27.直接指導
美桜ちゃんは許可証を取ってくると言って、職員室へ行ってしまった。
先程のこともあり、ちょっと恥ずかしかったので、1人になれたことにホッと胸を撫で下ろす。
既に他の部員はランニングを始めている。私も遅れないよう急いで走り始めた。
美桜ちゃん、とても頼もしく見えたなぁ。
いつもは私にベッタリでわがままだし、先輩らしさは皆無だ。
それが今日は、ちゃんと先輩していたような気がする。
まぁ、あれが本来あるべき先輩の姿のはずなんだけど。
私の中の美桜ちゃんは、先輩というより友達みたいな感じなんだろうな。
美桜ちゃんのおかげで少しは不安が薄れたけど、完全になくなったというわけではない。
気持ちの面では多分大丈夫だろう。問題は技術面だ。
いくらインターハイ優勝経験のある、美桜パパに教えてもらえるとはいえ、私がそれを吸収できなきゃ意味がない。
いや待てよ・・・。逆に私はまだ未熟だし、プレースタイルも確立されていない。もしかしたら急激に成長する可能性もあるのか・・・?
まぁ、上手くなるかどうかは結局自分次第だし、頑張るしかないか。
そんなことを考えながら、ランニングと準備運動を終える。
そのあと、1年生だけ美桜ちゃんの元に集まるよう声が掛かる。
「地区予選まで1ヶ月ないぐらいだけど、私から先生にお願いして、1年生に直接指導の時間を取らせてもらったんだ」
なんだか私のために時間を取ってもらってるような気がしてならない。
「でも、絶対私の直接指導を受けなきゃいけないってわけじゃなくて、他の先輩達と全体練習か、私の練習かを選ぶ形にしようと思っているの」
私は選ぶまでもなく美桜ちゃんの直接指導だ。
「とりあえず、少し時間あげるからどちらかに決めてね」
花恋ちゃんはどうするんだろう。
「さくらちゃんは聞くまでもないと思うけど、私も美桜先輩の直接指導を選ぶから一緒に頑張ろ!」
それはとてもありがたい。
花恋ちゃんがどっちを選ぶか分からなかったけど、私の予想だと他の1年生は全体練習を選ぶと思ったからだ。
結局、私の予想通りに他の1年生は全体練習に加わることとなった。
「じゃあ2人は私と一緒に練習ね」
ちょっと緊張してきたな。
いつもの美桜ちゃんと全然違って見えるからだろうか。優しい雰囲気ながらも目は真剣だ。
「あの、美桜先輩。私は新しく入る友達と組もうと思っているので、後衛やりたいと思ってます」
そういえば後衛やるって言ってたな。
あれ? ちょっと待てよ・・・?
花恋ちゃんがこっちで練習するってことは、二階堂さんが入部したら「わたくしも花恋さんと一緒に練習しますわ!」とか言ったりしない?
・・・絶対言うだろうな。
いやいやいや、そんなこと考えてる暇はない!
私は私で上手くならないといけないんだ!
「そうなんだね。じゃあ今日から後衛練習中心でやろうか」
「はい!」
「とりあえず、ラケットはまだ使わないから置いといていいよ」
え? ラケット使わないの?
「しっかりボールを打てるようになることも大事だけど、大事なのはそれだけじゃないんだ。まずは動き出しを早くしたり、移動を早くするための練習ね」
なんだかよく分からないけどそうなんだ。
「コートの周りをサイドステップ→クロスステップ→バックダッシュ→ダッシュの順で1周。これを4セットね。うちの部活ではこれをサーキットって呼んでるから覚えるように。やり方は私が先にやってみせるからそれ見て続いてね」
そうして美桜ちゃんが走り始める。私達もそれに続いた。
サーキットが終わり次の練習へ。
「プレー中の姿勢だけど、ただ棒立ちでボールの返球を待っていると動き出しが遅くなるの。だから、止まっているときに前後左右動きやすい姿勢でいた方がいいんだ。その姿勢のことをパワーポジションって言うよ」
確かに先輩達は棒立ちではなく、前傾姿勢で構えていた。
「そのパワーポジションをさらに活かすのがスプリットステップなんだけど、それを使った練習を今からするね。スプリットステップって言うのは、相手がボールを打つ前に小さくジャンプするフットワークのことだよ」
なんかまた新しい言葉が出てきた。
「練習方法だけど、まずはベースラインの端に立ってパワーポジションの姿勢、そこからスプリットステップをして一気に前に出てネット中央へタッチ、そこでまたスプリットステップしてベースラインへ戻る。じゃあ、また私のあとに続いてやってね」
陸上部に入っていたこともあり、走る練習に関しては問題ない。
入部したばかりの時は、ボールを適当に打ってればいいやと思っていたけど、それだけじゃダメなんだな。
そのあとは素振りを少し見てもらったり、ひたすら打ち込みの練習をした。
途中、休憩も挟みながらもその打ち込みが結構キツかった。
コートに打ちこむだけの練習だが、50球打つまで花恋ちゃんと交代できないという、かなりハードな練習だった。
最後の50球が終わったところで、今日の練習が終了となる。
「今日はフォアだけだったけど、明日はバックでやるからフォアの感覚忘れないでね!」
まさか、50球を4セットもやるとは思わなかった。明日筋肉痛だな。
「疲れたーーー」
「おつかれ桜ちゃん! フォアハンド、打つたびに良くなってたよ!」
それは自分でも少しだけ感じていた。
美桜ちゃんが気になったところをすぐ教えてくれたりしたからだ。
「美桜ちゃんの教え方が上手いんだよ」
「さ、桜ちゃんが私を褒めてる・・・」
何そのまさか私が、みたいの。
「でも明日筋肉痛になりそう」
「私がマッサージしようか?」
してもらおうと思ったけど、美桜ちゃんの手つきを見てやっぱりやめることにした。
「なんか手つきがやらしいから遠慮しとく」
「そ、そんなことないし!」
それより、私達に付きっきりだと自分の練習できないと思うんだけど、大丈夫なのかな?
「美桜ちゃんは練習いいの?」
「私? 大丈夫だよ。それにこの練習は私がやりたいって言ったし」
それならいいんだけど、なんか申し訳なく思ってしまう。
「明日もよろしくね」
「うん! 頑張ろうね!」
とりあえず、今日教わったことは忘れないようにしないと。なんなら走って素振りしながら帰ろうかな。
「さくらちゃん!」
ジャージのまま帰ろうか悩んでいたところ、花恋ちゃんに声を掛けられる。
「おつかれ。どうしたの?」
「お疲れ様。咲蘭ちゃんだけど、お母さんから許可もらって明日から部活入るみたいだよ! ラケットも買ったみたい!」
練習に夢中で、すっかり二階堂さんの存在を忘れていた。
「お、おぉ。そうなんだ。良かったね」
「うん!」
花恋ちゃん嬉しそうだな。
私も仲良くなれるように努力するか・・・。
素振りをしながら帰ることに決めた私は、着替えずに荷物だけまとめて帰る準備をしていた。
「あれ? 桜ちゃん着替えないの?」
「感覚忘れたくないから、素振りしながら帰る!」
「・・・そっか。じゃあまた明日ね!」
「うん。バイバイ美桜ちゃん」
そうして部室をあとにする。
少しでも上手くなれるように、できることはやらなきゃね!
これから金曜日以外の部活後は、素振りしながら帰ろう。
美桜ちゃんのためにも絶対に上手くなると心に誓った。




