36.自然教室 2日目
ハイキングコースの入口までバスが出ているらしく、私達はそこまでバスで行くことにした。
「わたくし、ハイキングは初めてなので楽しみですわ」
昨日、長野に着いた時はそんなに荷物持っていなかったのに、どこからそんなハイキングする気満々な格好を用意したのだろうか。
もしかして、使用人が長野まで来てたりするの? そんなまさか。
「ねぇ、二階堂さん。昨日着いた時はテニスラケットと、小さいショルダーバッグしか持ってなかったような気がするんだけど・・・」
「そうですわ。それが何か?」
「いや、どこからその荷物出てきたの?」
「宮下に用意させましたわ」
宮下・・・。二階堂さんが電話していた時に名前が出てたな。
「えっと、宮下さんって?」
「わたくしの使用人ですわ」
「ですよねぇ」
やっぱり使用人が持ってきてた・・・。
「花恋ちゃん。いつもこれが普通なの?」
「そうだよ。でも宮下さんどこにいるんだろうね。咲蘭ちゃんに荷物渡したとこ見てないし」
「さ、さぁ・・・」
「気付いたら部屋に荷物置いてあったんだよ」
もう慣れているせいか、驚く素振りを見せない花恋ちゃん。感覚が麻痺しているのでは・・・。
改めてお嬢様はすごいってことが分かった。
それからバスに乗ること10分。
バスを降りると入口にハイキングコースについての案内板があった。
「トレッキングコース?」
ハイキングコースと何が違うのだろうか。
「花恋ちゃん。ハイキングコースじゃないの?」
「ここはトレッキングコースって言うみたいだね。調べたら山頂を目指すというより山歩きをして楽しむ、みたいなことが書いてあったよ」
なるほど分からん。とりあえず、自然を楽しめばいいのね。
「そうなんだ。大体どれぐらい歩くの?」
「目指すのは茶屋なんだけど、そこまで4時間かからないぐらいだと思うよ」
「4時間も歩くのか・・・」
気が遠くなりそうだ。体力には自信があるが、飽きずにそんな歩けるだろうか。
「有名な滝とかあるから楽しいと思うよ!」
「さくらさん。わたくしとどちらが先に茶屋に着くか勝負しません?」
なんでもかんでも勝負にしないでくれ・・・。
「咲蘭ちゃん。それじゃ自然を楽しめないでしょ」
「それもそうですわね。勝負はまた今度にしますわ」
いや、今度も何もしないけど。
「じゃあ、行こっか! まずは竜返しの滝を目指すよ」
滝といえばマイナスイオンがなんちゃらかんちゃらってよく言うよね。知らんけど。
しばらく歩くと車の音が聞こえなくなり、鳥の鳴き声や風で揺れた木々の音だけになる。なるほど、これはかなり自然教室っぽい。
「ん?」
注意の看板が目に入る。
「熊出没注意・・・」
熊出るの!? だ、大丈夫なのかな?
