屋敷の掃除をしてきたところですよ。一ヶ月に一度の掃除の日だったんです。」
「それは、ありがたいです。ご想像の通り、今度、若様がこちらに来られます。早ければ半月後にはいらっしゃる予定です。若様がいらっしゃる一週間前には、使用人達が来ますので。その時には私も一緒に来る予定にしています。」
「分かりました。」
ジリナが話している横でセリナは、心が躍るのを抑えられなかった。それでも、何もないように表情は変えずに黙って立っている。そういう事ができるようになっていた。
「それでは、また。失礼します。」
いろいろと話し込んだ後、ベイルは別れの挨拶を口にした。
「ベイルさん、もう日が暮れます。どこにお泊まりになるんですか?」
ジリナは慌てて尋ねた。
「宿屋に。」
「宿屋はもうやってません。火事になった後、結局、立て直すにもお金がかかるし、無理だってことになって、やめちゃったんですよ。行商に来た商人達は、村長の家に泊まる事になってるんです。」
「じゃあ、私もそこに行くしか。」
「やめた方がいいです。」
思わずセリナは口を挟んだ。ベイルはにっこりした。
「久しぶりだね、セリナ。ずっと黙っているから、いつ声をかけてくれるかと思っていたんだよ。」
「…すみません、なんか挨拶をする機会を逃してしまって。お久しぶりです。」
「ああ、元気そうで良かったよ。」
「ベイルさん、行商人はあそこでいいけど、あんたはセリナの言うとおり、だめですよ。知っている通り、ここらの村はパルゼ王国出身者の村だ。男にも女にも手が早いってのは、本当だよ。あんたはまだ若いから狙われる。
だから、うちに泊まりな。うちは長男は前から家建てて別に住んでるし、次男も今は山小屋だ。娘達も一人は前からだけど、さらに二人は嫁に行ったし、家には今、三人しかいない。男達が使ってた部屋が空いているから、そこに泊まりな。」
ジリナの言葉にベイルは断ろうとした。
「いえ、しかし、女性達三人しかいない家に泊まるわけにはいきません。」
「いいんだよ。わたしがいるのに、余計な事ができる男と女がいると思うかい?セリナはもちろんしないし、ロナもわたしがいるから大丈夫だ。来な。今日はうちに泊まるんだよ。」
鶴の一声で決定し、ベイルは頭をかいて一礼した。
「それでは、お言葉に甘えて一晩、お世話になります。」
次の日、一晩泊まったベイルは、早朝のまだ夜が明けきる前の暗い内から帰って行った。




