16.Blue sadness
部活を早退して家に帰宅。両親は仕事で家には誰もいなかった。
「お邪魔しまーす。桜ちゃんの家に来るの久しぶりだなぁ」
そういえばそんな気がする。最近は美桜ちゃんの家にいることが多いし。
「階段気をつけてね」
「うん。荷物持ってくれてありがとう」
「いいのいいのー」
部屋に着き、とりあえずベッドに座る。
「・・・」
「どうしたの?」
「いや・・・なんかね。あははー」
どんな顔をすればいいか分からず、ぎこちない笑顔になってしまう。
そんな私を見た美桜ちゃんが隣に座る。
「気が済むまで泣いてもいいんだよ?」
「・・・泣きたいわけじゃないんだけどさ」
なんだろうこの気持ち。どうすることもできない無力さっていうのかな。
「トイレ行く」
「手伝おうか? 右手使えないと大変でしょ?」
美桜ちゃんが心配そうな顔で言う。トイレまで来られるのはさすがに・・・。
「だ、大丈夫だし! 変態!」
「変態!? ち、ちがっ! 私はただ心配だから手伝おうとしただけで、下心があるわけじゃ・・・ないと思うかな?」
「何今の間は。それにどうして疑問形なの」
本当に心配してくれてるのは分かるけど、トイレを手伝ってもらうのはやだ!
「1人で大丈夫だから待ってて」
「わかった」
トイレを済まし手を洗う。ふと鏡に映った自分を見る。
・・・酷い顔だ。この世の終わりみたいな顔をしている。美桜ちゃんが心配するのも無理はない。
いつまでもこんな顔をしていたら、美桜ちゃんが余計に心配するだけだ。
よしっ! 笑顔笑顔!
部屋に戻ったらなるべく明るく振る舞うことに努めよう。
それからしばらくして、母親が帰宅すると美桜ちゃんは帰っていった。明日の朝、家まで迎えに来てくれるらしい。
さすがに悪いと思ったが、そのご好意に甘えさてもらうことにした。美桜ちゃんは本当に優しいな。
母親もお風呂や着替えを手伝ってくれたが、1ヶ月この状態が続くと思うと発狂しそうになる。
もういっそのこと、このまま左利きになってしまおうか。
「あーあ」
ベッドに横になり、自分の右手を見つめる。
骨折さえしてなければ、今日も楽しく練習していたはずなのに。
それに・・・県大会に出られないのがすごくつらい。
ここまで一生懸命練習してきたのに。それが一瞬で水の泡。
美桜ちゃんには、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
「試合出たかっただろうな・・・」
考えれば考えるほど、つらくなってしまい、涙が溢れてくる。
「・・・ごめんね、美桜ちゃん・・・」
私はそのまま泣き続けた。
何度も何度も、美桜ちゃんに謝りながら。
そうしていつの間にか、眠りに落ちていった。
─。
──。
───。
────。
この感覚には覚えがある。
多分、現実での私は寝ているんだろうけど。
私はゆっくりと目を開けた。
「こんばんは」
やっぱり。目の前にくぼちゃんがいた。
「現れる気がしてた」
「はい。そうですね」
私は辺りを見渡す。
空は暗い青色でどんよりとしている。
私の感情の変化が影響しているというのは本当のようだ。
くぼちゃんもその空の色に似たワンピースを着ている。
「私の今の感情か」
悲しいし、つらいし、不甲斐ないし。
今の私にピッタリかもしれない。
「怪我の方はどうですか。まだ痛みますか?」
くぼちゃんは私の感情について特に触れずに、怪我について聞いてきた。
「痛いけど固定されてるし、練習の時よりはマシかな」
「そうですか」
くぼちゃんのことだし、私が説明しなくても何があったか理解しているだろう。
「くぼちゃん」
「はい」
違うなら違うと言ってほしい。
でも、これがもし予定通りであるなら私は受け入れられない。
「この怪我も予定通りなの?」
くぼちゃんを真っ直ぐに見つめながら聞いた。
少しの間、静寂が訪れる。
何を言うか迷っているのだろうか。
「・・・その怪我も予定通りです」
やっぱりそうなのか・・・。
「そう伝えるかどうか迷いました」
え? どういうこと?
