22. 花の精のお祭り 1
(うんうん、我ながらやるじゃないの)
クイニーはどこか誇らしげに木の幹から顔を覗かせている。視線の先には初々しい恋人未満の2人組がいる。
「キャンディスさんもテレンスさんも本当に素敵ね。お似合いだわ」
「なんだかんだでクイニーお嬢さまは2人ともプロデュースしてましたもんね」
「しょうがないでしょ。キャンディスは元々可愛く仕上がっているし、テレンスだって意外と化けるからつい」
そこまで言うと大きくため息をついた。
シリルが敬語だということは、クイニーとイザベラ以外にも誰かいる。
「……皆さまそこで何してらっしゃるんですか」
ほとほと呆れ返ったようにそう言えば、建物の陰からわらわらと攻略対象たちが顔を出した。
アランにリドル、それにノエまで。
メインキャラ大集合である。
城下街はすっかりお祭りムードだ。
夕暮れどきから夜遅くまで行われるため、町中ランタンが飾られている。花の装飾がランタンの光に照らされたらどんなに幻想的か。
乙女ゲームでは、好感度の一定の基準を1番早く超えた攻略対象とお祭りに参加することとなる。
キャラごとに発生するイベントが異なるのだが――果たしてモブ男のテレンスとはどうなってしまうのか。
(テレンスはおそらくいい人だけど……もしかしたら手が早い可能性もあるしね……いや、別にキャンディスが心配なわけではないから!)
……とまあ、あくまで悪役としてクイニーは監視にきたわけだが。
ヒロインに選ばれなかった彼らはどうしてここにいるのだろう。
クイニーたちも人のことは言えないのだが、その辺は棚に上げて男性陣に目をやる。
アランはイザベラと一緒に回りたいという可愛らしい理由だが、リドルは「婚約者なのに僕とはダメなの?」などと相変わらず掴めない笑顔を浮かべているし、ノエはもう放っておけばカチコミに行ってしまいそう。
クイニーはなんだか面倒になってそのままついてくるならそれでいいか、と放っておくことにした。
尾行するつもりが集団行動になってしまった。
「姐さん姐さん! お荷物持ちますよ!」
ノエはまるで子犬がじゃれるような笑みを浮かべている。魔法試験で圧勝してからこの有様のままだ。
伯爵令息に荷物をさせるのはちょっと、とクイニーは苦笑いした。
「そういうのは俺の仕事なんですよ、ノエ様」
「いや、そういうわけには! それにシリルさんも魔法めちゃくちゃかっけーっす! なんで、シリルさんの荷物も俺がもちますから!」
どうやら身分云々よりも自分がすごいと感じた人を尊敬するタイプらしい。
これにはシリルも「ひえっ」と声を漏らし、助けを求めるようにクイニーを見た。
「じゃあ、私、何か食べたいなー、なんて」
「買ってきますよ!!」
ノエはわっと駆け出していく。振り返って「甘い系ですか、しょっぱい系ですか」と聞いてくれるのが結構好印象だった。
「なんか悪いわ……」
「まあ、ノエが望んでいるんだし、いいんじゃないか?」
そう答えたのはアランだ。
アランは何やら不自然なくらい高速で瞬きをしてみせる。
(イザベラと2人きりにしろってことね……)
クイニーはすぐさま察したが、あいにく協力する義理もない。
というわけで、口パクで「そういうのは自分で言ってなんぼよ」と檄を飛ばす。
アランは一瞬首を横に振りかけたが、腹を括ったようだ。
「イザベラ、一緒に回って、くれないか、2人で」
「は、はい……」
途切れ途切れの辿々しさ丸出しではあったが、成長したと感慨深く思う。イザベラも口下手王子のお誘いに驚いたのかそのまま頷いてしまった。
そうしてなんだかんだで、クイニーはシリルとリドルと3人で祭りを回る羽目になったのである。
「ところで、キャンディスさんをつけてどうするの?」
リドルは突拍子もなく尋ねる。
たしかにクイニーはキャンディスの後をつけてふらふらと無意味な行動をしているからリドルが不思議に思うのも無理はない。
「だってほら、気になるじゃないですか」
「どうして? わざわざ君がただの一般生徒に興味を示すことの方がよっぽど気になるけど」
