第一話
よろしくお願いします。
「えー、この文章は─━」
心地よい春の日差し、襲い来る午後の眠気。
顔が下を向かないように肘をついて顔を固定しておく。
訳のわからない単語、文法、文章のオンパレード……英語程眠たくなる授業はない。
「全く……日本にいるんだから英語必要ないだろ」
「それお前が勉強したくないだけでしょ」
「そんな事ないわ」
「またまたぁ」
「つーか次の問題の解答お前だぞ」
「えっ、やばっ!」
隣の席のクラスメイトは急いで問題を解くためにちょっかいかけるのを止める。
全く……眠い時に限って茶化してくるから性質が悪い。
まぁでも授業聞いてなさそうだから次の問題が答えられなくて先生に怒られるのは確定だしよしとしよう。
「問題を聞いてないとは何事ですか。ちゃんと集中してください。では、この問題は……隣の猪野君に答えてもらいましょう」
なんてこった、非常についてない。
ここで俺も話を聞いていませんでしたとなれば一層酷く怒られてしまう。
幸いにも問題は選択式、一か八か勘で答えるしかない。
「はい、えっと……4番?」
「それはさっき神城君が答えた番号ですよ。正解は1です」
オーマイゴット。
「皆さん、この二人の様に話を聞かないのは駄目ですよ!」
先生のある程度の小言の後に罰としてしばらく立った状態で授業を受けることになった。
「ドンマイ」
「お前もな」
‐‐‐‐‐
時は過ぎて放課後。
日がだいぶ傾いて、校舎に残る生徒は段々と帰り始めている。
「はぁ……死ぬほどダルイ」
英語の授業の後、数学の授業でもまたやらかしてしまったのでこの時間まで担任から注意を受けていた。
そしてやっと解放されて荷物を取りに教室まで戻っている所だ。
「さっさと帰ろう……」
ただでさえクラスの奴らから相当いじられたのにこの仕打ちは酷い。
全部自分のせいなんだけどさ。
愚痴をこぼしつつ教室に戻る。
「あっ猪野じゃん、おっつ~」
「おつかれ……」
教室にはギャルギャルしている桜坂とイケメンの弘瀬とその取り巻きが残っていた。
普段は俺も取り巻き側に入っているが今は関わりたくないので足早に荷物を取って動く。
「今日は災難だったね、彰」
「あ、あぁ……ありがとう」
しかし行動を読まれていたのか弘瀬に声をかけられた。
グループのリーダー格から話題を振られた以上、次は取り巻き共のいじりが始まるだろう。
「弘瀬君やっさし~」
「つか、優しくする必要ないんじゃね」
「そーそー、日頃の行いが悪いからこうなんだよ」
「自業自得ぅ!」
「どうしてそんなに寝れるのかほんと謎だよね〜」
「「「「それな」」」」」
わいわいがやがやと取り巻き共は俺を囃し立てる。
死ぬほどウザいし、早く帰りたい。
何とかしてこの場を離れないと…
「今日はたまたま眠かっただけだっての」
「ダウト」
「嘘は駄目だぞ〜」
「居眠りは今日に始まったことじゃないじゃーん」
「痛い所突いてくるな……もう」
駄目だ、止まる気配がない。
このままだと下校時間ギリギリまでサンドバック状態が続いてしまう。
早急に手を打たねば。
そう思い弘瀬にヘルプの視線を送る。
彼はやれやれといった様子で取り巻き達を宥める。
「まぁまぁ、彰も懲りただろうしその辺にしようね」
「そう〜?」
「まぁ弘瀬がそういうなら良いんじゃね」
「そんじゃあまぁこの程度にしておきますか」
「あっ、そう言えば今日用事あったの忘れてたわ。ごめん先帰るわ」
よっぽど大事な用事だったのか慌ただしい様子で取り巻きが一人帰る。
それに釣られて取り巻きがそれぞれの用事を思い出して足早に帰って行く。
そして気づいた頃には俺と弘瀬と桜坂だけが教室に残っていた。
「……じ、じゃあ俺も帰るわ。さいなら〜」
早歩きで教室から出ようとすると、桜坂が腕を掴んで引き止めてくる。
「ちょっ、流石にひぃ君と二人きりは気まずいっての」
あー…確か桜坂は弘瀬の事が好きなんだったか?
