40.二階堂邸へ
次の日──
部活が終わると、二階堂さんに校門で待つように言われた。
家でも練習するならわざわざ着替えなくてもいいのでは・・・?
今すぐ帰りたい気持ちに駆られながら二階堂さんを待っていると、美桜ちゃんに声を掛けられた。
「あれ? 桜ちゃん帰らないの?」
「いやー、なんか二階堂さんに練習付き合えって言われて・・・」
「そうなんだ。怪我はしないようにね?」
「う、うん」
「じゃあまた木曜日ね! バイバーイ!」
美桜ちゃんも来ないかと聞こうとしたけどやめておいた。
それから5分程待つと、二階堂さんがこちらへ歩いてきた。
「お待たせしましたわ。では行きましょうか」
はぁ・・・。やっぱ花恋ちゃん誘えば良かったかなぁ。ちょっと気まずいや。
校門の坂を下ると、黒い高級そうな車が止まっていた。
その車の近くに咲蘭ちゃんの使用人と思われる人も立っている。
「お嬢様。荷物をお預かりします」
この人が宮下さんかな?
「宮下。彼女がさくらさんですわ」
「さくら様。いつもお嬢様と仲良くしていただき、ありがとうございます」
さ、さくら様・・・。なんだかむず痒いな。
「い、いえ」
「別に仲良くしてませんわ! さくらさん、早く車に乗ってくださる?」
えぇ・・・。
「ああは言っていますが、家ではさくら様のことをよく話してらっしゃいますよ」
宮下さんが二階堂さんに聞こえないように言う。
「はぁ・・・そうなんですか」
「はい。これからも仲良くしてあげてください」
どうして家で私のことを話しているんだろうか。変な風に言われてなきゃいいけど。
少し不安になりながら車へ乗り込んだ。
「着きましたわ」
車から降りると、目の前にはお城みたいな家が建っていた。
「で、でかい・・・」
なんというでかさだ。
こんな家、アニメとかドラマでしか見たことがない。
「行きますわよ」
門が自動で開き、二階堂さんが中へと入っていく。私もそのあとに続いた。
というか・・・玄関まで遠くないですかね。
周りの庭には薔薇が咲いていたり、綺麗に揃った植木が植えられている。
二階堂さんが玄関の前に立つとドアが開いた。
「おかえりなさいませ、お嬢様」
メイドのお出迎えだ。
「ご友人の方もどうぞ、お入りください」
「お、おじゃまします・・・」
なんか緊張するな・・・。てか玄関広すぎ。
床は赤い絨毯で敷き詰められている。
上へと続いている階段は、螺旋階段になっていて、天井まで吹き抜けになっている。
「こちらですわ」
玄関を上がり、左に曲がると長い廊下が続いていた。
「帰宅したらお母様に挨拶するのが日課ですの」
「は、はぁ・・・」
これだけ家が大きいと迷子になりそうだ。
花恋ちゃんが言っていた、冒険みたいっていうのは本当だったんだな。
「ここですわ」
二階堂さんはドアをノックした。
「どうぞ」
「お母様、ただいま帰りましたわー!」
二階堂さんがお母さんに駆け寄り抱きついた。
「おかえりなさい、咲蘭」
これが日課なのか。
強情な性格をした二階堂さんにも、こんな一面があるんだな。
二階堂さんのお母さんはとても綺麗だった。
紫のドレスを着ていて、顔も二階堂さんに似ている。
「あら、お友達?」
「と、友達ではありませんわ!」
「咲蘭ったら照れてるのね」
照れてるのか・・・?
「あなたがさくらさんね。咲蘭がよくあなたの話をしているのよ」
「は、はじめまして。おじゃましています」
「そう硬くならなくて大丈夫よ」
そう言われましても・・・。
「お母様、食事のあとにさくらさんとテニスの練習をしますわ」
「怪我しないように気を付けるのよ」
「はい!」
こう見ると二階堂さんもちゃんと子供なんだな。
「食事もすぐに出来ると思うし、大広間へ行きましょうか」
お金持ちの食事ってどんなのなんだ? お口に合うかしら・・・。
夕食はテレビで見るような何とかを添えて、みたいな物は出てこなかったので安心して食べることができた。
ちなみにステーキだった。一体おいくら万円する肉なんだろうか・・・。
柔らかすぎて口に入れた瞬間、溶けてしまうぐらいの肉だった。
足りないようならまた焼くと言われたが、さすがに遠慮しておいた。
「わたくしは食べますわ!」
相変わらずよく食べるお嬢様だこと。
「明日は何か食べたい物はあるかしら?」
「あ、え、えっと・・・あのお構いなく」
今の返事で合ってるのか?
