27. 変わり者
「もしかして、私絶好の悪女チャンスを逃した感じ……?」
クイニーは唐突に差し迫るような表情をした。
そこはカフェテリアの一角。奥まった席だ。今は違う授業を受けているイザベラが合流するのを待っているところだ。
シリルは「何を今更」と露骨に顔に出してみる。クイニーが悪女だったことなど、一度でもあっただろうか。
しかしクイニーはそれを説明を要求する表情だと勘違いしたらしい。
「私の趣味ではないけれど、あの場で何か悪役らしいことをしたら、今頃国外ライフを楽しんでいたでしょうね」
何か悪役らしいこと、とオブラートに包む。その場にいた女の子をいじめる、変態伯爵を擁護する……絶対にそんなことはあり得ないが。
というのも、あの一件からクイニーは正義の味方のような扱われ方をされてしまっている。
通り過ぎる女子生徒たちからはキラキラした目で声をかけられ、ファンだと挨拶してくる子までいるのだ。
「でもほら、目立ってるって意味では合格じゃない?」
「そうだけど、なんかこう、違うのよ……!」
「それに、前に言ってた未来ってのと全然違うよね。キャンディスさんとはすっかり仲がいいし」
たしかに、シリルの言う通りだ。
乙女ゲーム的にはそろそろ終盤――おそらくクイニーが誘拐されたことも最後のイベントの一環だったのだろう、だから悪女ムーブをし損ねたことはだいぶ悔しい。
これからの学園生活で、なんらかのトリガーによってシリルやイザベラが悪役になってしまう可能性がなくなったわけではないけれど、おそらく山は越えたのではないか。
(シリルもイザベラも無事なんだから、私の目標は達成されたわよね)
しかしまだもう一つの目的は達成されていない。
「私の国外追放ライフはどうなっちゃうの……お店開いて儲ける算段してたのに……」
項垂れたクイニーにシリルは苦笑した。
クイニーはヒロインや攻略対象たちに嫌われるどころか、なぜか仲良くなってしまっている。それもクイニーにはこれっぽっちもその気はないのに、だ。
「おまけに、リドル様との婚約もあるし……」
大きくため息をつく。シリルはぽくぽくと何かを考えるようにその場で固まると、やがて急に声を張り上げた。
「でもさー、リドル様はあの変態伯爵から守るためにクイニーと婚約したって言ってたよ? じゃあ、もう危険因子はないんだし、解消したって問題はないんじゃないかなー!?」
「ちょっと、声が大きいわよ……ってリドル様いつのまに」
気配を感じて視線を上げると、リドルが不穏そうな笑顔でこちらを見つめていた。
初耳の情報ではあったが、クイニーはそれを信じて強気に出る。
「リドル様にそんなふうに気を遣っていただいていたなんて……そうですね、もう問題は解決しましたしそのような責任を負う必要もありませんわ」
「いえ、その必要はないかと。お互い損もないし、僕はこのままでも問題ないよ?」
キラキラと効果音がつきそうな笑顔で言う。
解消する気はさらさらないらしい。クイニーは自分を防波堤代わりに使うのだろうと思いつつじとりとリドルを見た。
そこへ、イザベラとアランが合流する。イザベラはなんだか楽しそうに「私はどっちでもいいよー」なんて笑っている。
ばっとシリルとリドルがイザベラの方を見る。
イザベラはけらけらと笑っているが、クイニーとアランははて、と首を傾げていた。
「でも、親友の幸せが第一だから、もし傷つけるようなことがあれば公爵家とあと王家の力も使ってやり返すから。そのつもりでいてね?」
悪女らしい笑みだ。クイニーにはなんのことだがさっぱりだが。
とりあえず、「よく分からないけれど、さすがに王家を使うのはやめてね」と助言をしておくことにした。
(それにしても、なんだかんだでイザベラはアランと一緒になることを選んだのね、よかったわ)
