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23. 花の精の祭り 2

 

 昔、自然は妖精が創り上げるものだと信じられてきた。その妖精はまるで花のように可憐で美しかったのだとか。

 こうして町では豊作を願う祭りを行うようになった。そこで毎年町1番の美しい少女を選び、花の精としてパレードをする。


 ――もちろん、この花の精にキャンディスが選ばれる。

 キャンディスは好きなお相手が少しでも可愛いと思ってくれますように、となんとも乙女ゲームらしい期待をしながらドレスに身を包む。


 が、しかし、問題が一つ。

 そのドレスが言い表せないほどダサいものだったこと。

 どうやらイラストレーターは女性ファッションには疎かったらしい。


 初めてのキャンディスのスチルを見たとき、前世のクイニーはしばらくゲームを中断した。ヒロインがダサいゲームなんてやってられるか、と思ったからだ。



(ふりふりを通り越してぶりぶりって感じだったものね。あの惨劇を目の前でやられたら私、この世界から出て行ってやるんだから)


 クイニーは今、衣装部屋へと向かっている。

 キャンディスはここで花の精になる準備をしているはずだ。


「キャンディスさん! 入るわよ!」


 クイニーは返事を待たずにドアを開ける。

 次に目に入ってきたのは、キャンディスがドレスの周りをぐるぐると回っている姿だった。


「何してるの……?」

「クイニー様! なんか私、花の精? に選ばれたんですけど、このドレスどう思います?」


 花の精の扱いが割とぞんざいだったことは置いておいて、キャンディスはドレスを睨みながら尋ねてきた。


 クイニーは一言、


「え、すっごくダサい」


 と言い放った。


 真っピンクの膝上丈のドレス。花びらをイメージしてなのか、しつこいほど重なったフリル。胸元にこれでもかとつけられたリボン。


 改めて見てもひどい仕上がりだ。クイニーがもしも花の精であったら二度と自然なんて作ってやらないと罵倒しているところだろう。


「ですよね、やっぱりクイニー様もそう思います?」

「ええ、こんなドレス抹消よ、抹消」


 キャンディスがまともな感性を持ってくれていたおかげで一安心だ。

 クイニーは冗談まじりに――半ば本気で――火魔法を指先に点火させた。しかしこんなでも歴史のあるものだと思い留まる。


 ちらりとキャンディスを伺い、ドレスと見比べる。

 考えるクイニーをキャンディスはキラキラした目で見つめている。


「どうせなら好きなひとには綺麗だって褒めてもらいたいわよね」


 と、クイニーはふいに呟いた。キャンディスは一瞬テレンスを思い浮かべて顔を赤くし小さく頷く。


(キャンディスの恋が実れば、なんてね)


 悪役令嬢がヒロインに施しをするなんておかしな話だが――


「悪役は一旦お預けね」




 今年の花の精の紹介のアナウンスが入ったころ、クイニーはひょっこりとステージ下へと顔を出していた。


「クイニー、どこに行ってたんだ、探したよ」


 シリルに腕を掴まれ、クイニーはごめんね、と謝った。

 イザベラたちもクイニーのことを探してくれていたらしい。


 リドルがほっとした様子でクイニーを見る。


「で、今まで何をしていたの?」

「それはですね――」


 答えるのと声援が丸かぶりした。クイニーは説明を諦め、視線をステージへ向けるよう促した。



 そこに立っていたのは、まるで本物の花の精のようなキャンディスだった。


 ふわりと靡く茶髪。淡いピンク色の花びらのようなドレスもキャンディスの動きに合わせてゆったりと揺れる。


「今年は花の精のドレスが違うんだね、今までのよりいかしてる!」


 ノエが割れるような拍手をおくり出すのを見てクイニーは「ありがとう」とわざとらしく笑ってみせた。


 そこでみんな、このドレスはクイニーが拵えたものだと分かったようだ。ノエは「さすが姐さん!」と大はしゃぎだが、他は「よくあの短時間で」という驚きでいっぱいだ。


(ずっとあのドレスをこの短時間で直すためにどれだけ練習したと思ってるのよ)