「か、花恋ちゃん」
「どうしたの?」
「熊出没注意って看板あるんだけど・・・」
「あるね。でも熊鈴ちゃんと持ってるから大丈夫だよ!」
そう言ってチリンチリンと鈴を鳴らす。
知ってたなら早めに言ってほしかった。
「熊なんてわたくしがやっつけてやりますわ!」
いやいや絶対無理でしょ。
「もし熊が出たら私と花恋ちゃんは逃げるから、二階堂さんは必ずやっつけてね」
「わたくしの右ストレートで一発ですわ!」
どっからその自信湧いてくるんだろ。
川のせせらぎを聞きながら、竜返しの滝を目指すこと1時間半。
滝から流れてくる川の音が段々と大きくなってくる。
少し先を歩いていた花恋ちゃんが滝を見つけたようだ。
「滝見えてきたよ!」
花恋ちゃんのいる方へ歩いて行くと滝が見えてきた。さらに近付き正面へと移動。
少し距離があるが、大きな音を立てている滝が豪快に流れているのが見える。
確かに岩盤から落ちる水が竜のように見える。
今は観光客が少ないのか、滝の音だけが周りに響いていた。
「もっと近付いてはいけませんの?」
「危ないからダメだよ」
二階堂さんが看板の裏に回り、滝に近づこうとしていた。
「そういえば」
美桜ちゃんに滝の写真頼まれていたんだった。ついでに動画も撮って送ろう。
私は良さそうなポジションを探して動画も撮影する。
それにしてもあんまり人が来ないな。
もう一つの滝の方が有名だからだろうか。
そのおかげでゆっくり見ることはできているけど。
「冷たいですわ!」
二階堂さんは靴を脱いで、滝から流れてきた水の中に足を入れていた。
「咲蘭ちゃん転ばないよう気をつけてね!」
「大丈夫ですわー!」
そうは言うものの、見ていて危なかっしい。
この先にあるもう1つの滝はどんな感じなんだろう。そっちは観光客が多いらしいけど。
「咲蘭ちゃーん、そろそろ行くよー!」
ここからまた1時間半程歩くらしい。
最初は4時間も歩くのかと思ったが、あまり長い時間歩いてる気がしない。これが自然の力なのだろうか。
私達は竜返しの滝をあとにして、次の目的地を目指すことにした。
大きな音を立てていた滝の音も気付けば聞こえなくなっていた。
「今向かってる白糸の滝は、夜にプロジェクションマッピングをやってる時もあるんだって」
滝にプロジェクションマッピングか。幻想的なんだろうな。
「白糸の滝は水温が高いらしいよ。あと湾曲になっていて、水のカーテンみたいになってるんだって」
花恋ちゃんは下調べしてくれたのかな。そういう情報は興味が湧いてくるのでありがたい。
「あとどれぐらいで着きますの?」
「多分1時間かからないぐらいじゃないかな?」
「早く水のカーテンとやらを見に行きましょう」
二階堂さんが走り出す。
「ちょっと待ってよ咲蘭ちゃーん!」
私はのんびり行かせてもらいますよ。
さらに歩くこと約1時間。
次第に観光客が多くなってきた。
途中で小さな滝が見える。
そのすぐ奥に白糸の滝があるようだ。
「着きましたわ!」
目の前には同じ高さから無数の滝が流れていた。
なるほど、これは水のカーテンという表現がピッタリだ。
滝自体の高さはそれほどないが、岩肌から流れてくる湧き水は、名前の通り糸のように見える。
「すごいな」
思わず見蕩れてしまう。観光客が多くなるのも納得だ。
確か花恋ちゃんが水温高いって言ってたっけな。
ここら辺一帯、とても涼しく感じるから水も冷たいと思ってしまいそうだが・・・。
私は滝から流れてきた湧き水に手を入れてみた。
・・・あ。さっきの滝と温度が全然違う。
なんでだろう。何か理由があるのかな?
