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16. 元ヤンっていうか

 

「こんにちは。ボクはノエといいます。よろしくお願いします」


 ノエ・オルタンシア。

 彼は伯爵令息であり、優秀な魔法士になると期待されている学園きっての期待の一年生だ。


 にこりと笑う姿はまさに可憐な花のよう。


(だけど、彼が美少女の皮を被った超絶毒舌の元ヤン気質だなんて、誰も信じないでしょうね)


 乙女ゲーム御用達、ギャップ。

 彼は可愛らしい見た目を逆手に取り、馬鹿にしてきた相手を片っ端から打ちのめしていくタイプの人間だ。


 きっと心の中では『チョロそうな相手に当たってラッキー』だとか思っているに違いない。


(そういえば、ゲームの中でヒロインが攻略対象とバトルするシーンがあったような……でもなぜかしら、あまり印象に残っていないのよね……)


 ヒロインが戦って少し好感度をアップさせるイベントであることは間違いないけれど……ここに立っているのはヒロインではなくただのモブ令嬢。


 しかし考えていてもどうしようもない。今から彼と戦って勝たなければいけないことに変わりはないのだから。


 クイニーはふうと一息つくと余裕たっぷりの表情を浮かべた。焦りは決して見せない。



 試合開始をならせる鐘が鳴った。

 勢いよく飛び出してきたノエにクイニーは思わず驚くが――その身体はノエを難なくかわしていた。


(あら、思ったほど強くない……?)


 少しよぎった疑問を捨て、クイニーはすぐさま得意の火属性魔法を発射する。それなのに、ノエは何故か火に対しては弱い土魔法を発動してくる。

 あっさりと土魔法をかき消し、クイニーの加点を知らせるランプが鳴る。

 あのランプが早く5回点灯した方が勝ちだ。


(それにしてもずいぶん弱いわね……私、知らぬ間に強くなってたとか?)


 伺うようにノエを見れば、ノエは目を丸くしている。

 明らかに焦っている様子だ。


 こんなに悔しそうな顔はあまり見ないかもしれない。

 しかしヒロインが戦って勝っているならそれくらい見たことがあってもおかしくないけど――


 そこまで考えて、クイニーははっとした。


(これ、きっとチュートリアルバトルなんだわ!)



 このゲームのチュートリアルバトルは試験の時に発生する。しかし魔法を勉強したてのヒロインは全く歯が立たず――それはシステム上のことであり、どんなにレベルを上げていたって負け確なのだが。


 ヒロインが『次は負けない!』と前をすぐ向くことで攻略対象たちの好感度を上げるのだ。


 大事なのはここからで。それに合わせて、もちろん戦う相手だってレベルは激弱になっている。

 ……ではクイニーはどうか?


(ラスボスのシリルはその辺りの影響がなかったんだわ。むしろ魔法の特訓もしていたからゲームの中より今のシリルの方がすごいはずだわ。そんなシリルに教えてもらった私も……)


 つまり、激弱キャラたちの中でクイニーは無双ができる状態である、ということ。


 自然と笑みが溢れた。

 とことん無双してやろう、という悪い笑みだ。


「ねえ、ノエ様。そんな美少女の皮なんてかぶらないでくださいな」

「……は?」


 手始めに喧嘩を売ることにした。

 ちなみにこの時点でノエは元ヤン気質なのは隠している。


(ヒロインが女の子だって間違えて友達になりたいって言った時にすっごいキレて発覚するんだっけ)


 しかしまだ彼の沸点には届かなかったらしい。知らん顔をしている。


「……なんのことでしょう」

「あら、隠さなくったっていいんですよ。私、ありのままのノエ様と戦ってみたいだけですわ」


 ノエは怪訝そうな顔を浮かべたあと、高威力の水魔法を繰り出してきた。

 しかし今のクイニーにとってはジョウロのお水である。


「あら、ごめんなさい」

「…………まじかよ」


 マッチレベルの火で高威力の魔法がかき消されたことにノエは唖然とした。


 これには審査員の先生たちも目をパチクリさせるしかない。


 クイニーは飄々とした様子でノエの近くまで魔法を乱発しながら歩いていく。ノエは少したじろいでそのまま尻餅をついてしまった。


 加点を知らせるランプが鳴りっぱなし。あと一点だと告げている。


「ふふ、私の勝ちみたいですね」


 にこりとクイニーは優雅に微笑んだ。


 下から見上げるその姿はまるで赤い目を光らせる猛獣――


 クイニーはノエのおでこを指で弾いた。

 同時に試合終了の合図。

 割と威力があったらしく、ノエのおでこはじんじんと赤くなっていた。


「ごめんなさい、立ち上がれますか?」


 クイニーが手を差し出してノエを引っ張ろうとすると。


「かっけえ……」

「え?」

「かっこいい! 姉貴って呼ばせてください!!」


 ノエの目はキラキラと輝いている。

 まるで幼い子供のようなそれにクイニーは思わずむず痒くなる。


「せめて姐さんにして……」


 と、何故か意味のわからない提案をしてしまった。

 姐さんってなんだ、姐さんって。


「姐さん、なんかすごいこう、ハンターみたいっつうか、その赤い目もめっちゃかっこいいっすね!!」

「あ、ありがとう……」


 子供を通り越して、もはや尻尾が見えそうだった。

 赤い目がフェイクなことに少し罪悪感を覚える。


(毒舌は見れなかったわね……これじゃあもう忠犬だわ)


 こんなことは望んでいない。

 攻略対象に懐かれるなんて、悪役令嬢としてはあってはならないのだ。


 クイニーはとりあえず大きくため息をついた。

 どっと疲れが溜まったようだった。



 対戦型試験、クイニー圧勝。

 こうして危惧していた試験はあっという間に終わったのだった。


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