 クイニーは誰に言うわけでもなく、今までの練習の数々を思い出し改めて自画自賛した。


「花びらモチーフにしたの。キャンディスさんはなんでも似合うから、ヘアメイクも楽しかったわ」

「ふふ、ずいぶん仲良くなったのね」

「ち、違うわよ! これは、自分の腕を褒めただけだわ!」


 プイッと顔を背けたクイニーだったが、みんなくすくすと笑ってしまう。

 さすがに無理がある言い訳だった。


「クイニーって優しいよね」

「はっ、何言ってるんですか」


「だってどう見たってキャンディスさんのこと好きでしょう?」とリドルは悪気なく言いかける。


 が、間一髪のところでクイニーの耳には届かなかった。




「ちょっと、シリル急にどうしたのよ」


 というのも、クイニーはシリルに急に腕を引かれて群衆から抜け出していた。


「ああ、ごめんつい」

「つい、じゃないのよ、またはぐれちゃったら心配されちゃうわ」


「イザベラが泣くかもしれないわよ」と脅してみるが、揶揄いだと気づいているシリルは適当に流してしまう。


「もしかして、リドル様から離れさせようとしてた?」

「えっ、どうしてそれを」

「あの胡散臭い笑顔に面倒臭がってるって気がついてくれたんでしょ? 全く気が利くわね」

「ああ、そういう……」


 シリルはほっと胸を撫で下ろした。

 単なる嫉妬だとバレなくてよかったものの、少しでも気がついてくれたらいいのにと思う気持ちは複雑だ。


 そんなシリルの思いなどつゆ知らず、クイニーはステージをどこか遠巻きに見つめていた。


「着たいなら着ればいいのに」


 シリルはクイニーの視線をたどる。

 クイニーの亜麻色のふわふわした髪だって、白い腕だって十分妖精のようなのに。


「ばかね、私みたいな悪役があんなの着たいと思うわけないでしょう? キャンディスさんみたいなひとにこそ似合うのねと思っていたのよ」

「まあ、たしかに似合うけど……」

「それに私のセンスって素晴らしいわねって」


 にぱっと悪女らしからぬ笑顔を浮かべたクイニーに、シリルも思わずふはっと笑い出してしまった。


「じゃあさ、こんなのはどうかな」


 シリルは首を傾げるクイニーに、「まあ見ててよ」と得意げに笑ってみせる。指を鳴らした音がやたらはっきりと聞こえた。


「……ちょっと、シリル?」

「うん、こっちの方がクイニーっぽくていいと思う」

「あのね、私もそれは同感だけれど……」


 クイニーはいつのまにか真っ赤なマーメイドドレスを身に纏っていた。所々真っ赤な花びらが装飾されている。


「あなたって赤が大好きなのね?」

「うーん、ちょっと違うかなあ……」

「あとその一瞬でドレス作る才能私に頂戴」

「それはクイニーの魔力じゃあ無理かな」


 けらけらとシリルは笑う。疎ましげに、でも嬉しそうに身に纏ったドレスを確認している。ターンしてみせたり花びらをいじくったり、なんなら繋ぎ目まで確認する。それから一言、


「なんていうか……露出がすごいわね」

「うぐっ」


 何気なく呟く。背中が大きく開いていたり、肩が出ていたりと少々気恥ずかしいデザインだ。

 もちろんクイニーはこういったデザインは見慣れているからさほど驚きはしないが。


「そこまで、ほら、もう戻ろっか」


 そそくさとシリルは魔法を解いた。

 名残惜しそうなクイニーの背をぐいぐいと押しこくって群衆の中へ戻ろうとする。


「ありがとう、私嬉しかったわよ」


 押されながらクイニーは顔だけをこちらへ向けた。

 シリルは「ならよかった」とにこりと笑う。


 クイニーの背に額を寄せた。くっつくかつかないかの微妙な距離感なのは、綺麗だったよ、とかキャンディスより花の精みたいだとか言えたらと後悔をひた隠しているからだ。


「……敵わないなあ」


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