17. 試験結果の運命やいかに
クイニーは扇子の下でほくそ笑んでいた。
見渡す限り、ターコイズブルー。
試験終わりのパーティー会場は、クイニーの策略通り広めた色で染まっている。
クイニーの副業(学園内でのお洋服相談)やブルージュのおかげでクイニーがこの学園の誰よりもファッションに長けていると知れたことで、みんな『ターコイズブルーがくるわ』という言葉をあっけなく信じた。
そのおかげで、クイニーの真っ赤なドレスは華やかで、とても目を惹く。
「やっぱりクイニーお嬢さまはそうくると思ってましたよ」
声のした方を振り返れば、そこにはシリルとイザベラが立っていた。
シリルは侍従らしいスーツに身を包み、ポケットからは赤いハンカチを覗かせている。
一方、イザベラはいささか不機嫌そうにクイニーを見ていた。イザベラは青いドレスに身を包んでいる。
「ねえ、クイニー。なんで私が怒ってるかわかる?」
「……わあ、すっごく素敵なドレス。私が選んだだけあるわ」
クイニーはすっとぼけた。
視界の端にそわそわするアランを発見したから余計に。
アランの衣装も青色ベースで仕立て上げられている。
ターコイズブルーしかいない会場内で、同じ青色を着るのはこの2人だけだ。圧倒的に目立つ。
「似合ってるからいいじゃない」
「よくないわ……ああ、ほらきちゃった」
どうやら目があったらしい、クイニーたちの輪にアランが加わる。分かりやすく照れているアランにクイニーは面白がって揶揄いたくなってしまう。
「もうイザベラと踊る気満々なんですね?」
「ま、まあな」
「ちゃんと申し込まないと盗られちゃうかもしれませんわよ。この通り、イザベラは可愛いですから」
にこりと笑えば、イザベラは許すまじ、という顔でクイニーを見た。
しかしまあ、なんだかんだいって了承するあたりがイザベラの良いところなのだが。
クイニーが微笑ましく思っているところへ、
「姐さん!!」
と、よく通る声が耳をつんざいた。
美少女設定はどこへやら、ノエが突撃してくる。
突撃以外の登場の仕方はないのか、と某ヒロインのことを思い浮かべた。
ノエはクイニーが広めた流行は知らなかったようで、髪色の紫のタイをつけている。
「さっきぶりですね。ノエ様のお洋服もとっても綺麗です」
「姐さんってば、ボクに敬語はよしてくださいよー。でも姐さんに気に入っていただけて嬉しいです!」
「えっと……じゃあノエも私のこと楽に呼んでちょうだい」
さすがに伯爵令息を呼び捨てになどできない、とクイニーが言うとノエは若干不満げに了承した。
元ヤンだからか上下関係は重視するらしい。
「クイニー様ぁっ!」
「うぐっ」
本家の突撃はやはりこうでないと――感心にも似た思いで振り返ればキャンディスが突撃した反動でよろめいているところだった。
「姐さんになんてことを!」
「え? クイニー様は姐さんだったんです……?」
「ちょっとややこしくなるからノエは黙ってて。それからキャンディスさんは普通に正面から来て」
時差で腰をやられたクイニーはシリルに支えられつつ2人に告げた。
キャンディスがキラキラと目を輝かせているのを見て、クイニーは間違えた、と気が付いた。
これでは普通にお友達ではないか。
「あれ、キャンディスさん、それは入学パーティーで着ていたドレスだよね」
シリルが気がついて声をかけた。
キャンディスはあの日と同じ、母の形見だというドレスを着ていた。しかしあの日のような野暮ったさはなく、小綺麗にまとまっている。
「はい、クイニー様に言われてあれからブルージュさんに通ったり、自分で勉強をしたんです。本当はあの素敵な黒い本をもっと読みたかったんですけど……」
クイニーは後ろめたさもあって顔を背けた。
いや、元々自分のものなのだから後ろめたさも何もないが。アランはあの本を王立図書館のものだと説明し返してもらったらしい。
クイニーの自叙伝、とんだ大出世である。
「ま、まあ叔父様の指導なら間違いないわね。ダサさもなくなって、お母様も喜んでると思うわ」
「はい! ありがとうございます!」
……なんともにこやかな雰囲気。
ヒロインをいじめるだけの悪役はクイニーの目指すべきところではない。
キャンディスが誰とも恋の兆候を見せない今、キャンディスがクイニーに憧れているのは損ではないはずだ。
(敵わないと思わせて、それを乗り越えて強くなってもらわないと。華々しく断罪されることこそ、悪役令嬢の集大成ですもの)
クイニーは未来を想像して少しだけ微笑んだ。
「クイニーさん。こんばんは」
「ごきげんよう、リドル様。……あら、リドル様はターコイズブルーのお洋服ではないのですね」
「君だって赤いドレスを着ているでしょう? ターコイズブルーの流行に呑まれなくてよかったです」
颯爽と現れ、リドルは笑みを浮かべた。
きっと意図してクイニーが流したのだと気が付かれている。
(私は別に腹黒じゃないわよ……それにあなたは私と違って目立ちたいわけではないでしょうし)
そんなリドルは瞳と同じ、深いグリーンのスーツを着ている。レッドベルベットのタイが妙に目につく。
「……あれ、クイニーお嬢さまと踊る気満々ってことですよね」
シリルがこそっと耳打ちしてくる。
「まだ私が一位になるとも限らないのに、リドル様がそんなことするかしら?」
「クイニーお嬢さまが一位になるって信じてるってことでしょう……自分が一位になるってこともですけど」
シリルが不愉快そうに言ったのをリドルは感知したらしく、こちらに向かって微笑みかける。
そのなんとも有無を言わさぬ感じが、腹黒攻略対象って感じだ。
そのとき、試験結果、順位発表を知らせるアナウンスが聞こえた。
重々しい雰囲気で学園長が出てくる様をクイニーはじっと眺めている。
緊張――ももちろんだが学園長のスーツのダサさに釘付けになっていた。
こんな時でもクイニーはブレない。
「ちょっとは緊張してください」とシリルが肩をすくめたため、クイニーは神妙な面持ちを作り直した。
「此度の学期末試験の一位は誠に優秀な成績であった。男女総合一位は学園初の女子生徒である」
この発言にリドルはクイニーをチラ見した。
クイニーは(作った)神妙な面持ちでそれを聞いている。
「1位は500満点中497点――1学年のクイニー・エタンセル」
わあっと拍手が起こった。
これにはさすがのクイニーも頬が緩んでしまう。
(やったわ、私が一位!! よく頑張ったわ私!)
どうやら落とした3点は筆記試験での凡ミスだったらしい。驚くことに、魔法試験は満点だったらしい。
「総合2位は男子1位の成績を収めた。彼も非常に優秀であった。1位とは2点差であった」
クイニーはリドルを見る。あんなに偉そうなことを言っておいて2点もクイニーに負けたなんて、良い揶揄う材料になりそうだ。
しかし、学園長の口から飛び出た名前は全くクイニーの予想だにしていなかった人物だった。
「1学年、シリル・ファニング」
「…………え?」
スポットライトが最初から2人を捕らえていたかのように向けられた。
驚いているクイニーにシリルはにこりと笑う。
それから手を差し出した。
「1位同士はパートナーを組む……でしたっけ?」




