35.自然教室 1日目
「グループで集まり、人数を確認でき次第、代表者は報告に来るように」
先生の説明が終わり、私は花恋ちゃん達と合流した。
今日から自然教室の私達は、長野の軽井沢に来ている。
「じゃあ先生に報告してくるね」
最小人数でグループを組んでいたこともあり、集まるのに時間がかからなかった。
「こっちは空気が綺麗ですわね。わたくし、長野は初めて来ましたわ」
「確かに綺麗だね。というか二階堂さん。なんでテニスラケット持ってきてるの?」
ここでもテニスやるつもりなのか?
「練習するからですわ」
「どこでやるの・・・。多分没収されると思うよ・・・」
「そんなはずありませんわ」
練習熱心なのはいいことだけども・・・。
「報告してきたよ。咲蘭ちゃん。先生が呼んでるよ」
ほら、早速没収されるよこれ。
「わたくしに何の用ですの! ちょっと行ってきますわ」
それにしても・・・。
3日間をこの3人で過ごさなきゃいけないのか・・・。
「ひかりちゃん残念だね。風邪だっけ?」
「うん」
ひかりは風邪で休みだ。
お土産よろしくと朝にメッセージが来ていた。
なんかこういうイベントの時、風邪を引いてよく休むよなあいつ。中学の修学旅行も休んでたような気がする。
先生に呼ばれた二階堂さんを見ると、ちょうどテニスラケットを没収されたところだった。まぁ、そうなるわな。
私達はこれから、田植え体験をすることになっているが、まずは荷物を置きにホテルへ行く。
古いペンションとか、何とか荘みたいな所に宿泊すると思っていたけど、普通のホテルだったので安心した。そういや美桜ちゃんと話した時に、花恋ちゃんがホテルって言ってたっけ。
勝手な想像だけど、ペンションとかそういう場所は虫とか出そうだよね。
「ホテル綺麗だねー」
オープンしてからまだ数年しか経ってないらしく、外観もホテル内も綺麗だ。
「じゃあ荷物置いて、準備できたらロビーに集合ね」
「はいはーい」
部屋は2人部屋で花恋ちゃん達とは別の部屋だ。
私はキャリーケースから田植え用の服など出して準備を始めた。
部屋は洋室となっており、ベッドが2つある。
ひかりが休みなので、2つ使っても誰も文句は言わないだろう。使う予定はないけど。
特に驚くような部屋ではなく、至って普通のホテルの部屋という感じだ。
ベッドに横になってみる。
・・・うーん。美桜ちゃんの家のベッドの方がいいな。
あぁ、恋しい。あのベッドが・・・。
そうだ。美桜ちゃんに着いたと連絡しておこう。
「長野着いたよー。美桜ちゃん家のベッドが恋しい。帰りたい」
送信っと。
これから田植えかぁ。泥だらけになりたくない・・・。
花恋ちゃんに全部任せたから、あんまり文句も言えないし我慢するか。
準備を終えた私は部屋を出てロビーに向かった。
ホテルを出発してしばらくバスに乗っていると、景色がだいぶ田舎っぽくなってきた。見渡す限り田んぼばかり。
横浜にも田んぼはあるだろうけど、こんなに多くの田んぼは見たことがない。のどかですなぁ。
私は都会に慣れてしまっているし、明日からここに住みなさいと言われても絶対無理な気がする。コンビニとか全然見当たらないし。というかコンビニあるの?
田舎の人は都会によく憧れると聞くけど、人いっぱいだし空気汚いしそんないい所じゃないよ、と声を大にして言いたい。ワタシヒトゴミキライ。
そんなことを考えながらボーッと外の景色を眺めていると、携帯がブルッと震える。美桜ちゃんからのメッセージだ。
『帰ってきたらまた家においで。とりあえず楽しんできなよ!』
もう既に帰りたいと思ってる時点で楽しめないんだよなぁ。
「どうせ美桜ちゃんは私がいなくて寂しがってんじゃないの?」
絶対寂しがってるに違いない。すぐに既読がついて返事が届く。
『寂しくないし! これから部活だからまた連絡するね』
そうか、美桜ちゃん達は普通に部活あるのか。
自然教室より部活の方が良かったなぁ。
「頑張ってね」
返事を返してバッグに携帯をしまった。
田植え体験をする場所に着き、プレハブで着替えを済ませる。それから農家の人に田植えについての説明を受けた。
裸足での田植えを勧められたが、長靴の貸出もしているらしい。私は迷いなく長靴を借りに行く。足汚れるの嫌だし。
花恋ちゃんも長靴で田植えをするようだ。二階堂さんは裸足でやるらしい。
苗の束を受けとった生徒がぞろぞろと田んぼの中に入っていく。それに続き、私も田んぼに入る。
うわぁ。なんかうわぁ・・・。うわぁしか出てこない。
とりあえず、めっちゃ動きづらくてヌチャっとしている。
少しでも気を抜くとすぐに転びそうだ。
「さくらさん! どっちが早く苗を植えられるか勝負ですわ!」
また始まったよ。勝負するの好きすぎじゃないですかね?
