セリナと若様 8
セリナは必死に考えた。まだ、どこか頭がちゃんと回っていない気がする。
「つまり、媚薬のせいでわたしと若様は、あんなことができちゃったということですか?」
「若様は違うだろう。」
「はい…そうですね。でも、そうなんですよね?」
「そういうことだ。」
「分かりました。つまり、フォーリさんや国王軍の兵士…親衛隊の人達と道ならぬ仲ってことにして、大騒ぎにさせる。ということは、この間のご領主様が送ってきた使いの人達がやろうとしていた作戦と、基本的に変わらないんですね。若様のご容姿がいいことを利用して醜聞を広め、フォーリさんや親衛隊から引き離し、若様を殺すっていう算段だったってことですね?」
「お前、だんだん冴えてきたな。その通りだ。」
セリナは頷いた。そして、心底ほっとした。本当に自分は、はしたない女だと思ったのだ。何にも分かっていない若様に対してやったことと言い訳は、娘を手込めにした男がする言い訳となんら変わりがない。男女が逆転しているだけだ。だから、フォーリがぶち切れてセリナの首を絞めたのは、理解できる。そして、薬のせいかあんまり恐怖を感じなかった。
「…どうした?」
フォーリに尋ねられてセリナは、理由を説明する。
「だって、安心したんです。わたし、自分でもおかしいとは思ってたんです。なんで、あの時、やっちゃったんだろうなって。だから、薬のせいだって分かって、わたし、自分がおかしくなったわけではないんだって、分かったから安心しました。」
「…だが。いや、いい。」
フォーリは何か言いかけて結局、やめた。珍しい反応だ。彼はめったにそういう中途半端なことはしない。セリナはフォーリを改めて眺めた。容姿の優れた若様の護衛は、本当に並大抵のことではない。性別を超えた美しさは、性別に関係なく虫を引き寄せるので、つまり、気をつけなければならない対象が男だけ、女だけではないので倍以上になる。
若様の命を狙う者達。また、彼の容姿に目がくらみ、その体を我が物にしようとする者達。セリナもその後者に分類されてしまうのだろう。
でも、決してそれだけじゃない。若様の役に立ちたい。他の女に目を向けて欲しくないし、自分だけを見つめていて欲しい。一緒にいたいし、側を離れたくない。命を狙われているなら、守ってあげたい。逃げるなら一緒に逃げたい。
若様の光の粉が舞っているようなキラキラした笑顔で、自分を見つめていて欲しい。
でも、それは無理だ。だって、若様が一番大切に思っているのは、護衛のフォーリだから。フォーリは家族同然だとさっきも言っていた。そう思うと、セリナは急に悲しくなった。わたしは一番じゃない。一番にはなれない。ずっと二番だ。いや、二番にすらなれない。二番はきっと王太子殿下だろうから。三番はお姉さんのリイカ姫だろう。
「…あの、わたしは明日からどうすればいいですか?」
「ここにはもう来るな。若様がお許しになっても、私はお前を許せない。だから、顔を見せるな。この後、帰って貰う。」
フォーリの声が冷たく感じられて、セリナは身震いした。さっきまでは怖くなかった。でも、今は急に怖くなった。フォーリの自分に対する視線が違うことに、今さらながら気がついた。物凄く距離がある。距離を感じる。大きな谷間があるみたいだった。
フォーリが謝ったので許して貰えたのかと思ったが、そうではなかったらしい。頭では若様に従い、危険を顧みずにセリナを助けた若様のお心を汲んで謝罪し、必要なことを確かめて現状を把握したが、心は許せないということなのだ。顔を見れば殺してしまうから顔を見せるな、という意味だとセリナも理解した。
今までフォーリは嫌いではなかった。でも、今は嫌いだ。きっと、これからずっと嫌いだ。だって、若様の心を占めているのは、フォーリだから。フォーリの決定に若様は従って、おそらくずっと会えないのだろう。悲しかったし悔しかったし、最後に一目、会わせてと言いたかった。
「話は終わりだ。帰れ。今日までの給金はお前の母に渡しておく。」
涙が出てきそうになるのをセリナは堪えた。悔しかったからなんとか我慢した。
「…分かり、ました。お世話に…なりました。ありがとうございました。」
セリナはなんとかそれだけ言うと、部屋を出た。使用人達の控え室に足早に向かう。自分の荷物だけを取ると、屋敷を出た。
家に向かう一本道を下っていく。お屋敷は丘の上にある。下に下り両側が林の場所に来ると、堪えていた涙が出てきた。空を見上げると、晴れた空が歪んでいた。白い雲が流れているのが見えるけど、みんな涙で歪んで変な風に見えた。
家に帰ると誰もいなかった。みんな畑仕事やなんかに出ているのだ。誰もいないので、セリナは自分の寝台に向かい、突っ伏して泣いた。




