25. マッチレベルも役に立つ
「クイニーが拐われた!?」
イザベラが動転したように叫んだ。
学園の一室には乙女ゲーム関係者が集っている。
「はい。さっき捕まえたあいつらが吐きました」
怒りのこもった声でノエが告げる。
誘拐犯は隣室に縄で縛られて転がっている。といっても彼らは雇われたゴロツキであり、詳しいことは知らないという。
ところでなぜ誘拐犯が捕まっているのかというと。
仕事を終えた彼らとノエはすれ違った。彼らがクイニーがいつもカバンに入れている黒い本を眺めていなければ、ノエとて気がつかなかっただろう。
あとは、その場で仕留めて終了。
誘拐犯がその本を熱心に眺めていたものだから、本の中身が気になる――というのは今はとりあえず我慢している。
「シリルさんのいうその脅迫状は、おそらく彼女の婚約者であったビル・ブレイのもので間違い無いでしょうね」
リドルが脅迫状の内容を確認し、ため息をつく。
もちろん大の大人の幼稚な脅迫に呆れてものも言えない――というのが大きいが、まさか彼女が元婚約者の名前すら知らないとは。
「クイニーはその方について全く興味を示していなかったわ。だからイニシャルを見てもピンとこなかったのね」
「彼女とはまあまあ長い付き合いにはなるが……婚約者の話など聞いたこともなかったな」
とまあ、イザベラやアランもちろんシリルも身近な人ですら、クイニーがあまりにも話さなすぎるせいですっかり忘れていたほどだ。
「ビル・ブレイについては僕は調べ済みです。あまり……いい噂は聞いたことがありませんね」
実はリドルがクイニーの婚約を破談にさせたのには興味がある、という理由以外にもう一つある。
それはビル・ブレイからクイニーを救出するためである。
ビルはクイニーより2回りほど上になる壮年の男であるが、ひどいロリコンなのである。許容範囲は成年未満と幅広い。
しかし側から見れば紳士そうであるためあまり気が付かれない。この情報はリドルの情報網でなければ引き出せなかった。
「アラン様、今すぐその変態の爵位、取り上げてしまいましょう」
「うん、分かったから落ち着いてくれ」
イザベラの背後には燃え上がる炎が見える。
さすが本来の悪女というべきか、圧がある。
「ビル・ブレイは自分の手に届く範囲の少女は手を出す、と聞きました。まさか誘拐してまで……」
「あの、もしかしたらその方は町の女の子たちも誘拐しているかもしれません」
テレンスの一言で一気に場が冷え切った。
テレンスによれば町の少女たちはちょいちょいメイドとしてビルの屋敷へと行くらしいのだが、なかなか帰ってくることがないのだとか。
「では、その女の子たちも一緒に……?」
キャンディスが怒りをあらわにした。珍しいその姿に一同は少し驚いてしまう。
そのとき、ずっと黙り込んでいたシリルが突然立ち上がった。
誰もがたじろいでしまうような、気迫。シリルはそのまま身を翻して出口へと歩いていく。
「シリルさん、今は軽率に動いてはいけないと、言っているでしょう」
リドルがその背に嗜めるように言う。クイニーはその犯人の手中にあるのだ。
シリルはくるりと顔だけをこちらに向ける。
「……俺一人で十分ですから」
赤い目が煌めいていた。
そのままシリルは扉を開けて飛び出していく。
一部始終、そのシリルが立ち去る様を見ていたイザベラは一瞬視線を落とす。
パーティ直後、ドレスに身を包んだままの姿だ。
イザベラはすぐさま立ち上がり、アランの制止も振り切って部屋を飛び出した。
***
「ほんっとうに久しぶりだねえ。どうして急に僕との婚約をなしになんてしたのかな?」
暗い部屋だが、家具は豪勢だ。いかにも女の子らしい花柄のベッドがいやに目について、クイニーは吐きそうになる。
クイニーは目の前の壮年の男――いや、ぶくぶくと太った気持ちの悪い男を睨みつける。
「それはあなたのことが嫌いだからですわ」
ここへ連れてこられる道中、気絶したふりをしたままクイニーはさまざまなものを見ていた。
屋敷内にはほぼ少女しかいなかった。メイドですら可愛らしいドレスを着せられている。彼女たちはみなビクビクしながらクイニーを遠巻きに見ていた。
おそらく婚約者もたくさんいるのだろう。伯爵である彼の元へやってくる少女は多いのだろう。
(とりあえず、お父様ただじゃおかないわ)
いくら内情を知らなかったとはいえ、これは酷すぎる。
「で、私をどうするおつもりで? 仮にも子爵家である私を拐かしたとなれば大事ですよ」
「そんなこと気にしちゃって、クイニーちゃんはかわいいね」
全身にぶわあっと鳥肌が立った。
気持ち悪い。全身全霊でこいつを拒否したい。
しかし仮にも伯爵だ、急にクイニーの気持ちが変わったようで、とか言えばなんとでもなってしまうのだろう。
(幸い、足は縛られてない。腕の縄だけでも燃やせないかしら)
クイニーは指からマッチほどの火を出す。
この弱小魔法が役に立つ日が来るとは。
クイニーはこの男の気を紛らわそうと嫌々ながら話をふる。
「脅迫状を送ってきたのもあなたですね?」
「そう。我慢ならないからね、君みたいな女の子はあまりいないし、その目も綺麗だし」
クイニーは思わず笑いそうになった。
この赤い目はただのカラコンなのだ。そんな目が手元に置いておきたい理由だなんて。
「あなたって、ロリコンの割に見る目もないのね。本当、容姿も性格も最低だなんて。金以外に何もないのね? ああ、そのお金だって別にあなたが築いたものじゃなかったわね」
クスクスとクイニーは笑い転げた。縄の火は着々と燃えている。
さすがに、これにはビルも怒ったらしい。つかつかとクイニーの近くに歩み寄る。
「もしかして躾が必要だったりする? 僕、そういう汚い言葉を使う女の子は嫌いなんだ」
「あら、だったら解放してくださらない? もっと汚い言葉を使えるのよ」
クイニーは一旦火を止めて応戦した。乙女ゲームの中では使わないような言葉を並べ立ててみる。
わなわなと震えるビルをよそにクイニーは冷笑を浮かべたままだ。
ビルの手がクイニーの首元に触れようとしたその時、ドアが勢いよく開いた。
いや、勢いがいいどころじゃない。完全にドアは粉砕されている。
「それ以上、触るな。汚らしい」
「私の親友から離れなさい」
クイニーも思わず顔をそちらへ向けた。
部屋の前には2つに人影が立っている。
それはまるで、乙女ゲームのラスボス戦の光景そのものだった。




