セリナと若様 3
そして、三日目。
この日は若様の衣服に香をたきしめた。いい香りが部屋中に漂う。換気のために窓を開けて扉も開け放っていたので、若様の部屋の周辺に広くその香りが広がった。
仕事が一段落し、衣服はしばらく広げて干しておく。あまりすぐにしまうと、煙い匂いもしまってしまうらしい。確かに香りも抜けるが、微かに香るというようになってその方が上品なのだという。
しばらく開けていた窓を閉め、扉も閉めてくると、若様がどこかぼんやりとして座っていた。なんとなく、頬が上気しているように見える。
「若様、どうしたんですか、風邪を引きました?熱でもありますか?」
「え、熱?大丈夫だよ。なんとなく、ぼんやりしていただけ。」
若様はそう言ったが、セリナは若様の額に手を当てた。なんとなく熱っぽいような気もせんでもない。
「ベリー先生に言った方が。」
出て行こうとするセリナを若様が引き留めた。
「大丈夫だよ。ベリー先生はただでさえ忙しいのに、これ以上、忙しくさせられないよ。医者の不養生っていう。そうなってしまうよ。」
そう言われれば、確かにそうだとセリナも納得してしまう。本当にベリー医師はこの数日、寝る間も惜しんで働いている。
「ねえ、セリナ。セリナは私のことが好き?」
突然の質問にセリナは止まった。心臓がどくんどくん、と大きく鳴っている。
「…え、急にどうしたんですか?」
面と向かって答えるのが気恥ずかしくて、ごまかそうとするセリナに若様はにっこりして言った。
「私は好きだよ、セリナのこと。」
「…ふぇ?」
びっくりして間抜けな声を出してしまう。
「君はどう?」
人参が好きか嫌いかを聞くかのように聞いてくる若様に、セリナは胸を打たれた。あまりに自然に好きだと言われて、さらに聞かれて、言葉を失っていた。
「……。好き。」
セリナはようやく覚悟を決めて、答えた。ようやく言葉を出せた、という方が正しいかもしれない。
「若様を人としてだけじゃなく、男の子として好きなの。」
セリナの答えに今度は若様の方が息を呑んだ。今度は切なそうな顔をする。そんな表情をされると、胸がぐっと詰まって側に駆け寄りたくなってしまう。思いっきり抱きしめたくなってしまう。
「…ありがとう。」
「え?」
「嬉しいよ。私にはそんな時は与えられないと思っていたから。私を好きになってくれる人がいて、同じ思いになれるとは思いもしなかったから。」
セリナは衝撃を受けた。人を好きになったり嫌いになったり、それは自由にできるものだと思っていた。だけど、若様はそれさえも自由にできないのだ。
「本当は前から、セリナのことを女の子として好きだと分かっていたけど、友達だと思っていないと上手く話せなくなりそうだったんだ。だから、自分にも周りにも友達だからって言って、自分にも言い聞かせてた。
それに、私が好きになったらその人が危なくなると思ったから。危険があると分かっていたから、好きになったらいけないって思ってたのに、上手くいかないね。」
なんで急に若様が告白する気になったのか分からないが、セリナは気がついた。この人には時間がないのだと。若いのに寿命が近くなった老人のように、命の時間がどれくらいあるのか、分からないのだということに。
そう思うと、セリナは身震いした。なんだか少し自分もぼーっとしているかもしれない。セリナは気づいたが、そんなことは今はどうでも良かった。若様に自分があげられるものは全てあげようと思ったのだ。
セリナは扉の鍵をかけて回った。
「セリナ、どうしたの?」
「若様、少し横になって休んだ方がいいですよ。」
セリナの答えに若様が首を傾げる。
「大丈夫だよ、元気だよ。」
「いいから。何かあったらベリー先生に叱られるし、先生に言わないんだったら少しは横になってないと。」
「…う、うん。でも、大丈夫だと思うけど。」
「わたしが一緒に寝てあげますから。大人しく寝て下さい。」
「え!?」
戸惑いながらも、大人しくセリナの言うことを聞いて若様は上着を脱ぎ、皺になったら面倒なズボンなんかも脱いで、少し恥ずかしそうにしながらも布団に横になった。いつも、昼間休む時はすぐに服に着替えられるよう、そうして休んでいるのだろう。




