2. 美少女を爆誕させてしまいました
クイニー・エタンセルは全てにおいて平凡な令嬢である。
見た目平凡。亜麻色のミディアムヘアに、茶色の目。体つきもゲームを思い出す限り今と変わらず貧相なままだった。
クイニーは自分の胸元に視線を下げ、真顔になった。
齢12歳にしてこれ以上の成長が見込めないと悟るなんて、気の毒すぎる。
さらに見た目に限らず、体力、才能、魔法……秀でたものはこれといってない。まさしく悪役令嬢を引き立てるモブにふさわしいといえよう……
しかし、そんなクイニーにも唯一誇れることといえばセンスの良さ、だろうか。
だから、今目の前に座る悪役令嬢が間違いなく磨かれる前の原石であることは勘づいていた。
(そしてゆくゆくは叔父様のブランドのモデルに……)
「じっと見つめて、どうしたの?」
「……イザベラをダイナミック変身させたら楽しいだろうなって思ってたの」
「ダイナミック……? よく分からないけれど、クイニーがやりたいなら、いいわよ」
「えっ」
あっさり承諾が下りてしまった。
テキパキと準備を進めながらクイニーは改めてイザベラをまじまじと観察した。
ゲームの中のイザベラはとにかくわがままな令嬢だった。婚約者である王子を奪われまいと牽制もすればいじめだってした。クイニーら下っ端は彼女に付き合わされつつごまをする役回りだ。
ところが、実際のイザベラは初めこそ尊大な態度だったものの、ここ最近ではだいぶ落ち着いていた。クイニーが同じ12歳にもかかわらずあまりに達観した素振りを見せすぎたせいか。
何はともあれ、イザベラはただの良い令嬢であった。クイニーも彼女と仲良くなれたことを素直に嬉しいと思っている。
「まずは化粧を落としてもいいかしら」
頷いたイザベラの目尻や頬の化粧を落としていくと、あることに気がついた。思わずクイニーも目を見開いた。
なんと彼女の自前だと思っていた吊り目が、全てアイラインだったのだ。何もなくなった彼女の目はまつ毛ばさばさの愛らしさを感じさせるものだった。
いや、普通に美少女。
「ねえ、この化粧方法、誰に教わった……?」
「え? お母様の真似をしただけよ?」
(イザベラ母、とんでもないことをしてくれたわ……周りも、なぜそれは違うよと言ってあげないの……)
クイニーはひしっとイザベラを抱きしめる。
本来、こんなにも美少女顔だったイザベラは、このどぎつい化粧のせいで悪役になってしまったも同然。
なんなら、このロール巻髪も、派手めなドレスも。
絶対に美少女可愛くするマンのクイニーはここぞとばかりにそのセンスの良さを発揮してみせた。
やり切った顔で鏡の前にイザベラを立たせると、イザベラも思わず驚いた。
ありえないくらいの美少女が鏡に映っているのだから。
控えめゆるふわウェーブの銀髪に、まつ毛の長さを生かしたシンプルな化粧。ドレスは叔父のブランドから彼女に似合うような可愛らしいデザインのものを選び抜いた。
「クイニー、あなた本当にすごいわ! 私じゃないみたいね!」
「いい? お母様の化粧はお母様だから似合うのよ。イザベラにはイザベラに似合う化粧があるんだから」
暗にあの化粧はもうしないで、と伝えるとイザベラは「これからはこういう化粧にするわ!」と納得してくれた。
素直で可愛い美少女が爆誕した瞬間である。
「失礼します、イザベラお嬢さま」
部屋をノックする音がした。
クイニーはというと、罪レベルの美少女を生んでしまったのでは、とひどく深刻そうに考えていた。
このまま彼女からわがまま成分が消えていって、社交界に入ったら彼女をめぐる壮絶なバトルが幕を開けるに違いない……
「紅茶、お注ぎいたします」
「あっ、ええ。ありがとう」
パッと顔を上げて、クイニーは初めて部屋に入ってきた人物を確認した。
黒い髪が目元まで覆っている。スーツを着ていることから彼はベルガモット家に仕えている使用人だろう。
けれど、彼はただの使用人ではない。
「イザベラ、彼は?」
「彼は最近屋敷にきたの。行儀見習いよ」
挨拶して、とイザベラが指示すると彼はクイニーに向き直る。真っ黒の前髪から深紅の瞳がのぞいている。
「シリルと申します」
やっぱり、思った通りだった。クイニーはシリルと名乗った少年を眺めつつそう思った。
シリル・ファニング。
彼は『乙女ゲーム』におけるラスボス、イザベラと共に破滅する悪役だ。