セリナと若様 2
それから、二、三日後のことだった。驚愕の事態が生じた。もう、大事件だ。
なんと、フォーリが風邪を引いたというのだ。超人のフォーリがそんな事態になるなど、珍しいらしく、親衛隊の兵士達にも動揺が走っていた。一番、驚いていたのは隊長のシークだった。
ちなみに、ジリナはあの夜に長いこと、立って待っていたから風邪を引いたのではないかと思った。
だが、その日の午後にはもっと大変な事態になった。具合の悪い人が急増した。親衛隊員達も多くが風邪を引いたらしく、くしゃみを連発してから鼻水を垂らしたり、咳をしたり、熱が出たりした。それからいくと、そこまでいかないフォーリはやはり超人で、それで治まっているのだ。
「!あぁぁ…とうとうやってきてしまった、この時期が!今年は王太子殿下のご一行が来られたから、みんな貰ったな、これは間違いなく。」
ベリー医師が薬箱を持って屋敷の廊下を走りながら、一人、大声で叫んでいた。そのまま、セリナの前を通り過ぎるかと思いきや、戻ってきた。
「そうだ、君の家に蜂蜜はある?」
「…まだ、ありますけど。」
「良かった、後で持ってきて貰いたい。もちろん、お金は払う。」
「蜂蜜がなんかの役に立つんですか?」
「もちろん、喉の炎症を抑えるのに役立つし、蜂蜜は今の時期にぴったりのものだ。カートン家では薬として、あらゆる花の蜂蜜を生産して取りそろえている。持ってきているけど、大量に使うには地元の物を使うのが一番いいからね。」
「そうなんですか。でも、母に直接聞いた方がいいと思うんです。すぐに値段の交渉もしてくれると思いますから。それでも、母には伝えておきます。」
「うん、助かるよ、ありがとう。」
ベリー医師は大急ぎで去って行った。
そういうことで、若様に風邪をうつしたらいけないので、フォーリは若様の食事を作るのをやめて、ジリナとセリナと驚愕のシークにその役目が回った。
「隊長さんって、料理できるんですか?」
驚きのあまり、セリナは直接聞いてしまった。ジリナが慌ててセリナの頭をこづく。
「こら、失礼なことを言うんじゃないよ…!」
「だって、母さん、びっくりしたんだもん…!」
「大丈夫ですよ、ジリナさん。セリナが驚くのも無理はないでしょう。国王軍では料理をしなくてはいけないと、知らないでしょうから。」
シークが穏やかにジリナをなだめる。
「そうなんですか、知りませんでした……!」
セリナは近くにいる親衛隊員たちのことも、尊敬の目で見つめた。
「ただ、みんな上手なわけじゃない。隊長は上手だから。」
横からベイルが補足した。確かにそうだ。
「隊長は、うまいですよ。料理。そこは心配いらないです。子供の頃からやってる人は年季が違いますよ。」
横からさらに、モナが口をはさんだ。最近、ようやく名前を覚えた。
「まあ、本当に手が足りない時だけということです。私も微妙に風邪気味だったので。」
シークは苦笑した。
そして、若様の側にいて見守る役割も回ってきた。若様は体の調子が元から良くなかったので、養生していたのが幸いして、風邪を今のところ引いていないらしい。ジリナはいろいろと忙しいので、若様の見守り役はほとんどセリナの仕事になることになった。
セリナが見守り役になったので、リカンナが食事作りの手伝い役に回る。
あちこちにその弊害が起こっていたが、セリナは内心、すごく嬉しくて喜んでいた。ずっと若様の側にいられるんだから、当然だ。
「あんた、他の子達の前で顔をにやつかせたらだめよ。」
リカンナに厳しく注意されているので、セリナは人前ではにやけないようにしていた。
フォーリは一日で復活するつもりだったらしいのだが、ベリー医師に用心して三日は、若様と接触するのを避けるように命じられたため、仕方なく閉じ込められている。
「みんな大変だな。早く良くなるといいんだけど。」
若様が心配そうに言う。
「こんなことってよくあるんですか?」
若様は首を傾げた。
「さあ。みんなといるようになったの一年くらいのことだし。ただ、フォーリが風邪を引いたのは初めてじゃないかな。」
若様の返事にセリナはフォーリって凄いなと感心する。
「ところで、セリナは大丈夫なの?他のみんなも大丈夫?」
「ええ、わたしは大丈夫です。ベリー先生の指導で、塩入りのぬるま湯でうがいをしてますし、蜂蜜入りの生姜湯を飲んでますし。みんなも元気です。」
「私も同じことを言われてしているよ。手もしっかり洗うように言われているしね。」
「なんだ、じゃ、それが予防になるってことですね。」
「ところで、セリナは何をしているの?」
セリナは今、燭台の反射用の鏡を磨いていた。
「光が良く反射するように、煤を取って磨いているんです。」
興味深そうに見ていた若様は自分もすると言いだした。若様に踏み台を貸し、セリナはもう一つ、踏み台を持ってきた。
セリナが戻ってくると、若様が困ったようにたたずんでいた。
「どうしたんです?」
「どうしよう、蝋燭を落として折っちゃった。もったいないよ。」
「じゃ、新しいのに取り替えましょう。熱を加えて繋げられないこともないんですが、結局、弱いからまたそこから折れちゃうんですよね。だから、溶かしたり、短い蝋燭にしたりするんですよ。あ、はさみで切って短くして使いますか?」
若様が頷く。
「私が自分で短くしてみる。」
と言うので、させてみると芯を出すのを忘れてしまい、蝋を削ったりしていたが、うっかり芯を切り落としてしまい、結局、最初からやりなおし…。とうとう新しい蝋燭に取り替えることになった。
そんなんで時間は過ぎていく。やがて、夜になった。
セリナは昼間、考えてなかったことに気がついた。
(わ、わたしが若様のお風呂やお着替えを手伝うのかしら…!?)
しかし、ベリー医師とシークが来て、その役割は与えられなかった。
次の日も無事に過ぎ去った。




