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3. ラスボスの容姿って最高では?

 

 シリル・ファニングは『乙女ゲーム』におけるラスボスである。


 イザベラの忠実な僕であり、己自身も強大な魔力と孤独に打ち震えていた訳ありな青年。ゲームでは第一王子アランに婚約破棄を告げられ嘆くイザベラを想いヒロインに襲いかかる。


 それが彼が忠誠心が強かったからなのか、イザベラを好いていたのか、結局ゲームではよく分からないが。


 それもそのはずで、彼は『残念なラスボス』なのだ。

 勿体ぶって登場し、散々強い強いと持ち上げていたにもかかわらず、彼はヒロインのたった2行の救済文で救われてしまう。

 そのせいか、シリルは『2行オチ』という不名誉なあだ名をつけられてしまうわけで……。



(いけない、これだけでもう情が湧きそうだったわ)


 紅茶を注いでくれたシリルはどこか儚げで、見るからに陰の雰囲気を漂わせている。


 クイニーの引っ張り出している記憶が正しければ……彼は両親や近所の子供たちからいじめられていたのをひきづったままだろう。

 黒髪に、赤い瞳の見た目は不気味だと罵られ、強力すぎて他人に危害を加えかねない魔法は恐れられた。

 味方もいない中、偶然魔力の高さを評価されベルガモット家へ連れてこられたのだろう。


(もし彼がイザベラに救われたのなら……彼が彼女を守るためにラスボスになったのも理解できそうだわ)


「……あの、何かご用事でしょうか」

「ああ! ごめんなさいね。あなたの所作が綺麗だったから、つい見惚れてしまったの。来たばかりなのにすごいわ」

「そんな、褒めていただけるほどではございません」


 シリルはそうは言いつつも、少し照れくさそうだ。先ほどよりもまっすぐ背筋が伸びたような気もする。


「ねえ、シリルも私たちと同い年くらいでしょう? だったらそんなにかしこまらないで」


 もちろん主人であるイザベラには別よ、とクイニーが付け足すとイザベラも構わないわ、と続けた。


「私のこと、友達だと思って接して。私もシリルって呼ぶから、ね?」


 これにはシリルはいささか抵抗がありそうだった。公爵家であるベルガモット家の友人となれば、同じくらいの身分を想像しているのだろう。


「私はクイニー・エタンセルよ。平民ギリギリの名ばかり子爵令嬢」


 何も権力を持たないやつだと強調する。

 シリルは下級貴族の出であるから、少しでも親近感を持ってもらえたらいいのだが。


 シリルは困ったようにイザベラに視線を移した。イザベラは「クイニーがいいって言ってるのだからいいんじゃない?」と言う。


「では、失礼でなければ……」

「ええ、よろしくねシリル」


 シリルはペコリと頭を下げると部屋を出て行ってしまった。ドアが閉まったのを確認してからイザベラが興味津々といった目で尋ねた。


「クイニーって身分違いの恋とかに憧れがあるの?」

「え? 特にないわよ。それに、私も名ばかり子爵だから平民と大差ないわ」


 イザベラはどうして使用人1人に急に興味を持ったのか気になる、といった様子でクイニーとシリルが出て行ったドアを見ていた。けれどクイニーは笑ってかわすだけだった。



 ***



「こんにちは、シリル」

「こんにちは、クイニーお嬢さま」


 あれから何度かシリルとも顔を合わせるようになっていた。基本はベルガモット家で会うのだが、時折今日のようにイザベラの侍従としてエタンセル家に来ている。


「クイニーに会いに来るときはシリルを連れてくることにしたの」

「イザベラお嬢さま、それは……!」


 シリルは慌てた様子で、ちらりとクイニーに視線を向ける。その行動にクイニーは閃いた。


(なるほど、初めてのお友達に緊張しているって感じかしら。でも会いに来てくれるだけ信用されたってことよね!)


