8. 『悪役令嬢』お披露目といきましょうか
入学式が終わり、場面は庭園で行われる新入生歓迎パーティーへと移る。主人公は胸を躍らせながら向かうものの、あいにくドレスを持ち合わせていない。母から譲り受けたワンピースを身に纏うけれど、時代遅れだと笑われてしまう――
「そこで素敵な殿方が登場して彼女を助けてくれるのよ」
クイニーとシリルは壁に背を預ける形でひっそりとパーティーを眺めている。その視線は目まぐるしく動いており、例の主人公を探していた。
「イザベラがお話ししている最中に見つけ出すわよ」
「茶色のストレートヘアに水色の瞳……」
それからメロンが2つついてる、と付け加えるとシリルは「ハレンチ禁止!」と叫んだ。
「……あ、いました」
「嘘でしょ、どこどこ」
シリルが指さした方向を食い入るように見る。
たしかに、そこには可愛らしい少女が立っている。ヒロインにふさわしい風貌、雰囲気。
ただ、そこにはもう1人いた。
イザベラの婚約者、アラン・キングスレーである。
「はい、アウトーー!!」
「アラン様、さっそくやっちゃってますね……」
「とにかくこれをイザベラに見られないうちに!」
「イエッサー!」
素晴らしい連携……だったのだが、シリルは予想外のことに青ざめた。
「イザベラお嬢さまがいません!」
と、振り返ったが遅かった。彼女はじいっと婚約者の浮気現場を捉えていたのだから。
「イ、イザベラ……あれはっ」
「はー、よかったよかったー!」
「……え?」
慌てて駆け寄ったが、イザベラはどこか晴れ晴れとしている。
「私ね、ずっと恋愛結婚がしたいなあと思っていたの。アラン様も好きなひとと結ばれて一石二鳥だわ!」
まさかの発言。クイニーとシリルは顔を見合わせた。
それと同時に、ヒロインと話を終えたアランがどうやらイザベラに気がついたらしい。こちらへ駆け寄ろうとしてくる。
「クイニーが政略結婚なんて最低ってずっと言っていたでしょう? 私も同意見なの」
クイニーは今までの自分の発言を思い返した。
確かに言っていた。正しくはデブ伯爵との婚約についての悪口の一環だが。
「クイニーのせいだね、完全に」
「ええ、そうみたい……ほらみて、アラン様の顔」
アランの顔は戸惑いを通り越して、逆に無になっていた。それもそのはずでアランはどこからどう見たってイザベラが好きなのだから。
ヒロインとはポツンと一人でいる彼女の近くにたまたまいたから、声をかけただけだというのに……色々と不憫な王子様だ。
「ね、もし婚約解消を願い出たらどうなるかしら?」
「うーん……そうね、別の方との婚約にはなるだろうけど。でも恋愛結婚がいいなら公爵様を説得した方がいいんじゃない?」
「お父様ならきっと許してくださるわ。それにそうね、外国もいいかもしれないわ」
意気揚々と話すイザベラとアランの顔を順繰りに見ていく。どんどん無に近づいていくアランの顔に吹き出すのを我慢しているのを褒めてほしい。
それにクイニーとしてはイザベラも一緒に国外に来てくれるなら嬉しいので、どっちだって構わないのだ。
「じゃあ婚約解消に私も協力するわ」
にこりと微笑むとイザベラも嬉しそうに笑う。
アランの顔はもう見れなかった。
「アラン様……頑張って」
シリルは同じ男として心から同情したのだった。
その後公爵家の御令嬢としてあくせく挨拶へ出向くイザベラと分かれ、クイニーはヒロイン観察に戻る。
アランとの話が終了し、彼女はまたぽつんと突っ立っていた。
「なんていうか……あのドレス最悪」
「直球ですね」
彼女のドレスはおそらく10年前、クイニーが5、6歳の頃流行していたものだろう。そのせいか型崩れもひどく、長年しまっていたのかシミのようなものもある。
極め付けは頭についたピンクのリボンと腰に巻かれた青いリボンのアンバランスさ。
「しかしですよ、お母様のものなのでしょう」
乙女ゲームにありがちな母の形見。さすがのクイニーもそのドレスを否定するのは良心が痛む。
そうこうしていたところ、ヒロインが場の雰囲気に居心地が悪くなったらしい、出口の方――それは奇しくもクイニーがいる方向――に向かって歩き出した。
(慣れないヒールで、そんな早歩きしたら転ぶじゃないの)
そして案の定、転んだ。
綺麗に頭から転んだヒロインは笑いの対象にされてしまっていて、なかなか起き上がれない。
(ここでも本来なら誰かが助けるんでしょうけど……あの様子じゃあ無理ね)
クイニーはちらりとアランを伺いため息をついた。
男性といい雰囲気のところに割り込むのが理想形ではあるが、ここで『悪役令嬢』を見せつけるためには仕方がない。
クイニーはざっとヒロインの前へと躍り出た。
「早く起き上がりなさい。いつまでも倒れ込んでいてはみっともないわよ」
「は、はいっ、すみません!」
ヒロインは勢いよく立ち上がる。どうやら怪我はしていないらしい。しかし立ち上がった姿を見てクイニーは形相を変えた。
「ドレスをこんなにして……あなた、ハンカチは?」
「あの、その……持っていなくて」
「ハンカチは持ち歩くのはマナーよ。まあそのドレスじゃあハンカチを入れるポケットはないでしょうけれど」
クイニーは自分のハンカチを取り出し慣れた手つきで土汚れをはたいていく。ヒロインはそれをおろおろしながらも見つめる。
クイニーはそこではっとした。
これではただの親切なひとである。
「あなた、そんなふうにドレスを着たらお洋服が台無しよ。庶民はドレスの美しい着方も分からないのね」
「あの、母のドレスなんです……着方もよく分からなくて」
「見たら分かるわ。10年前に流行したものだもの。とりあえず頭につけたリボンは外しなさい。それはお母様のものではないでしょうし」
「は、はい!」
彼女はすぐさまリボンを外した。ピンクのリボンが無くなった分、いくらかマシに見える。
(だいぶ注目が集まってきてるわね……誰が『悪役令嬢』か見せつけなくちゃね)
「いい? あなたのドレスは今ひっどいわ。パーティに物置から引っ張り出したばかりのドレスを使うのはありえないことだから」
クイニーはざっとあたりを見回し、それから強調しつつ声を上げた。
「それでももし困っているのなら『ブルージュ』というお店を訪ねるといいわ。それか私の元に相談に来てくれてもいいのよ?」
しっかり宣伝。さりげなく自分の有能さもアピール。
これはヒロインに限らずこの場にいる全員に向けたものだ。
(きっとこの場にいるださいドレスを着ている方はすぐさま私のところへ来るでしょうね。今から顧客集めをして損はないわ)
クイニーはどこか悪い笑みを浮かべた。
細められた赤い瞳に多くの人が釘付けになっていた。
「ではごきげんよう」とクイニーは背を向けて歩き出した。
「やったね、クイニー。見事な『悪役令嬢』だったよ」
「ふふ。そうでしょう。今頃あの子、大衆の面前で服のダサさを指摘されて顔を真っ赤にしているでしょうね」
シリルは一部始終を少し離れたところで見守っていた。
颯爽と現れ、笑われるヒロインを助け出した姿はさながら王子様だった。……とは言わなかった。
その代わりに、
「きっと、今頃クイニーのこと話題になっているだろうね……」
と、苦笑いしてみせたのだった。
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