「なんでよ嫌だよやらないよ」
「あら、わたくしに負けるのが怖いんですの?」
いや、別に負けるのは怖くないけど転ぶのは怖い。
「あー、分かった分かった。勝負すればいいんでしょ」
負けでいいからゆっくりやろ。
「花恋さん! スタートの合図をお願いしますわ!」
「いいけど転ばないようにね? じゃあ、いくよー! よーい、スタート!」
「いきますわー!」
二階堂さんがすごい勢いで苗を植えていく。
あー・・・これ絶対転ぶやつだ。
携帯で録画しときたいけど、プレハブに置いてきちゃったよ。
私は転びたくないし、ゆっくり植えていきますかね。
農家の人の説明によると、苗を3、4本取り、親指、人差し指、中指でつまんで植えていくらしい。
私は転ばないようにゆっくりと植えていく。
「さくらさん! そんなスピードじゃ私に勝てませんわよ!」
二階堂さんは既に中間の位置まで植えていた。
「咲蘭ちゃん! 余所見してると危ないよ!」
「大丈夫ですわ! わたくし、田植えのスペシャリストですもの!」
田植えのスペシャリストって・・・。
順調に苗を植えていた咲蘭ちゃんだったが──。
「ちょ、あ! マズイですわ!!!」
──バシャン!
あーあ。言わんこっちゃない。
二階堂さんが豪快に尻もちをついた。
「だから危ないって言ったのに・・・」
「か、花恋さん! 立てませんわ!」
顔から突っ込まなくて良かったね・・・。
「ちょっと待ってね! 今そっち行くから!」
花恋ちゃんが咲蘭ちゃんの救助に向かう。
なんだか引っ張られて花恋ちゃんまで転びそうな予感がする・・・。
そうなったとしても私は絶対助けないぞ。薄情な人と思われても絶対助けない!
私は一応花恋ちゃんに声を掛ける。
「花恋ちゃん。二階堂さんは絶対力入れて引っ張るから転ばないようにね」
「大丈夫だよ!」
あ、だいじょばなさそう・・・。
「きゃっ!」
結局、花恋ちゃんも尻もちをついて転んでしまった。
私は見なかったことにして自分の苗を黙々と植えていく。
「さ、さくらちゃん! 助けてー!」
ごめん花恋ちゃん! 許してくれ! 私は転びたくないんだ!
誰か! 誰でもいいから助けてあげて!!!
すると、農家の人が花恋ちゃん達に気付き、手助けをしていた。
あとで花恋ちゃんになんか言われそう・・・。
田植え後、この田んぼで取れたお米を、おにぎりにして食べさせてもらった。
家で当たり前のように食べているお米だったが、空気が綺麗で自然が溢れている場所で食べると、いつもよりも美味しく感じた。
「これ、美味しい、ですわね」
「ちょっと咲蘭ちゃん。口の中の物がなくなってから喋りなよ」
二階堂さんは自然教室を満喫しているようだ。
お嬢様はあまりこういった体験をしないだろうし、新鮮なんだろうな。
今は時期ではないらしいのでできないが、ここでは収穫体験もやっているらしい。
農家の人達のおかげで、お米を食べられているから感謝しないといけないな。ありがとうございます。
田植え体験を終え、ホテルに戻った私達。これからなんかあったっけ?
「花恋ちゃん。このあとはどうするの?」
「18時から大広間で夕食だけど、それまでは自由時間だね。お風呂の使用時間は決まってるから、もしその前にシャワー浴びたい場合は部屋のお風呂に入るしかないかな」
今は16時前。夕食までまだ2時間近くある。
「わたくしは早くシャワー浴びたいですわ」
田植えでは申し訳程度に水で汚れを流しただけだしね。
「じゃあ、夕食行く時に声掛けてよ。私寝てるかもしれないから」
「本当に寝るの好きだね。分かった。またあとでね」
一旦、花恋ちゃん達と別れて部屋に戻る。
それから着替えを済ましてベッドに横になった。
今頃、美桜ちゃんは部活かしらん。確か17時までだったはず。
田植えの時に花恋ちゃんと二階堂さんの泥だらけの姿を撮っておいたので、美桜ちゃんに送ることにした。
「見てー。2人とも転んで泥だらけー」
部活中ならすぐに返事は来ないだろう。
私は携帯を放り投げ目を閉じた。
「──ちゃん! さくらちゃん起きて!」
いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
「もう夕食の時間?」
「そうだよ。咲蘭ちゃんも待ってるから早く準備してね」
あまり待たせると二階堂さんに文句を言われそうなので、急いで準備をして部屋を出る。
大広間に着くと、既に食事を始めてる生徒達で賑わっていた。
「1日目はビュッフェスタイルなんだっけ?」
「そうだよ。明日の朝食もビュッフェだけど、夕食は懐石料理らしいよ」
懐石料理か。味覚がお子様だから、ハンバーグとかの方が嬉しいんだよなぁ。
まぁ、ハンバーグ懐石とか聞いたことないし、せめてすき焼き懐石とかであることを祈ろう。
ビュフェではたくさんの種類があり、食べたい物を見つけてもすぐに目移りしそうになる。と言っても、私はあまりお腹が空いていなかったので、適当に選んで簡単に済ませた。おにぎり食べすぎた・・・。
デザートとかもあるらしいけど私は別にいいかな。
花恋ちゃん達はデザートに目がないようで、はしゃぎながら取りに行った。
早く部屋に戻りたいけど、さすがに2人が食べ終わるまで待つか。
なんとなく携帯を見ると、美桜ちゃんからメッセージが届いていた。
『本当に泥だらけだね! 桜ちゃんは転ばなかったの?』
なんだか転んでないのが残念、みたいな感じがするのは気のせいか?