ヒロインに向けてそれはないだろう、とクイニーは思わずジト目になった。
(一度はリドルのシナリオに進みそうだったこともあるのに……とことん飽き性なのね)
乙女ゲームでもリドルは人にあまり興味が持てない設定ではあった。雑用だと思っていたにしろ、キャンディスを面白いと思っていた時期はあるはずなのだ。
けれど、どういうわけか、その興味の方向性がクイニーにずれてしまっている。
「私が誰を気にかけようとリドル様には関係のないことです」
「そんなこと言わずに。僕たちは婚約した仲ですからね……というわけで、シリルさんは席を外していただけると嬉しいのですが」
にこりとリドルは微笑む。
黙って2人のやりとりを見守っていたシリルは応えるように射殺すような眼差しを潜ませた。
「イザベラお嬢さまより、クイニーお嬢さまの護衛も頼まれていますので」
イザベラったらけっこうリドルを警戒しているのね、とクイニーはどこか感心する。
「僕とクイニーは婚約しているというのに、なかなか2人で会える機会もないですし、しかも噂にもならない。誰かがまるでそれを阻止したがっているみたいです」
(えっ、それはダメよ! だってリドル様と婚約していないと嫉妬の対象にならないじゃない!)
慌てるクイニーは、リドルの視線がシリルに注がれていることなど気が付かない。
シリルは含んだ笑みを浮かべていた。
「クイニーお嬢さまだって、婚約解消の直後に婚約したなどと噂になれば困るでしょう。ね、クイニーお嬢さま」
「そ、そうね! たしかにそうだわ」
取り繕って快活に笑ってみせた。
たしかにリドルとの婚約の噂が広まってしまうと、いざ解消して逃亡しようとしたいときにそれができない。
とりあえず、噂が嫉妬してくれそうな良い感じの人だけに広まることを願うばかりだ。
するとそこへ、良い匂いが香ってきた。
見れば大量の食べ物を抱えたノエがこちらへ向かってくる。
「姐さん! お待たせいたしました!」
「お、お疲れ様……すごい量ね」
サンドウィッチやビーフステーキ、カップケーキなど非常に美味しそうでボリューミーなものばかりだ。
(攻略対象に囲まれて食事をするなんて想像もしてみなかったけれど……)
視界の端でキャンディスたちも休憩していることがわかったのでクイニーもひとまず休憩することにした。
日も落ちて、あたりは夕闇の神秘的な雰囲気に包まれる。
クイニーはどこかそわそわしつつメインイベントを待っていた。
(私の記憶があっていれば、そろそろよね……)
そわそわしているのは、それが楽しみだからではない。どちらかといえば『やはりああなってしまうのかしら』という按じの方が強い。
しかしながら、そわそわするクイニーを周りにいる男性陣はどこか心配そうに眺め、三者三様のことを考えていた。
姐さんまさか武者震いか!? と微妙に的を得るノエや、クイニーが次はどんな斜め上の行動を取るか楽しみなリドル。
シリルはもちろん、この後何か起きるのだろうと勘づいてはいるが。
そこへ、パラッパーとトランペットの音が響く。クイニーは反射的に立ち上がり、その後の言葉に耳を傾けた。
「今年の花の精は、キャンディス・ストーンさんです! おめでとうございます!」
「ええっ!? 私がですか……!?」
「キャンディス、すごいね!」
照れまじりのキャンディスの声と嬉しそうなテレンスの声。
クイニーはやっぱりか、と大きくため息をついた。
「花の精って、このお祭りの主役ですよね!? キャンディスさんすごいなあ!」
ノエが称賛する横でクイニーはそうなんだけどね、と苦笑した。
このままでは間違いなくあの悲劇のまま――忘れもしない、キャンディス初のスチルが引くほどダサかったこと……!
思い浮かべて、少し背筋が凍る思いがした。
前世で拒絶反応を起こすレベルのダサさだったのだ。
「私がいる限り、あんな間違いは起こさせないわ」
そんな使命感を胸に、クイニーはキャンディスの元へと駆け出したのだった。




