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ジリナと若様 1

 ジリナは帰ってきてから、カートン家の先生方がいる診療室に行くように言われて、しばらくそこにいた。怪我も何もしていないが、いろいろと出入りがあって、面倒なことになっているからだった。

 ジリナは王宮からやってきた使用人達が分からないことだけを教え、後は必要に応じて手伝っていた。なぜか、あまり雑用は言いつけられなかった。おそらく、フォーリの口添えがあったからだろう。今は王宮からきた使用人達であちこち(あふ)れていた。

「怪我がなくて何よりです。」

 ベリー医師が言った。

「…ですが、何かあったようですね。」

「……。」

 ジリナが答えられないでいると、横から宮廷医が口を挟んだ。

「ご主人がお亡くなりになりましたか?」

「…ランゲル先生、わざと言わなかったのに、なぜ、言うんですか。」

「…いや、事がことだけにはっきりさせておいた方がいいと感じましてね。」

 ベリー医師の文句にもめげず、にっこりして言う。

「…ああ、ほら。宮廷医の勘というやつですか?」

「ランゲル先生、嫌味ですよ、それ。」

「てっきり、宮廷医師団に入ってくれると思って期待していたのに、それを()るから私の仕事が減らないじゃないですか。まあ、ありがたくはありましたが。先生なら腕もあるから信頼できますしね。」

「何を言ってるんですか、ランゲル先生。あの当時、私に若様付きの医師になってくれって、泣きついてきたでしょう。」

 同期なのか妙に親しい感じだ。

「フォーリはあなたを助けに行きました。それも若様が助けるように言われたからですよ。言われなくても助けに言ったかもしれませんが、結構、冷淡な所もありますからね、フォーリは。」

 ベリー医師が丁寧に説明してくれるが、若様の口添えがなければ、今、ジリナは死んでいてもおかしくなかったという話だ。

「ポウトが手伝いに行ったのは、フォーリに万一のことがあったらいけないので、殿下が行くように言われたからです。」

 ランゲル医師も横から説明した。

「分かりました。殿下にはお礼は必要ないけれども、若様にはお礼を申し上げた方がよろしいという助言ですね。」

 ジリナの答えにベリー医師は(うなず)き、ランゲル医師の方は(おどろ)いている。

「なるほど、フォーリが一目置いている理由はそこに。だから、娘さんもなかなか賢いということですか。」

「そういえば、セリナは家に帰してありますよ。ここを出てすぐに山へ向かったなら、家の様子を見ていないかもしれないのでね。」

 カートン家の医師達も、ニピ族並みに嫌な連中だとジリナは思った。別に知らなくていいことばかり、言ってくる。

「この間、見かけた時から思っていましたが、なぜ、顔に細工をしているんですか?その下はかぶれていませんか?長らくそのようなことをされていたら、変色したりしているのではないかと思いましてね。皮膚に良くありません。」

 ランゲル医師の指摘にジリナはぞっとした。伊達に宮廷医を二百年間輩出している家柄ではない。一目でどんな細工をジリナが顔にしているか、見抜いていたのだ。薄くなめしたぶたの皮を顔に張り付けて、化粧していることを。宮廷にいた時は、さすがの彼らも猫をかぶっているらしい。こんなにあからさまにものを言われたことはない。

 ジリナはため息をついた。

「もう、そんな状態は終わりました。はじめの頃は(ひど)いもんでしたよ。かぶれて発疹はたくさんできるし、蒸れるし、素顔になったときどんどん、醜くなっているのを見て、女としては終わったと思いましたよ。でも、子供のためです。そのためなら、どんな努力も(いと)いません。そのうち、皮膚が硬くなって、かぶれもしなくなりました。変色はしていますよ。でも、いいんです。」

「そうでしたか。…でも、もう取ってもいいのではありませんか?」

「今さら、取れませんよ。みんなこれがわたしの地の顔だと思っていますから。」

 ジリナはいつものように言い返したが、本当はこの医者達は何に気づいたのだろうと思う。この観察眼はどうやって身につけるのだろう。取ってもいい理由は、主人が亡くなったからだ。そう、オルから顔を隠すためだった。いつ、記憶を取り戻すか分からないから。だから、変装しつづけたのだ。記憶を失ったオルを大胆にも夫にすると決めた時から。ずっと。

「泣きたい時は泣いた方がいいですよ。」

 ジリナは言葉にできなかった。そうだ、本当はもっと泣きたかった。でも、涙が出ない。だって、半分は安心したから。オルが死んで半分は安心した。いつ、記憶を取り戻して殺し屋に戻るのか、それが心配だったから。だから、死んで安心したのだ。

「…わたしは薄情な女でね。涙が出やしないんですよ。」

「そうでしょうか?」

 あえて否定もせずに肯定もしない。そんな態度にジリナは苛立った。

「どうせ、興味本位なんでしょう、もうわたしには構わないで下さい。」

 ジリナは立ち上がった。

「わたし、若様にお礼を申し上げてきます。頃合いを見て言わないと、言う機会を失いますから。」

「そうですか、分かりました。」

 ランゲル医師もベリー医師も引き留めなかった。なんだ、そんなだったら最初から、出て行けば良かった。

 まだ、いろいろと騒がしい。ジリナは人の来ない廊下の物陰に座り込んだ。一人になって息をつくと、涙が出てきた。何をやっているんだろうと思う。でも、後悔はしていない。

 ただ、子供達にはなんて言おう。山で遭難(そうなん)し行方不明になった。これが一番いい。セリナは一部知っているが、口止めしておけば言わないだろう。こんな結末になるとはジリナも想像していなかった。

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