20. 脱線しまくり!?
「僕とクイニー嬢の婚約を認めていただけますか」
「……はい?」
エタンセル子爵はもちろんクイニーすら、リドルの突拍子もない発言に耳を疑った。
ブルージュを後にしこのままエタンセル家へ向かうとリドルは言い始めた。問題が早く片付くことに越したことはないとクイニーも賛成してしまった。
(まさか有益な何かが婚約だとは思わないでしょ!?)
てっきり侯爵家から事業紹介をするだとかお金を渡すとか、なんならリドルのことだから脅すのかも、と思っていたが大間違いだ。
(これもリドル様にとっては暇つぶしか遊んでいるだけなのかもしれないけれど……洒落にならないわ)
クイニーは頭をぐりぐりと押さえつけた。
「我が子ながら頭の回る子でして……もし不快な思いをされているようでしたら……」
どうやらデブ伯爵との婚約破談のために利用されていると思っているらしい。間違いではないが。
石橋を叩きまくる父は事実でない利益には靡かない。
「クイニー嬢に婚約者がいることは存じておりました……しかしながら、自分の気持ちを止めることはできず……」
迫真の演技だ。
リドルは胸ポケットから写真を取り出し、父の前に差し出す。
白いドレスを着たクイニーがリドルにもたれかかる写真――先程ブルージュの庭で撮った写真だ。
「僕が強引に迫ってしまったのです。それをこんなふうに撮られてしまい――」
たしかにリドルの説明を真に受けると、人通りのない森かどこかで逢瀬をする恋人のよう。それをパパラッチされた、まさにそんなワンシーン。
リドルは素晴らしい演技のまま、「だから無礼だとは分かっていますがこのような形で婚約を申し込みに」と語った。
圧巻すぎてクイニーはもはや何も言えなかった。
一体どこからが彼の計算内だったのだろう。
さすがの父も騙されたようで嬉々としながら「残念ながら伯爵にはお断りをしなければ」といそいそ部屋を出て行ってしまった。
クイニーはようやく息を吐き出した。
「…………まさか、こうくるとは」
「はは、でも婚約は解消できたし、子爵も満足してくれる有益な婚約だ。でしょう?」
にこりと鉄壁スマイルを浮かべる。なぜ、と理由を聞いても教えないということがよくわかった。
「これからよろしくね。僕の婚約者さん」
「こ、婚約ぅ!?」
イザベラとシリルが勢いよく叫んだ。クイニーはため息をついて「そうなの」とまた頭を抱えた。
「おかげで伯爵家との婚約はなくなったけれど……もっと厄介なことになったわ」
モブ令嬢が乙女ゲームの攻略対象と婚約だなんて。もしそんなシナリオがあるならファンが殴り込みにくるレベルだ。
「ダメだ! ダメだよクイニー!」
「わかってる、わかってるってば」
シリルが肩をガクンガクンと揺らす。
「私に言ってくれれば、アラン様にもお願いしてその婚約もなしにできたのに」
「私もそう思って帰ってきてすぐイザベラのところに行こうとしたの。でもね」
一目散に退散したのが間違いだった。
分かれて数分、後ろを振り返ったらそこにはアランと話すリドルの姿があった。
おめでとう、と肩を叩かれていた。
「先を越されたのね……」
「そうよ……これから何を要求されるか」
他のご令嬢たちの防波堤になれ、くらいだったらいいが、リドルの腹黒さを考えると絶対そんなものじゃない。
クイニーは項垂れる。
「クイニー、ちょっと話が」
シリルの気迫に押されてクイニーは自室から出た。
「クイニーが見た未来もこうだったの?」
やたら刺さる眼差しだった。
シリルはクイニーが乙女ゲームの記憶を辿っているとは知らないのだった。
「違う、これは全く知らなかったわ」
「よかった。未来が見える力も不完全なんだね」
どうやらシリルはうまく勘違いしてくれたようで、クイニーもそういう設定にすることにした。
「じゃあ、今はクイニーはバグみたいな存在ってことだ!!」
「ちょっとバグって」
「だって、本来リドル様はキャンディスさんに恋するんだろ?」
「まあ、そうなんだけど……」
なんて的確な言葉チョイス。
クイニーははは、と乾いた笑みを浮かべる。
「で、今そのキャンディスさんを巡る恋事情はどうなってるわけ?」
乙女ゲームでは、学園パーティーが終わったあとはしばらく大きなイベントはなかった。
というのも、好感度やレベルが足らないと進めない設定だからだ。コツコツとランダムにキャラと出会って(時に悪役とも出会うが)好感度を上げていくのだ。
ヒロインが誰の好感度を主に上げていくかによってストーリーが変わるのだが、キャンディスが誰かを選んでいるとは思えない。
「恋のお相手はアラン様、リドル様、ノエ、それからシリルの4人だと思うの」
しかしシリルはゲームではまだヒロインと出会ってすらいない。
加えてアランはイザベラにベタ惚れだし、リドルは何を間違えたのかモブと婚約してしまっている。
「……となるとノエ様しかいないってことだね」
「そうなるわね」
ノエも微妙なラインだが……彼も元ヤンを解放しきっていて、モブ令嬢を姐さんと呼ぶ始末なのだ。望み薄。
「でもなんとしてでもキャンディスさんを誰かと恋させないと!! じゃないとクイニーの追放ライフがだいなしだよ!?」
(たしかに、あの腹黒と老後も一緒なんて……うん、無理)
「そうね。そうだわ。私のばら色国外生活を奪わせてなるもんですか!」
「そうと決まればまずはキャンディスさんのところへ行こう!」
勢いよく歩き出す。
力強いどこか殺気すら感じる足取り――だったのだがそれよりも勢いよくドアが開き、イザベラが顔を出した。
「ちょっと、また私を差し置いて2人でどこかへ行っちゃうの? 私悲しいわ」
きゅるんと瞳を潤ませる。
クイニーはこの罪深い可愛さに抗えず、折れた。
「一緒に行こう。今からキャンディスさんの偵察に一般科へいくの」
「あら、楽しそうね! ところでなんで偵察?」
言葉に詰まる。シナリオを修正するためです、とは言えない。
「リドル様との婚約をなかったことにするには、キャンディスさんが必要なのですよ。だからイザベラお嬢さま。アラン様とのご関係性はイザベラお嬢さまのお力で解決なさってください」
シリルがさらりと説明した。
主人に向かってそれでいいのか、とは思うがイザベラはそんなことでは怒らない。
「はあ……仕方ないわ。どうしてキャンディスさんがそんなに必要なのか知らないけれど。でも私もクイニーがリドル会長と結婚するのなんか嫌だもの。したら嫌いになっちゃうかも」
「それは嫌だなあ……」
(まあ、アランの努力も無駄じゃないってことかしら)
イザベラのツンデレなところにくすりと笑ってしまう。
………それにしてもリドルの低評価っぷりがすごい。
やはりあの胡散臭さは消せないらしい。
「ようはクイニーとリドル会長を引き離せばいいのね! で、ゆくゆくはシリルと……」
「お嬢さま?」
シリルはイザベラに向かって微笑んだ。威圧感にイザベラは面白そうに笑う。
もちろんもう歩き出していたクイニーは2人の表情など見ていないのだが。
こうしてクイニーたちは一般科、シリルの教室へと向かうこととなった。