私は白糸の滝について調べてみる。
「浅間山の火山活動により、地熱が影響している」
火山活動が影響してるのか。
滝によってこうも違うとは・・・。
自然って不思議だなぁ。
「この水美味しいですわね」
二階堂さんが湧き水を飲んでいる。腹壊しても知らないぞ。
この滝も動画に撮って美桜ちゃんに送ろう。
私は滝の端から端まで、移動しながら動画を撮る。この撮り方なら、幅の広さ伝わるよね。
「白糸の滝すごかったよ」
動画も添付して美桜ちゃんに送る。
「美桜先輩に動画送れた?」
花恋ちゃんがひょこっと携帯を覗いてきた。
「うん。ちゃんと送れた」
「それじゃそろそろ最後の茶屋目指そっか」
「そうだね。二階堂さーん。もう行くって!」
私は少し離れた所にいた二階堂さんに声を掛けた。
「今行きますわ!」
1時間後、浅間山が見える茶屋に到着。
約4時間歩いたが、そんなに疲れが溜まっていない。
結構楽しかったな。自然っていいものだ。
浅間山に行くと騒いでいる咲蘭ちゃんを落ち着かせ、少し休憩してからバスで最寄り駅まで移動。駅周辺で少し遅めの昼食をとった。
それからホテルに戻ったのは16時頃。
今日の夕食は19時からなので、それまで部屋でゆっくり休むことにした。
──コンコン
ベッドで横になっていたが、誰か来たようだ。
「どうぞー」
「さくらちゃん、今大丈夫かな?」
花恋ちゃん・・・と二階堂さんが部屋を尋ねてきた。
「失礼しますわ」
「どうしたの?」
「夕食まで少し時間あるし、トランプでもしないかなぁって」
眠かったら断っていたけど、今は別に眠くないしやろうかな。
「いいよ。何やるの?」
「ババ抜きとかでいいんじゃないかな?」
トランプとか久しぶりにやるな。
「さくらさんには負けませんわ!」
あー、はいはい。二階堂さんはどうして私に対抗心を燃やすのだろうか。
ペアのカードを捨て終えたところでババ抜きが始まる。
まずは花恋ちゃんと、二階堂さんの表情を見ることにした。
花恋ちゃんは特に変わった様子はないな。二階堂さんの表情は・・・。眉間にシワが寄っている。分かりやすいな・・・。恐らくババを持っているのだろう。
順番的に花恋ちゃんが上がらなければ、二階堂さんのカードを引くことはない。
二階堂さんは、どうしても花恋ちゃんにババを引かせたいのか、1枚だけ少し上に出している。
「じゃあこれで!」
花恋ちゃんがカードを引くと、二階堂さんが悔しそうな表情を顔に出す。このゲーム向いてないのでは・・・?
「上がりー」
最初に上がったのは私。花恋ちゃんと二階堂さんの一騎打ちとなる。
花恋ちゃんは残り1枚、二階堂さんは2枚。
二階堂さんがババを持っている状態だ。
カードを引くのは花恋ちゃん。
ここでババじゃない方を引けば花恋ちゃんの勝ちとなる。
「うーん。どっちだろー?」
「左かなー?」
花恋ちゃんが左のカードを引こうとする。二階堂さんが笑顔に。
「右かなー?」
右のカードに手を伸ばすと、明らかに不服そうな表情している。いやいや分かりやすっ!
「どっちかなぁ」
花恋ちゃんにはどっちがババか分かっていると思うけど・・・。
「こっちにしよー!」
左のババのカードを引く。
「引っかかりましたわね花恋さん!」
花恋ちゃんは優しいな・・・。
結局、花恋ちゃんが二階堂さんに勝たせてあげていた。
そのあとも何回か遊んだが、全部二階堂さんが負けていた。
「やってられませんわ!」
「咲蘭ちゃん。顔に出しすぎだよ」
「そんなに出てました!?」
バリバリ出てたよ。
「もう1回ですわ!」
「そろそろ夕食の時間近いから一旦部屋戻るよ」
「そんなぁ・・・」
二階堂さん、ドンマイ。
「5分後、部屋の前にいてね」
「はいはーい」
花恋ちゃん達は部屋に戻っていった。
今日の夕食は懐石料理となっている。すき焼き懐石でありますように・・・。
時間になるまで携帯でもいじってようと画面を起動させる。
「あ」
美桜ちゃんからメッセージが届いていた。
『滝すごいね! 私もそこ行ってみたいなぁ。楽しかった?』
「実際に見るともっとすごいよ。意外と楽しかった。これからご飯だからまた連絡するね」
美桜ちゃんに返事を返し時計を見ると、そろそろ5分を経とうとしていた。私はベッドから起き上がり部屋を出る。
「来ましたわね」
既に2人は部屋の前で待っていたようだ。
「じゃあ行こっか」
「今日の夕食楽しみですわね」
自然教室行く前までは、行きたくないなぁと思ったりしたけど、今では結構楽しめている。
まぁ、こういうのも悪くないかな。
大広間に向かいながら、私はそう思った。




