17.来たるべき選択肢
女性の声でおかえりなさいと言われた為、てっきり母親だと思ってしまった。
よくよく考えれば、母親はいつも「おかえりなさい」ではなく、「おかえり」だった。
私の元に突然現れたくぼちゃん。
これで会うのは3回目だけど、自分でもびっくりするぐらいに驚かなくなっている。慣れるの早すぎでしょ私。てかなんで家の前にいるし。そのうち急に部屋に現れたりしそうだ。夜中だけは怖いからやめてね? あとお風呂とか。
とりあえず、この前のお仕置をしなければ。
「この前はよくも急にいなくなったなぁ!」
くぼちゃんの頬っぺたをむにょーんと伸ばす。なにこれすごく柔らかい。そしてめっちゃ伸びる。
「にゃんにょこひょでひょうひゃ」
とぼけるなと手を離すと、ペチン!と音を立てて頬っぺたが元に戻る。どんな弾力してるんだよ。ゴムでも入ってんの?
「それで? 今日は何の用なの?」
私の前に現れるということは、何か伝えることがあるのだろう。
「いえ、特に用はないのですが、うさぎ先輩と少しは仲良くなれたみたいなので会いにきました」
暇なのかこの子。友達いないの? お姉さん心配だよ。
「まぁ、少しは」
「お似合いですよ。その洋服」
美桜先輩に買ってもらったって言わなくても、くぼちゃんは既に知ってるんだろうな。
「ありがとう。くぼちゃんはさ、なんでいつもその格好なの?」
前回、前々回と同じく、また白いワンピースを着ている。
「ダメでしょうか?」
「いや、ダメってわけじゃないけど・・・」
それしか服を持っていないんじゃないかと思ってしまう。ちゃんと洗濯してるのかな。
「ふむ。そうゆうことでしたらしばしお待ちを・・・・・・。んーーーーーーパァ!」
くぼちゃんがいきなりしゃがみこんだと思ったら、すぐに立ち上がって両手を高く広げる。え? なんの儀式?
「どうですか? 今のはしもとさんの感情の色と同じにしてみました」
くぼちゃんの着ていた白いワンピースが、いつの間にか淡いピンクになっていた。
「あんた一体何者なの・・・」
「案内人ですよ」
そうでした案内人でしたね・・・。
「私の感情の色ってどういうこと?」
「今のはしもとさんの感情は、この淡いピンクのような色をしています。まさに桜のような色ですね」
それは私の名前がさくらだからか?
確かに桜のような色だけど、感情の色うんぬんは勝手にくぼちゃんが色を決めているだけじゃないの?
「はしもとさんも、乙女チックなところあるじゃないですか」
このこのーとくぼちゃんが腕で脇腹を突っついてくる。やめなさいと腕を軽く叩く。
「それでさ、美桜先輩と仲良くなるのは問題なさそうだけど、恋について勉強ってどうすればいいの?」
「まぁまぁ、そう焦らずに」
別に焦ってないんだけどなぁ。
「ゆっくりで大丈夫なので、引き続きうさぎ先輩と仲良くなってください」
ゆっくりってどれくらいなのだろうか。時間は有限だ。
「でもさ、美桜先輩は秋に部活引退するけど大丈夫なの?」
「それは心配ありません」
どうしてそう言いきれるのと言おうとするも、くぼちゃんが続けて喋る。
「うさぎ先輩が部活を引退しても、はしもとさんとの関係は切れません」
言い切るね。よっぽどのことがなければそうだろうけど。
「はしもとさんが関係を切ろうとしなければ、の話しですが」
私が・・・?
「どういうこと?」
「そのままの意味ですよ」
相変わらずよく分からないことを言う。
美桜先輩のことが嫌いになったり、会うのが気まずくなったりしない限り、そんなことにはならないんじゃないかな。
「そうですよ。そうならない限り、関係は切れません」
「また人の心を勝手に・・・」
心を読まれるのも初めてじゃないし、もう諦めているけどいい気持ちはしない。
「来たるべき時が来た時、選ぶのは自分、はしもとさんだということです」
来たるべき時・・・。
選ぶのに悩む選択肢はご遠慮願いたいところだ。
どうせどちらを選べばいいのかは、教えてくれないんだろうな。
「どちらがいいか教えることは簡単です。ですが、はしもとさんの人生です。ボクが選択してもそれが正解にはなりません」
「はぁ」
なんか急に真面目な話になってきたな。
「ボクは選択肢が悪くならないように案内します。ただ、はしもとさん自身が、もしくはその選択によって誰かが傷付く選択肢を迫られる時が必ず来ます」
なんか重いな。
私が傷付くのは想像できないけど、誰かが傷付くか・・・。
誰かと言う辺り、美桜先輩に限った話じゃないってことなのかな? 知らんけど。
「その選択肢の内容は今教えてくれないんでしょ?」
「そうですね。今は教えることはできません」
だよねぇ。まぁ今のところ、美桜先輩のことを嫌いになることはないだろう。たまに子供っぽいのはアレだけど。
「とりあえず、美桜先輩と仲良くしてればいいのね」
「はい」
結局、恋について勉強っていうのが謎のままだけどそのうち分かるらしいし、気にしないでおこう。
と言っても、今の私は恋をする予定もないし、その前触れすらない。私の王子様どこー?
「以前にも言いましたが、うさぎ先輩の行動力には驚かされています。予想外の事が起きて色々と早まるかもしれません。あるいは・・・はしもとさんが予想外の行動をするかもしれませんね」
うんうんとくぼちゃんが頷いている。
私が予想外の行動をする?
めんどくさがりだし、しないと思うけど。
美桜先輩の行動力がなんとかは前に言ってたような気がするが、何が早まるのさっぱり分からない。
「今はゆっくりと本人は思っているようですが、感情を抑えきれなくなれば、止めることはできないでしょうからね」
何について言ってるのか、これもさっぱり分からない。
「はしもとさん。その時はちゃんと受け止めてあげてくださいね。ボクとの約束です」
くぼちゃんが真剣な眼差しで私を見つめる。
「なんのことだかさっぱりだけど、とりあえず了解。なんなら指切りげんまんでもしとく?」
美桜先輩と指切りげんまんをしたことを思い出して、くぼちゃんにも提案する。
「それは大丈夫です」
「そう」
「はしもとさん」
「なに?」
「はしもとさんがどちらの選択肢を選んだとしてもボクは・・・・」
ボクは・・・?
「・・・いえ、その時が来たらまた話しましょう」
くぼちゃんのその言葉で話しの終わりを感じ取る。
「じゃあ、私はそろそろ帰るよ。ちゃんと帰れる? 家まで送ろうか?」
くぼちゃんの家を突き止めてやるぜ!
「子供じゃないのでご心配なく」
こちらの考えはお見通し、と言わんばかりにすぐに断られる。というかどこからどう見ても子供だし、色々心配なんだけど本当に大丈夫?
「それより」
「何? まだなんかあんの?」
「はしもとさんの心配事ですが、ママさんは買い物へ行っているので、家へ帰るなら今のうちですよ」
なっ・・・!
た、確かにこの服のまま家へ帰って、母親になんて言おうか悩んではいたけど!
「余計なお世話だー!!!」
顔を真っ赤にしながら怒る私から逃げるように、くぼちゃんはわーと笑いながら走り去ってしまった。
さっきまで真面目に話してたくせに、ああいった所は見たまんま子供だなぁ。
はぁ・・・、本当に何なんだあの子は・・・。
「・・・家入るか」
小さな心配事が消えた私は、堂々と家へと入っていった。