 そんなクイニーを見て、イザベラはどこか呆れたようにため息をついたのだった。




 それにしても、今日もイザベラもシリルも正統悪役なだけあって美形だ。

 クイニーは目の前に座る美少女と、その斜め後ろで控えている儚げ美少年に目をやる。イザベラもシリルも、叔父のブランド服を着ている。宣伝した甲斐がある。


 しかしどう勘違いしたのだろうか、イザベラは「私ちょっとお手洗いにー」と棒読みでどこかへ行ってしまった。どうやらうっとりしていたのを変に勘違いされたらしい。


(イザベラはなぜか私がシリルを好きだと思っているようだしね……)


 しかし、なかなか2人きりで話す機会は少ないもので。クイニーはこの際だし気になってうずうずしていたことを言ってしまおうとシリルに近寄った。


「えっと、クイニーお嬢さま……?」


 数歩後ろに下がったシリルにお構いなく詰め寄り、クイニーは彼の長い前髪を手でかきあげた。

 急に額が晒されたことにシリルは狼狽する。


「うん、うん。やっぱりこっちの方が似合うと思っていたのよね!」


 クイニーは満足げに笑って手をどけた。それどころか部屋から髪用のワックスを取り出して勝手にヘアアレンジを初めてしまった。


「あの、わざわざクイニーお嬢さまにやっていただくほどでは……!」

「私がやりたくてやってるのよ。ああ、でもシリルが嫌なら……!」


 ぱっと手を離す。ワックスまみれになっている手は早く続きをしたいと疼いているが。

 シリルはそんなクイニーを見て首を横に振った。しかしどうやらシリルには気がかりなことがあるらしかった。


「……この目が気味悪くないんですか」


 彼は自分の赤い目を指さした。


(シリルはあの赤い目を隠すために前髪を伸ばしていたのね……)


 これはデリカシーのないことをしてしまったとクイニーは申し訳なく思ったが、はたと気が付いた。


「今まで出会った人全員が赤い目は気味悪いと、そう言ったの? 違うはずよ。少なくとも私や、イザベラやベルガモット家の方はそうは思っていないんじゃない?」


 それでも気にするなら、前髪はすぐ元通りにしよう。シリルの返答次第でわくわくのイメチェンタイムの運命が決まる。


「クイニーお嬢さまは、この目が綺麗だと?」

「ええ、とっても。赤い目ってルビーみたい。意思も強そうに感じるし。ほら、私なんてこの通り茶色だらけよ。黒髪に赤い目で美形なんて最高じゃない」


 赤い目の人は少なからずいるだろう。クイニーのこのモブっぽさが逆に珍しいのだと思う。ここが『乙女ゲーム』の世界なのだとしたら尚更。


「きっとシリルも学園に入れば、いろんな人がいるって分かるわ。今まで周りにいた人たちがしょうもないのね」

「……ありがとうございます、クイニーお嬢さま。よければ、続きをお願いしても?」


 その言葉にクイニーは目を輝かせた。待ってました! とばかりに前髪に飛びつく。

 その光景をちょうど戻ってきたイザベラに若干引かれはしたが、出来上がった美形の素晴らしさといったらなかった。


「よく似合ってるわ。本当、素敵」

「でしょう、私ったら美形を磨く才能があるに違いないわ」


 口々に讃えあうとシリルは深く頭を下げた。

 相変わらずの下からの姿勢に、若干興奮気味のクイニーは不機嫌そうに言った。


「お嬢さま呼び禁止! その下からなのもなんか嫌!」

「ええっ、でも……」

「むず痒いのよ、だって私貴族の精神のかけらもないんだから」


 シリルは眉尻を下げるが、すぐに「分かりました」と一言呟いた。


「これからはクイニーって呼びます。敬語もやめます。だから、お友達として接してくれますか?」

「ええ、もちろん。まあ敬語外しは慣れるまで時間がかかりそうだけれどね」


 ふふ、とクイニーは笑った。



 シリルの真っ赤な瞳いっぱいに、クイニーが映っていることなど、クイニーはつゆほども知らなかった。


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