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9. 図太い系ヒロイン

 

「…………いっそのこと開業しようかしら」


 クイニーは机の上に溜まった注文や相談内容の紙、それから掛けられたドレスたちを見てため息をついた。


「クイニーったらすっかりドレスコンサルタントって感じね」

「昨日の今日でこんなに……まさか整理券まで配ることになるとは」


 初めは何人かこそこそと訪れるだけだった。

 タイやリボンの合わせ方の教えを乞う貴族科の生徒や、ワンピースのシミを取ってほしいと頼む一般科の生徒。


 丁寧に対応していたせいか、瞬く間に話が広がってついには整理券を配らないといけなくなった。


(まあこれで私の未来の顧客も安泰だわ。きっと叔父様のお店も忙しくなるでしょうね)


 得意げに鼻を鳴らしてからクイニーはシリルに目を向けた。


「……というかシリル、ここ女子寮だけど」


 ここはクイニーの寮の部屋。

 もちろん貴族科のご令嬢ばかりの寮のため、男子禁制である。


 しかしシリルは済ました顔で答える。


「俺はイザベラお嬢さまの侍従なので。旦那様が許可をとってくださいました」

「そうだったわ。なんかあなたの本職が侍従だってこと忘れてたわ」

「ひどいっ」


 シリルはわざとらしく泣く真似をしてみせた。

 そういう胡散臭いところを含め、シリルはどうも侍従らしくない。

 侍従ってこんな軽い感じでいいのか。


「ところで、今日は授業も何もない1日ですが。お2人ともどう過ごされます?」

「私は、クイニーと学園を回れたら嬉しいわ。それから後は昨日の件についてもう少しお話ししたいわね」


 イザベラはうふふ、と可愛らしい笑みを浮かべる。

 側から見れば惚れ惚れする笑顔だが、話したい内容が「婚約解消」についてだと知るクイニーは笑えない。


 クイニーは今日は……とゲームの内容を引っ張り出す。ついでに『悪女のすすめ』も取り出して悪役令嬢の予習をしようと思った……のだが。


 クイニーは突然神妙な面持ちになった。


「…………私の本、知らない?」





 結局『悪女のすすめ』は紛失したまま見つからず。

 落ち込んだままクイニーはイザベラとシリルと共に学園を練り歩いていた。


 もちろんあれが何の本(しかも自叙伝)かなど知る由もないイザベラはとっても大事な本なのね、といたく心配してくれた。


 もしあの本が誰かの手元にあってクイニーが書いたものだと知れたら――この学園生活、色々と終わる。


「ところで、今日は何か起きるんですか?」


 シリルの言う「何か」とは乙女ゲームのイベントのことだろう。


「もちろん起きるわよ。たしか今日は昨日のお礼に行くはずだわ」

「え? それってクイニーのところに来るってこと?」

「そんなわけないじゃない。だって彼女の恋のお相手は何人もいるもの」


 ヒロインは昨日のパーティで助けてくれた攻略対象にお礼を言いにいくことにする。上手くいけば、そのまま進展する。デートに誘われたり、次の授業で会ったり様々だ。


(昨日いたのはアランだから、アランの元に向かうはず。けれど会える確率がそんなに高いわけでもないから会えるかしらね)


 このゲームはランダムが割と多いゲームだった。キャラと会えるのも場所選択で変わってくる。酷い時は悪役令嬢のイザベラと鉢合わせたりもする。

 激甘設定でない限り、ヒロインは意中の相手を探すのは困難――


「クイニー、じゃああれは何だろうね」


 シリルに言われ、視線の先を見てクイニーはあんぐりとした。

 そこにはなぜかキョロキョロしているヒロインがいるのだから。


「あら、あの方昨日クイニーが助けていた子よね? 私の婚約解消のキーパーソンちゃんだわ」

「待ってイザベラ、手を振らないで……!」


 時すでに遅し。

 イザベラが手を振ったおかげでクイニーはバッチリヒロインと目が合ってしまった。

 ヒロインが子犬のように走ってくるのを見てクイニーは「嘘でしょ……」と手で顔を覆った。


 ヒロインはクイニーの目の前まで来るとばっと頭を下げた。


「昨日はありがとうございます! ドレスもブルージュさんに預けてきたんです!」

「へ、へえ。そうなの」


 いい雰囲気のお店でしょう、叔父様なのよ。と、言いたくなるのを抑える。

 どうも叔父の店を褒められるとすぐ気が緩くなってしまう。クイニーはこほんと咳払いをしてから彼女を見下ろした。


「あら、名乗らないなんて失礼だと思わなくて? 一般科の庶民は礼儀がなっていないのね」


 呆れた様子で言えば、なぜかヒロインは目を輝かせている。精一杯の悪口のつもりなのだが。


「私はキャンディス・ストーンといいます。一般科の魔法学部1年生です。よろしくお願いします!」

「よろしくする気はないのだけど」

「いいです! 私がお礼を言いたくてきただけなので!」


 ヒロイン――キャンディス・ストーンはどうやら本当にクイニーにお礼を言いにきたらしかった。


(それにしてもなぜ私のところに来てるの? もうアランとは会ったのかしら。それとも彼女の運が悪くて悪役の私たちのところへ?)


 クイニーが悶々としている中、キャンディスはイザベラやシリルと和気藹々と話している。

 イザベラなんてちゃっかり「アラン様のことよろしくね」と婚約者を売っている。キャンディスは「それどなたですか?」と首を傾げていて全く話が噛み合っていない。


「……で、お礼を言いに来ただけならそろそろ帰ってちょうだい」

「あ、用事はもう一つあるんです!」


 冷めた目で早くしてね、と言うクイニーだったがキャンディスが取り出したものを見て苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。


 キャンディスが取り出したのは黒い表紙の本。タイトルはクイニーの筆跡で刻まれている。


「あっそれって」

「ああ、イザベラお嬢さま! 一瞬こちらへ!!」


 シリルが素晴らしい反応速度でイザベラを連れて行く。

 キャンディスは少し不思議そうな顔をした、本を掲げたまま話し出す。


「これ、昨日落ちていたものを拾ったのですが、中に書かれたご令嬢がとっても美しくて素敵なんです。まるで、クイニー様のようだなって……」

「名前で呼んでいいなんて言ってないわよ」

「あっ、ごめんなさい。あの、だからクイニー様が書いたものかなと……」

「断じて違うわ、それから名前で呼ばないで」


 クイニーが凄まじい勢いでそう言うと、キャンディスは違ったのか、と申し訳なさそうにしながら本を仕舞い込んだ。


(最悪だわ! まさか敵に行き渡るなんて……! ああ、嘘だと言って……)


 仕舞い込まれた自叙伝にクイニーは項垂れた。

 キャンディスはお構いなしに最後にクリティカルヒットを打ち込んできた。


「私、この令嬢のように……クイニー様のような女性になれるよう精進します! なので何卒よろしくお願いします! ではまた、ごきげんよう!」


 おほほほほーと意味のわからない笑い方をしながらキャンディスは駆け足で去っていく。


 なぜかヒロインがモブのところへ来たり、自叙伝が最悪の相手の元にあったり、敵に悪役令嬢になると言われたり。


 色々パンクしそうになっているクイニーはとりあえず、


「私の自叙伝で何を学んだのよ……」


 と、呟いたのだった。



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