「ですが、さすがのボクでも怪我を防ぐことまではできません」
「ってことは、くぼちゃんの想定外だったってこと?」
「はい」
そう・・・なんだ。
私は少しホッとした。
怪我をしたことは嬉しくないけど・・・。
「本来のレールからズレてしまいました」
「私が怪我したからだよね?」
「はい」
本来のレールは、一体どんな感じだったんだろうか。聞いてもいいのかな?
「聞きたいですか?」
「え? あ、うん」
「話せる範囲でお話しします」
くぼちゃんがこの先に起こることを、こうやってちゃんと話してくれるのは初めてかもしれない。
「でもいいの? なんか教えちゃいけないみたいなルールとかあるんじゃないの?」
「教えるとしても途中までですし、もうこの通りにはなりませんからね。はしもとさんが無理矢理大会に出て、右手なんか壊れても構わない、というのなら話は別ですが。どうですか?」
そんなこと美桜ちゃんが許すはずがない。
私が出ると言っても、次は美桜ちゃんが出ないと言うだろう。
「もう出ないって決めたから」
「なら問題ないですね」
くぼちゃんがうんうんと頷きながら言う。
「まず結論から言いますと、はしもとさん達は全国に行けていました。結果としては、県大会ベスト8です」
もちろん私も、全国へ行くつもりで練習していた。そう簡単に行けるとは思っていなかったので、少しびっくりした。
「優勝の可能性もあったのですが、はしもとさんが途中で腱鞘炎になってしまい、思うような力を出せなかったというところですね。ちょっと練習しすぎたようです」
骨折はしなかったとしても、腱鞘炎になっていたのか・・・。
「腱鞘炎自体は、全国に間に合うので問題なかったんですけどね」
「全国はどうだったの?」
私は結果が気になりくぼちゃんに聞く。しかし、話すか悩んでいるようだ。
「・・・話してもいいのですが、話さない方がはしもとさんの為かもしれません。なので、ご想像にお任せします」
なんだそれ。めっちゃ気になるじゃんか。
「まぁ、いいや。それで大会のあとはどうなったの?」
「残念ながらこれ以上は教えられません」
大会の結果だけか・・・。
話せる範囲って言ってたし、仕方ないか。
「問題はこれからです」
「これから・・・」
くぼちゃんには、この先の未来がどう見えているのだろうか。
「県大会ですが、応援には行きますか?」
「・・・」
花恋ちゃんと咲蘭ちゃんを応援したい気持ちはある。
だけど、行ったら行ったで、つらい思いをするのは目に見えている。
「どちらを選んでも構いませんが、応援に行かない場合、必ずうさぎ先輩と一緒にいるようにしてください。本来、このようなことをお伝えするのはあまり良くないのですが、状況が変わりましたので」
私の怪我でくぼちゃんにも迷惑をかけてしまっているのか。
「応援に行くのはつらいと思いますが、それを乗り越えることにも意味があります。かと言って、絶対に行かないといけないというわけではありません」
行かないのであれば、美桜ちゃんと必ず一緒にいることってことか。
「そうです。それだけは守ってほしいです。うさぎ先輩のことですから、自分からそばにいると言いそうですけど」
当たり前のように、くぼちゃんが私の思考を読む。
確かに美桜ちゃんなら言いそうだ。
「今の弱ったはしもとさんにはうさぎ先輩が必要です。それは、はしもとさんが一番分かっていると思いますが」
「分かった。言う通りにする」
私がそう返事をすると、くぼちゃんは優しく笑った。
そして私に近付くと、怪我している右手を自分の小さな両手でそっと包んだ。
「つらかったですね。はしもとさんの気持ちは痛い程伝わってきます。ですが、はしもとさんにはうさぎ先輩、高橋さん、二階堂さんなど支えてくれる素晴らしい仲間がいます。それに、ボクだっています。すぐに元気になれとは言いませんが、元気になれるよう祈ってます」
くぼちゃんの優しい言葉に、自然と涙が頬をつたう。
「・・・ありがとう」
「いいえ。ボクは、はしもとさんに幸せになってもらう為に、案内をしているんですから」
言葉が出ない私は、泣きながら頷いた。
「では、そろそろ行きますね。また近々お会いしましょう」
「うん。ありがとうねくぼちゃん」
くぼちゃんが見えなくなるまで、私は手を振り続けた。
・・・私の意識もそろそろこの場から切り離されそうだ。
私は空を見上げた。
どんよりとしていた空が、少しばかり明るくなってきている気がした。




