セリナと若様 5
フォーリは急いで出てきた。
「若様、今、参りますから…!きっと、寂しがられているに違いない。」
「……。」
「……。」
普通の年頃の少年なら、四六時中側にいられると嫌がるものだが、若様は境遇の不幸さの故にそうでないのが、普通ではなかった。フォーリはけっこう男前なので、妙な想像をする者がいても仕方なかった。
急いで廊下を行くフォーリの後を親衛隊隊長のシークも追っていく。ニピ族は主と離れるとどこか暴走しがちだということを、フォーリと一緒にいて学んだ。
フォーリは若様の部屋に来ると扉の取っ手に手をかけた。ガチャッと音がして開かない。ガチャガチャ揺さぶっても、開かない。鍵がかかっている。
「鍵が…?」
シークが思わず声を上げる。
「若様!フォーリです。どうか、なさいましたか?若様…!」
フォーリは扉を叩いて安否を確認しようとする。
「確か、中にはセリナも一緒にいたはずだが。」
ヴァドサ隊長も何の音沙汰もないので、少し顔色が悪くなり、表情も緊張が走って引き締まっている。
「合鍵で開ける。」
常に合鍵を持っているフォーリは、すぐに鍵を出して開けた。
「若様、若様!ご無事ですか!?」
「若様、お返事をなさって下さい!」
フォーリとシークは、入ってすぐの部屋を見回したがいないので、寝室に続く部屋の扉に向かう。そこも、鍵がかかっていた。すぐさま鍵で開ける。
「若様…!ご無事ですか!」
「若様!」
二人は扉を開けて、一瞬、思考が停止した。何かあったのではないかと思って、緊急事態だと急いで来たのに、そこにあったのは二人の考えに全くなかった情景だった。
寝台の上に二人はいた。しかも、下着姿の半裸のセリナが若様の上に座っていた。
驚きのあまり、二人はすぐに言葉が出て来なかった。やったことは分かっている。
「…貴様、何をしている!」
もちろん、貴様とはセリナのことだ。フォーリは怒鳴った所で咳き込んだ。妙な匂いに気がつく。
「あははは。おっかしい、そんなとこで咳き込んじゃってえ。」
セリナが笑いながら寝台の上から下りた。恥ずかしげもなく、堂々と下着を直し始める。
「何をしているかと聞いている!」
セリナの態度にぶち切れたフォーリがさらに怒鳴る。
「もう、見れば分かるじゃない、服を着るのよ。あ、そうだ、早く若様にも服を着せて差し上げないと。ふふふ。」
セリナの様子に完全に理性が飛びそうなフォーリだったが、若様のことがあるので、踏みとどまった。そして、フォーリが切れてどんな行動に出るか分からないので、心配そうに見守っているシークに出て行ってくれと頼むと、静かに扉を閉めた。
「こーんな時まで静かに扉を閉めるんですねー。律儀ー。」
フォーリはセリナを睨みつけたが、何も言わずに固まっている若様を起こした。
「…ふぉ、フォーリ、その……。」
泣きそうになっておろおろしている若様には何も言わず、服を着せた。若様が困惑している間にことに及んだのだろう。そう思うとはらわたが煮えくりかえるほど、怒りがわき上がってくる。だが、かろうじて理性が様子が変なのを告げており、それを確かめようとは思っていた。
「とりあえず、若様はぁ、なんにも悪くありませんからー!」
フォーリは振り返った。変なのはセリナの話し方だ。
「…お前、酔っているのか?」
「?お酒なんて、飲んでいませんよう。」
セリナはへらへらと笑う。
「…フォーリ。その……こういうことはセリナ一人が悪いんじゃないと思う。」
服を着終わった若様が懸命にセリナをかばおうとして、声を震わせながら弁明する。
「なーに言ってんですかあ、若様。若様はぜんぜん、爪の垢ほども悪くないですよう。なーんにも分かってない若様に、わたしが迫って勝手にやったんですからー。」
こっちもすでに服を着終わったセリナが、ひゃはは、と笑いながら全然悪びれていない様子で言う。フォーリは額に手を当て、怒りをかろうじて堪えた。深呼吸をしてなんとか自分を落ち着かせる。顔色の青ざめた若様がなんとか取り繕おうとしているのに、セリナはそれを覆す。
「若様はぁ、びっくりして固まってしまって。それが可愛かったんだもん。可愛かったから、やっちゃった。へへ。」
フォーリの目が点になる。
「…お前は今、何を言っているのか、分かっているのか?」
押し殺したフォーリの声に、セリナは半分だけ理性が戻ってきた。
(…ちょっと、待て、フォーリは、このフォーリは今、かなり危なくない?それは言ったらだめよ!)
と思ったのに、口は勝手に開いていた。
「分かってますよー。若様がとても可愛かったから、我慢できなかったってはな…。」
セリナの言葉は途中で途切れた。一瞬、目の前で何が起こったのか、理解できなかった。フォーリが目の前から消えたと思った。だが、実際にはすぐ目の前にいて、あっと思う間もなく、首に手をかけられた。喉がしまって息ができない。
(今日が、わたしの命日だ。)
理性が冷静に分析している。本能的にフォーリの手を避けようと手を持ち上げたかったが、力が入らなくてそれもできない。目の前がかすんで暗くなる。
意識を手放そうとした瞬間、何かが横切った気がした。カチャッと音がした刹那、セリナは空中に放り出され、フォーリの腕が何かを反射的に振り払ったのが見えた。




