19. モデル依頼
パーティーから一夜明け……クイニーは好奇の眼差しの中を歩いていた。
全校1位、真っ赤な目を引く奇抜なドレスに、一般科の生徒との見事に息のあったダンス……彼女は本当にただの子爵令嬢なのかと興味を示す目だ。
それはシリルも同じで、なんなら彼はちょっとモテ始めていた。
(そりゃあそうよね、乙女ゲームのラスボスだもの。目をつけた女子たちはセンスがいいわね)
シリルはベルガモット家に仕える侍従であり、下級貴族ではあるが貴族出身だ。公爵家との繋がりが出来るかも知れないこの掘り出し物を放っておくなんてもったいない。
そんなわけで、今一緒にいると色々勘繰られて面倒なので別行動、というわけだ。
それにしても話し相手がいないのは退屈だ。そんなクイニーの視線の先には女子生徒の群衆ができていた。
よくよく見ると、リドルを中心に群をなしていることに気がついた。
(リドル様は男子2位だったものね……無理もないわ)
リドルはシリルとほんの一点差だった。それでもクイニーには勝てなかったことにはなるが、彼は筆記は満点だったようだしそれも十分すごいことなのだ。
そこでクイニーはあることを思い出す。
それはパーティー前に交わしたリドルとの約束。
「みなさま、ごきげんよう」
颯爽と現れた噂の令嬢に女子たちは一斉に静かになる。
この空気感は悪女っぽいぞ、とクイニーは内心沸き立つ。
「私、リドル様と約束があるのですが……構わないですか?」
こくりと頷いたのを見届けてからリドルの腕を引いて歩き出した。
数分後、2人は馬車に揺られていた。
クイニーの向かい側に座るリドルは伺うようにクイニーに尋ねた。
「……どこへ?」
「あら、約束を忘れたとは言わせませんわ。モデルになってくれる約束でしょう?」
「それは僕と君がパートナーになった場合の約束であって」
パートナーになっていないからその約束は無効だ、と続けようとしたらしいが、リドルは不服げに目を逸らした。
「……ご令嬢方に囲まれるのは好きではないでしょう? だから私が助けた、そのお礼ってことにしましょ」
リドルは一瞬目を見開いた。完璧に対応していたつもりだったのだろう。
「リドル様は私と似てるって仰いましたよね。私もああいうの苦手なので、一緒かなと思いまして」
「……分かったよ。モデルは助けてくれたお礼だ」
観念したように肩をすくめたリドルにクイニーは上機嫌に笑った。
この数日間、腹黒を負かしているのは普通に嬉しい。
「まあ、これも似合うわ! 叔父様どうしよう、私最高のモデルを見つけちゃったみたいだわ!」
ブルージュに着くとすぐにクイニーはリドルに服をあてて見ていく。
リドルはというと面白おかしそうにその様子を眺めながらモデルをこなしていた。
「いやあ、すみませんねえ。こうなるっと長くって」
「いえ、構いませんよ。僕も楽しいです」
そう言う叔父も上機嫌だ。近くのテーブルに紅茶とお菓子を置いて「好きなだけいてください」と言わんばかりだ。
クッキーに手を伸ばしかけたリドルだったが、さっとクイニーに腕をとられてしまう。どきりとしたが彼女は腕の長さを測るのに集中していて全く意図した行動ではないのだと思った。
「リドル様はシックな色がお似合いになるのですね。迷うけれど、写真も撮らないといけないし早く決めないと」
「僕1人で撮るの?」
「え? ああ、心配なさらないで。叔父様はカメラの腕前も抜群なので!」
意気揚々と叔父に写真の準備を要求するクイニーに、リドルは「そうじゃなくて」といたずらっぽく笑う。
「僕1人よりも2人の方がいいでしょう? ほら、踊っているシーンなんてどうかな」
そんなに私と踊りたかったの? と質問する間もなく、クイニーは叔父にドレスを押し付けられていた。
こういう時の行動力は無駄に早いのはなぜ。
庭で撮影することとなったのだが、草木や花に囲まれるリドルはまさしく王子様だった。
シックなネイビーのベストに白のジャケットが映える。
クイニーは叔父おすすめの真っ白のフリルが何層にもなったドレスを着ている。
すっかりスイッチが入り、プロカメラマンになってしまった叔父の要求は激しかった。
もっとくっつけだの、顔を寄せろだの、まあしつこい。
「白も似合うんだね」
クイニーはかなりの至近距離で尋ねられたことに一瞬驚き、顔を思いっきり背けた。
「……私が白は似合わないなんていつ言いました?」
「でも君は赤のイメージが強くて。誰かさんとお揃いの目の色だから、お気に入りなのかと思って。ところで彼は今日は来ていないんだね?」
「シリルは私の侍従ではないので。昨日の今日で一緒にいたら噂好きのみなさまが何を言い出すか……」
やれやれと肩をすくめる。
シリルだって自分と噂を立てられたって嬉しくないだろう。
リドルはへえ、と呟くと微笑した。
「そういえば、君には婚約者がいるんだよね? たしか伯爵家の」
「そうですけれど。なぜ?」
あからさまに不機嫌になって聞き返す。
デブ伯爵とは実際会ったことはまだないが、2回りも年上のおじさんとなんて誰が嬉しいのか。
美化されるはずの写真も彼の皮脂油は隠せなかったようだし。
「僕といて怒るんじゃないかなって」
「ああ……私、その方とはいつか婚約を解消するつもりなんです」
「へえ。どうして?」
「それは……父の事業の駒だけの存在になりたくなくて」
第一の理由、見た目がちょっと、というのは伏せた。
「でも簡単にはいかないかと……私に子爵令嬢としての地位がなくなれば話は別でしょうが、父は利益のないことはしない人なので」
「じゃあ、僕が婚約を解消してあげようか」
「はい?」
どうやって、と目を丸くしたのと同時にぐいっと引き寄せられた。体制を崩したクイニーはリドルにもたれかかる。
その瞬間、鳴るシャッター音。
「侯爵家の僕がより有益な事柄を与える。その代わりに婚約解消をお願いしてみるよ」
「…………そんな上手い話、あなたには何の利益だってないでしょう?」
「ありますよ」
そうリドルは不敵に笑った。




