4. これくらいの仕返しなら許される
馬車の窓に映った『ブルージュ』の看板に、クイニーは馬車を一目散に飛び出していく。
一緒にやってきたイザベラもクイニーの後に続いて店へと入る。店内の奥にはすらっとした背丈の男性がいる。
「叔父様ー! お久しぶりですね!」
「おお、クイニー、元気そうで何よりだ!」
最後に会ったのは2か月前だと聞いていたイザベラは、まるで感動の再会のような景色に首を傾げてしまった。
学園の中等部入学まで残り1週間となっていた。
ヒロインが入学するのは高等部からになるため、『乙女ゲーム』が開始するわけではないが、それでも有意義に学園生活を送りたい。
「……というわけでね、制服のお直しをしてほしくて。これではダボダボで着れないわ」
クイニーは家に届けられた制服を不機嫌そうに差し出した。身長、体重不備なく記載し、届けられたのもそれに準じたものではあるが、クイニーは納得できなかった。
「制服は袖のあまりなく、ピッタリのものを着るべきよ」
「分かった分かった。任せなよ。で、そちらのイザベラお嬢さまはいかがなさいます?」
「かなり久しぶりですが、覚えてくださっていたんですね」
「そりゃあ、大切なお客様を忘れたりはしませんよ。それに、クイニーから手紙で色々聞かされましたから。ちょっと変わってるけどいい子でしょう、仲良くなってくれてどうもありがとう」
クイニーは恥ずかしいこと言わないでよ、と言いたげにじとりと叔父を見る。しかし叔父はお構いなく笑い、それにつられてイザベラまで笑い出してしまった。
「お願いした商品を受け取りに伺いましたの」
「ああ、あれですね。持ってきますよ」
叔父は奥へ引っ込んでいった。
どうやら、イザベラはつい最近侍女を通して何か注文していたらしい。
「気に入っていただけるといいのですが」
叔父はイザベラにジュエリーボックスのような箱を手渡した。イザベラが照れくさそうに開けるのをクイニーも覗き込む。
中には金細工のブローチが2つ、並んでいた。花の形を象っており、片方には琥珀が、もう一方にはアメジストが埋め込まれている。
その色には思い当たる節があった。
「これってもしかして私の目の色と、イザベラの目の色……?」
「クイニーとその、お揃いでつけたくて……どう、気に入ってくれた?」
可愛い。少し顔を赤らめているあたり、満点である。
クイニーは返事より先にひしっと抱きついてしまった。
「すっごく素敵だわ。どうもありがとう。楽しい学園生活になりそう」
(それにしても、私の目がもっと青や緑みたいに素敵な色だったらよかったのに)
クイニーは自分のモブ顔を責めつつも、貰ったブローチにほんわかした気持ちになった。
「クイニー、直したよ。もう受け取ってくれて構わないよ」
「さすが叔父様、仕事が早いわ」
店の中を見ること小1時間、叔父はあっという間に制服のお直しを終わらせた。カウンターまで受け取りに行くと、同時にドアベルが鳴った。
「おっさん、俺の服も今すぐ仕立ててくれ!」
(はあ!? おっさんですって? 叔父様はまだ30前半よ!?)
睨むように、目を凝らして声の主を見た。
そこには金髪碧眼の王子――アラン・キングスレーが仁王立ちしていた。
クイニーが睨んでいるのをチラリと確認はしたものの、構いもせず婚約者であるイザベラの方へと歩いていく。
「イザベラ! 俺のところにはどうして来てくれないんだ!」
「アラン様はお忙しいと伺っていたので……」
それは暗に『こんな女とは一緒に過ごしているのに』の意味が含まれていた。
そういえば、イザベラはあまりアランの話をしたことがない。今の対応を見るだけでも、イザベラが彼に興味がないことは目に見えた。
(初めて会った日はあんなに興奮気味に婚約話を教えてくれたのに、女の子はいつの時代も男性に厳しいのね)
ふと叔父の方へ目を向けると、その様子を静かに伺っていた叔父は果たして注文を聞いても良いのかと戸惑った表情を浮かべていた。
クイニーはこほんと咳払いをしてみせる。
「ご注文なさらないのですか?」
店に入るなり堂々と購入宣言をしているのに礼儀がなっていないのね、とクイニーが少し見下すような表情を浮かべればアランはクイニーを少し睨んでからイザベラから離れた。
「ねえ、イザベラ。私、あまりにもアラン様のお話を聞かないからすっかり忘れていたわ。少しくらいは会ってあげてね」
「ええ……でも彼とはいづれ結婚するんだから、今は別のことを楽しむ方が良いと思わない? 私、クイニーと過ごすの楽しいから」
耳打ちで話し合う。
イザベラはクイニーやそのほか女友達と過ごしたいと思っているらしい。少しだけアランが不憫に思えた。
「けれど、あの様子だと相当怒っているようね……今日も誘われていたのだけど、クイニーと先約があるとお断りしたの。まさか、お店まで来るとは思わなかったわ」
(それはそれは私のことを敵視しているでしょうね……でもこの様子だとアランはイザベラのことが好きということでよさそうね)
それがゲームと違って……なのかどうかは判断ができないが少なくともゲーム開始までイザベラが傷つくことは無さそうだとクイニーは安堵した。
「イザベラ、今度こそ俺のところへ遊びに来てね。俺、待ってるから」
注文を終えたアランはイザベラにそう一言かけるとくるりと背を向けた。
イザベラが可愛い天使のようだからアランが気にかけてしまうのは理解できるが、ちょっと甘ったるくて見てる側としてはきつい。
アランが店のドアを閉めたところで、クイニーは何か閃いた。もちろん、よくない閃きである。
クイニーはすぐさまアランを追って店を出た。
「キングスレー様、私がご迷惑をかけてしまったようで本当に申し訳ございません」
深々と頭を下げてみせれば、アランは少し不機嫌そうなのを隠そうともせずクイニーに目を向けた。
「お詫びと言ってはなんですが……イザベラはあの可愛らしい姿の通り、乙女で奥手なのです。だから、キングスレー様との距離も計りかねているのでしょう」
大嘘である。
アランの眉がピクリと動いたのを確認し、クイニーは嘘のオンパレードを再開する。それから、その嘘の主役をポケットから取り出した。
数日前、イザベラと刺繍練習をした際にちょびっと失敗したハンカチである。
「これは、ハンカチですわ。王家の家紋の刺繍が入っております。以前、イザベラがこっそり練習していたのを持ち出して来たのです」
「……そんなことをして、彼女に怒られないのか?」
「ええ、元々あなたに渡す予定だったらしいので。出来が悪いから渡せないとしまいこんでいたのです」
そうハンカチを手渡せばアランは満足げに笑った。
お前もやれば出来るじゃないか、大方そんなことを思っているのだろう。
(嘘ではないわ。イザベラが作ったことは本当だし。それに、ゲームではイザベラを泣かせた男なんだから、これくらいの仕返しは許される)
「……今日はこれに免じて許してやる」
アランはそう言い馬車に乗り込んでいった。
まったく、何年か後に攻略対象になるとは思えない態度である。
クイニーも店の方をくるりと向いた。べーと挑発するように舌を出したが、ドアを開けた瞬間に元の顔へ戻した。
そんなことよりも、クイニーはもっと重大なことに気がついてしまった。
これで『ブルージュ』は王室御用達となった、ということに!