「私は転ぶの嫌だったから一切手助けしなかった。21時頃電話してもいい?」
なんとなく美桜ちゃんと話したかったので、電話していいか聞いてみる。
すぐに既読がつき、返事が返ってきた。
『ひどーい。電話大丈夫だよ! 21時ね。それまでに色々済ませておくね』
返事を確認した私はポケットに携帯をしまう。
ちょうど花恋ちゃん達も戻ってきたようだ。
「さくらちゃんはデザート食べないの?」
「私はいいかな」
「あまり食べてませんでしたけど、どこか体調でも悪いんですの?」
あなたは食べ過ぎだと思うけど...。皿に乗せすぎでしょ。今にもこぼれ落ちそうだ。
「別にそういうわけじゃないけど、あんまりお腹減ってなかっただけ・・・って聞いてないじゃん」
二階堂さんは食べるのに夢中になっていた。
「大浴場の使用時間は20時からだけど桜ちゃんはどうする?」
「私は部屋のシャワーで済ますからいいかな。明日って何時にホテル出るの?」
明日はハイキングコースを歩くんだっけか?
「10時に出るよ。5分前にロビー前に集合ね。朝食は食べる?」
「10時ね。私はギリギリまで寝たいからいいや。もし時間までに来なかったら寝てるかもだから起こして」
というわけで、目覚ましはセットしなくてもいいかな。
「わたくしがベッドにダイブして、起こしてあげてもいいですわよ」
「いやいいです自分で起きます」
やっぱり目覚ましをセットしてちゃんと起きよう。
部屋に戻った私は、シャワーを浴びたりして寝る準備を済ます。
ベッドに横になったときには21時を少し過ぎていた。
美桜ちゃんに電話を掛けようとしたところで電話が鳴る。どうやら、向こうから掛けてきてくれたようだ。
「もしもし美桜ちゃん、美桜ちゃんよー」
『どっちがうさぎ?』
「うさぎは寂しがり屋だから美桜ちゃんかな」
『べ、別に寂しがり屋じゃないし』
「本当にー? 私がいなくて寂しいんじゃないの? 素直になりなよ。寂しいんでしょ?」
私は意地悪に問い詰める。なんかメールでも同じようなやりとりしたな。
『桜ちゃんこそ、わざわざ電話したいだなんて私に会いたくてしょうがないんじゃないの?』
「そうだけど悪い?」
『え? わ、悪くない・・・けど』
本当いい反応してくれるよね。
「それで? 寂しいんでしょ?」
『う、うん』
素直でよろしい。
「あ、泥だらけの2人面白かったでしょ?」
『見た見た。でもね? ちゃんと助けてあげなきゃダメだよ!』
「やだよ。泥だらけになりたくないもん」
『かわいそうでしょー? 田植え体験はどうだったの?』
「まぁ、楽しかったかな。これからお米食べる時は農家の人にちゃんと感謝しようと思った」
機会があれば収穫もやってみたいかな。
『それはいいことだね。明日はハイキングだっけ? どこ行くの?』
え? どこ行くんだろ。なんか滝があるとか言ってたけど、ちゃんと聞いてなかったから忘れてしまった。
「忘れたけどハイキングのコースに滝があるとか言ってた」
『そうなんだ。ハイキングいいなぁ。今度一緒にどこかでしようよ』
美桜ちゃんとなら別にしてもいいか。
「まぁ、いつかね」
『うん! 夜ご飯はなんだったの?』
「ビュッフェだったよ。お腹空いてなかったからあんまり食べなかったけど。美桜ママの料理が恋しいよ」
『何それ。ちゃんと食べなきゃダメだよ』
「はーい。お土産何がいいかな。なんかある?」
美緒パパからはおやきって言われたけど。
『えー。どうしよう。あ、なんかお揃いのがいいな』
「キーホルダーとか?」
『そうそう。桜ちゃんとお揃いの!』
めっちゃお揃いを強調してきますね。最終日に探してみるかな。
「なんかいいのあったら買ってくね」
『ありがとう。それでさ、今日の部活で──』
そのあとも、私が眠くなるまで部活であった出来事や、軽井沢周辺の観光について話したりして電話に付き合ってもらった。
「じゃあ滝の写真撮ったら送るね」
『うん! 楽しみにしてるね。おやすみ』
「おやすみー」
思ったより長電話になった。時間も日付をまたごうとしている。
「寝るかー」
明日は長距離歩くだろうから、たっぷり睡眠とっておかなくちゃね。