「わたくしはお寿司が食べたいですわ!」
「では、明日はお寿司にしましょう」
そんな気軽に・・・。目の前で握る的なやつだったらどうしよう・・・。
「さくらさんは、好きなネタとかあるのかしら?」
「・・・い、いくらが好きです」
「あら、わたくしと一緒じゃありませんか」
てっきり、大トロとかウニが好きなのかと思った。
「いくらは多めに用意してもらいましょうか」
金持ちの家すごすぎなんですけど・・・。
「いくら丼の方が良ければ、そちらを用意させるけど」
「あ、じゃあいくら丼で・・・」
寿司を握ってもらうスタイルだったらと考えると、丼物にしてもらった方が気持ち的に楽だ。
食事が終わり、少し休憩してからコートへ案内された。
それにしても庭が広すぎる。私の家、何軒入るだろうか。
家から・・・いや屋敷か? それともお城?から少し歩くと建物が見えてきた。
「こちらですわ」
屋外コートだと思ったが、屋内コートだった。
雨の日でも練習できるように、屋内にしたのだろうか。
「ロングストロークでいいかしら?」
「あ、うん」
「手加減はいりませんわ。全力でお願いしますわ」
「はぁ・・・」
そうして練習が始まる。
二階堂さんも初心者だったのに、すごく上手くなったよな。毎日ここで練習してるのかな。
──パーン!
室内にはボールを打つ音が響く。
──パーン!
どうして私が練習相手なんだろ。
ラリーが途切れたタイミングで、二階堂さんに聞いてみることにした。
「ねぇ、二階堂さん」
「なんですの?」
「どうして私が練習相手なの? 花恋ちゃん誘えばいいじゃん」
「・・・・・・」
どうして黙るんだ・・・。
「・・・花恋さんには、自分の練習に集中してほしいからですわ」
「花恋さんは、テニスをしたことがないわたくしと、ペアを組んでくれると言ってくれましたわ」
私は頷いて返事をする。咲蘭ちゃんが続ける。
「わたくしはそれが嬉しかった。ですので、少しでも花恋さんの役に立てるよう、上手くなることに決めましたの」
そっか。私と似たような気持ちなんだな。
「一緒だね」
「何がですの?」
「私と一緒」
私も美桜ちゃんのために上手くなろうと思った。
二階堂さんは花恋ちゃんのために。
「そう・・・なんですの。あ、あとはその・・・」
「ん?」
「や、やっぱりなんでもないですわ!」
なんだよ。気になるじゃないか。
「まぁ、私で良ければこれからも練習付き合うよ」
「・・・ありがとうございます、ですわ」
「え?」
声が小さくて聞き取れなかった。
「ありがとうって言ったんですわ!!!」
「どういたしまして」
二階堂さん、案外いい人なのかもな。
「でも、あなたには負けませんわ!」
「望むところだ!」
練習が終わり、二階堂さんとお母さんが門の前まで見送りに来てくれた。
「あの、おじゃましました。ご飯もごちそうさまでした」
「明日も待ってるわね」
「はい。では、失礼します」
二階堂さんはそっぽを向いていた。
「咲蘭。さくらさんにご挨拶は」
「・・・ま、また明日ですわ。おやすみなさい」
「うん。またね、咲蘭ちゃん。おやすみ」
「さ、咲蘭ちゃん!?」
いや、別に驚くことじゃないでしょ。
「ふふ。では宮下。さくらさんをお願いします」
「かしこまりました。奥様」
車に乗った私はもう一度咲蘭ちゃんを見る。
咲蘭ちゃんは小さく手を振っていた。
なんだ。可愛いところあるじゃん。
私も手を振り返した。
「よろしいですか」
「はい」
帰り道、宮下さんが咲蘭ちゃんのことを少し話してくれた。
「お嬢様は見ての通り、少し強気な性格でして、あまりご友人が出来ませんでした」
そんな感じはした。
私も最初は仲良くなりたいと思わなかったし。
「ですが、花恋様と出会ってからは少し変わりました」
「それまでは、あまり笑顔を見せることが少なかったのですが、少しずつ笑顔が見れるようになりました」
なるほど。花恋ちゃんと同じ高校に入ったのも頷ける。
咲蘭ちゃんの中では、花恋ちゃんはなくてはならない存在なんだろうな。
「ソフトテニス部に入られてから、さくらさんの名前も聞くようになったのですが、きっと友達になりたかったのでしょう」
「はっきりと、友達になりたいと言ったわけではありませんが、そんな風に私も奥様も感じていました」
私は相槌を打ちながら宮下さんの話を聞く。
「ですから、お嬢様がさくら様を練習に誘ったと聞いた時は、とても嬉しく思ったのです」
「形はどうであれ、さくら様を家に招きたかったのでしょう。これまでは花恋様ぐらいしか招いたことがなかったので」
ただ、練習がしたかったってわけじゃなかったのか。
練習の時に何か言いかけていたのはそのことなのかな。
「そうなんですね」
「はい。私の身勝手なお願いですが、さくら様が良ければ練習の時以外も是非遊びにいらしてください。私からも遊びに誘うように、それとなく伝えておきます」
「分かりました」
「ありがとうございます」
それから少しして、私の家に到着した。
「わざわざ送ってもらってすいません」
「いえいえ」
「ありがとうございました」
私は宮下さんにお辞儀をして家に向かう。
「さくら様」
急に呼び止められ、振り返る。
「これからも、お嬢様と仲良くしてあげてください」
「はい。じゃあおやすみなさい」
「おやすみなさい」
私が家のドアを閉めるまで、宮下さんは深々とお辞儀をしたままだった。




