18. 主役はパーティーを抜け出すもの
差し出された手と、シリルの赤い瞳をクイニーは唖然と見つめていた。
「お嬢さま、ほら早く手を取ってください」
催促するように囁かれ、クイニーは慌てて頷いた。
そのまま会場の中央へと手を引かれていく。
音楽が流れ出し、シリルはふわりとクイニーの腰に手を添える。
真っ黒のスーツにシリルは赤色の差し色を入れていた。
側から見れば、最初からパートナーになるべき2人だった――そう思ってしまうくらいお似合いで。
「クイニー、1位になれてよかったね」
2人にしか聞こえない声でシリルは話しかける。
クイニーはようやく状況が飲み込めてきたようで、シリルを少しだけ睨む。
「シリルが1位になったら意味ないじゃない。リドル様と踊ることで反感を買う予定だったのに」
「でも孤高の令嬢には近づけたんじゃない? それに、1位を取ったクイニーにそんな反感の目を向けるひとは今のところいないと思うし」
周りに少し目を向ければ、クイニーたちを見つめてうっとりしている。
たしかに、これでは批判はされないかもしれない。
「まあ、あの腹黒に勝てたからいいけどね」
と、クイニーは持ち前のポジティブ思考で思い直す。
シリルは「リドル様悔しそうな顔してますよ」と揶揄うように言うのでクイニーもそれを見て一緒になって笑った。
「でも、まさかいつも点数よくないシリルが2位になるなんてね。まさかちゃんと勉強したの?」
「いーや。特に勉強はしてないよ。少し教科書を読んだだけ」
「……それちょっとイラッとするのだけど」
「まあまあ。クイニーには敵わないよ」
クイニーはシリルの点が自分より2点下だったことを思い出し、少し得意げになった。
「シリルはいつも私よりちょっとだけ下よね。ねえ、悔しかったりするの?」
シリルはその質問に少しだけ戸惑うように微笑んだ。
まさか、謀って数点下回るようにしていることなんて、クイニーは知る由もないのだから。
「クイニーが嬉しそうだから、いいかなって」
この返答にクイニーは目を瞬かせた。
それから一言、
「変わってるわね……」
と憐れむように言う。
全く心外である。
シリルはいたずらっぽく笑みを浮かべた。
それからすぐに、ぐるりと勢いよくクイニーをターンさせた。難しいステップに会場も湧き上がる。
「ちょっと、急にやめてよ!」とクイニーは小声で怒るもシリルはしたり顔で笑うだけ。
ダンスの主導権は完全にシリルのもので、そんな彼のかっこよさに気がつき出したのか、黄色い声が上がり始める。
それに気がついてクイニーは思わずシリルを引っ張る。
男性側の振り付けを一瞬取り込んで、リードを奪う。
それにまた会場は沸き立つ。誰もが目を離せない、そんなドキドキするダンスだ。
「ほんと、負けず嫌いなんですから」
「あなたが目立ったら私が霞んじゃうでしょ」
それに、シリルがかっこいいことを知っているのは自分だけでいい。
(独占欲? 悪役令嬢っぽい考え方になってきたじゃない)
クイニーはふふ、と人知れず笑った。
シリルはそのあと優しいリードに戻し、クイニーもそれに身を任せた。
長いようで、あっという間に一曲が終わった。
クイニーは優雅に沈み込み、礼をした。
わあっと歓声が起こる。
2人はしばらくその雰囲気に包まれながら、見つめあっていた。
パーティ会場から抜け出してきてクイニーは中庭のベンチに座っていた。ぼうっと空を見上げている。
たくさんの人に話かけられ、その都度ニコニコして丁寧に対応する。置いてあったスイーツやドリンクにも一切手をつけられなかった。
「さすがの悪役令嬢でもお疲れみたいだ」
声のした方を見ればシリルが立っている。
人の気配にも気が付かないなんて、相当疲れているらしかった。
そんなクイニーの前に、ずいっとスイーツが差し出される。フランボワーズのケーキはクイニーが1番気になっていたものだ。
「はい、お疲れだろうと思って持ってきたよ。どうせ何も食べてないだろ」
「ありがとう、さすがシリルだわ」
「クイニーの好物くらい分かるよ」
クイニーがケーキを頬張るのを眺めつつシリルは横に腰掛けた。
食べる所作が綺麗だ。思わず見惚れてしまう。
彼女はますます完璧な孤高の令嬢へと突き進んでいる。
「もし本当に追放されたら、クイニーは何をするの?」
そんな疑問が口をついて出ていた。
「そうね……外国旅行をしたいわ。それに私も叔父様のようにお洋服に携われる仕事ができたらいいわよねー!」
「楽しそうだな……」
キラキラと目を輝かせてあれもしたいこれもしたい、と楽しそうに語るクイニーにシリルはくすっと笑みをこぼした。
「だから早く追放されたいのだけど……なかなか上手くいかないわよね」
「追放されるにはよっぽどのことをしなくちゃならないからね」
今のところクイニーがやっているのは善行だよ……とシリルは言いたくなった。
キャンディスにはもちろん、恋のお相手にだって嫌われるようなことは何一つしていないのだから。
「キャンディスが意外と予測不能でね……でもいじめは嫌よ! 私、そんな人として醜いことはしないわ」
「なんかいっそのこと、自ら家を飛び出したほうが早そうだね」
ケラケラ笑うシリルにクイニーもその方が早いかも、と思う。
「でも、シリルとイザベラを守る役目があるから。それまでは悪役を全うするつもりよ」
ふわりと微笑む――赤い瞳を煌めかせ自信に満ちた笑顔。
シリルは目を奪われる。衝動的に抱き寄せそうになった腕をなんとか引っ込めた。
「私がいなくなったら、イザベラのことよろしくね。私、アラン様とイザベラはお似合いだと思うのよ。だけどあんな調子じゃあ無理でしょうから……」
クイニーはその後もペラペラと自分がいない将来の話を話し続ける。
「…………俺も一緒に行くよ」
どうして1人でいなくなろうとするんだ。
クイニーはきっと『私一人旅がしたいのだけど』だとか言うのだろう。彼女はそういう人だ。
パッと笑顔を作り「なんてね」と笑い飛ばそうと顔を上げたシリルだったが、予想外のクイニーの表情に思わずその顔を崩した。
「一緒に来て、くれるの?」
ひどく拍子抜けしたような顔だった。
用意していた軽口もどこかへ吹き飛び、シリルは呆然とする。クイニーは逆にあせあせと「何言ってるのかしら私」と繕い始める。
「あなたはイザベラの侍従だもの。私の侍従ならともかく、他のお家を私の我儘に沸き込むわけにはいかないわ」
「俺が、クイニーと一緒に行きたいって言ってるんだけど。そっちの方がよっぽど我儘だ」
シリルは身を乗り出す。
クイニーはその眼差しの力強さに視線をはずした。
「クイニーと旅をしたら楽しそうだしね」
「もう、調子いいんだから」
シリルがいたずらっぽく笑って、クイニーも絆される。
どうせならイザベラも誘って3人旅にしたら楽しそう、だとかそんな話に花を咲かせた。
そうこうしているうちにパーティーは終わっていた。
――主役2人は抜け出したまま。