2人の関係はいい感じだ。甘いムードはないけれど、仮にもアランは乙女ゲームの攻略キャラだ。きっと自然と恋愛力も身につけていくのだろう。
イザベラが赤面顔で恋愛相談してきてくれるのが楽しみだわ、とクイニーはこっそり笑った。
そこへ、ノエが元気いっぱいの走りこんできた。
どうやら、魔法の小テストでいい結果が出たらしい。
「姉貴が教えてくれた通りにやったら上手くいきましたっ!」
「よかったわ。ノエったら、どんどん魔法の能力が上がっているんじゃない?」
思わずわしゃわしゃと頭を撫で回したくなるのをぐっと堪える。
一度耐えきれず撫でかけたことがあるのだが、その時はシリルにもなぜかリドルにも鋭い眼差しを向けられてしまった。
怖いのでもうやらないと決めたけれど、これがけっこう難しい。
さらにそこへ、恒例の、あの子がやってきた。
可愛らしい声でクイニーの名前を呼びながら駆け寄ってくるさまはまさにヒロインというべき。
彼氏をほったらかして悪役令嬢のもとへ走ってくることを除けば、の話だ。
「クイニー様、私も学力テスト頑張ったんです!」
褒めて、と言わんばかりの目。苦笑いしつつ「褒めてあげてください」と彼氏――テレンスが言うのでクイニーはとりあえず褒めることにした。
するともう褒めるの取り合いか、というくらい一気に白熱してしまった。
「なんだかここ最近毎日これやってる気が……」
クイニーは騒がしくなった周囲にため息をついた。どうやらこれにはシリルも呆れているようだった。
「どうして悪女の私に集まるのかしら……」
「…………みんな悪女が好きな変わり者だったってことでいいんじゃない?」
「なるほど」
シリルの適当な話にクイニーは真剣に考えている。その様子にシリルは苦笑する。
側から見たらだいぶ緩みきった苦笑だが。
「俺もさ、その変わり者の1人だって覚えておいてね」
クイニーはそのセリフと熱のこもった眼差しに呆気に取られつつ頷いた。
「だとしたらシリルはとんだ変わり者だわ」
「……それ、褒めてるの?」
「ええ、もちろん。だってシリルはずっと私の味方でいてくれたもの。悪女を目指す私と一緒にいてくれるなんて、シリルもよっぽどの変わり者ね」
「そうだね」
シリルは満足げに笑う。
そこでクイニーは思いついたように顔を輝かせた。
「ね、一緒に逃避行しましょ!」
「はい? ちょっと、逃避行って何」
突拍子もない発言に慌てるシリルにクイニーはうだうだと説明をする。
「だって、私が家から逃げたいのは変わらないし、リドル様との婚約もどうにかならなそうだし」とクイニーはリドルを見やりつつ声を潜めた。
一瞬シリルはリドルを睨む。この弊害をどうしてやろうか、とでも言いたげな視線で。
「シリルとなら楽しいんじゃないかって思ったの。もろもろ面倒なこと忘れて」
にこにこっとクイニーは笑った。すぐに「ああでもシリルはイザベラの侍従だし、もちろん無理は言わないけれど」と慌てて付け加える。
「それってなんだか、駆け落ちみたいだね?」
クイニーは数秒停止して、それから「そういうわけじゃないのよ!」と顔を真っ赤にして否定する。
シリルは少し意地悪く笑って、顔を覆うクイニーの小指を絡め取った。
「逃避行、一緒に行こう。約束だよ」
まさしくラスボスの破壊力。クイニーは自分でもびっくりするほどドキドキしていた。
すぐに騒がしい周囲を思い出し、なんとかもちなおす。
近づいてくるキャンディスを察知し、シリルはクイニーの小指を解放する。
平然とキャンディスやテレンスと会話するシリルを見つつ、クイニーは今更ながら、もしかしたらやばいものに手を出してしまったのでは、と思うのだった。
更新遅くなってしまってすみません......!
今まで読んでくださった方、ありがとうございました!