そろそろ付き合ってると思ってたのにまだなのかよ。
「強く生きろよ……」
掴んでる桜坂を引きずって強引に外へ向かう。
だが一歩一歩が重くて動けない……力強くね?
だが負けん……俺は帰るぞぉ!桜坂!
「ほんっとに!お願いだから残ってよ〜!」
知らん残るな今すぐに帰れ。
何が悲しくてイチャコラしてるカップル未満の二人の間に入らなくてはいけないのだろうか。
主役級の二人に比べ、俺は特に取柄もない取り巻き……というかモブにも等しい。
そんな|モブ(俺)が二人の間に入る?無理過ぎて死ねる。
「………」
おい止めろ弘瀬、お前までそんな目で見るんじゃない。
これじゃまるで俺が悪人みたいじゃないか。
くっ、無理だ……さっき助けて貰った俺には抗えない眼光……
「分かった、分かったから……離してくれ」
「やった!」
小さくガッツポーズして喜ぶ桜坂。
弘瀬も同じ様に喜んで胸を撫で下ろしている。
お前ら両片思いなんだから恥ずかしがるなよな……
という事で、非常に不本意だがこの場に残ることになってしまった。
解せぬ。
早く帰りたいなぁ……
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あれから小一時間が経った。
基本的に俺は相槌を打つだけだ。
ただ二人がイチャイチャしてる空間にいるってどんな地獄?
これはきっと新手の拷問だ……
「でさ!駅前のクレープ屋がマジで美味しかったの!レベル的には前に実と食べたマシュマロンパフェと同じくらい!」
目を輝かせる桜坂。
今時のJKってそんな甘い物が好きなのかね。
「ほんと、光葉は甘い物が好きだよね。程々にしとかないと太っちゃうよ?」
おいおい……女子に言っちゃダメなワードランキング上位だろうそれは。
ただこいつはそれを悪意なしの心配で言ってるからタチが悪い。
「なっ、女の子に太るとか言うなし!」
案の定怒る桜坂。
声のトーン的に、これは真面目に怒ってる。
ちょっとこれは止めといた方がいいな……仲裁しないと後々文句言われそうだし
「ま、まぁまぁ……弘瀬も桜坂を心配して言ったんだろ」
「でもやっぱ太るって言われるのは嫌だな……」
「そりゃそうだよな。ほら、弘瀬も謝っとけ。女子はこういうのに敏感なんだからさ」
弘瀬の肩を叩き、謝っとけと小声でもう一度伝える。
こうでもしないと自分が悪い事を言ったって気づかないから本当に面倒くさい。
「う、うん……彼の言う通りだね。ごめん」
頭を90度に下げる弘瀬。
その様子を見て自分も過剰に反応したと言う桜坂。
どうせ二人は仲直りしてまた喋りだすだろう。
そんななんて事ない、ただの痴話喧嘩。
……あ〜早く帰りたい。
というかいつになったら帰るんだこいつらは。
もう日も落ちて来ているしそろそろ完全下校の時間なんだけど……
不意にガラガラ、と教室のドアが開く。
中に入って来たのは同じクラスの神城だった。
「おー、猪野じゃねぇか。何で残ってんだ?」
「ちょっと事情があってな」
俺の事情ではないけどな、と心の中で一言加えておく。
「お前は何でこんな遅くまでいるんだ?」
「補修」
確かうちの高校は全教科30点未満の場合に限り補修がある。
しかし全教科赤点なんて取るやつがいないから補修受けるやつなんて幻だと思ってたが……
「お、おぉう……マジか」
「マジだっつの。かったるいったらねぇわ」
そう言いながら神城は鞄から教科書を取り出して無造作に机の上に投げる。
これまた、ワイルドな置き勉でとかいったら殴られるかな?うん、殴られるな。
「お前ら帰えんねーの?」
神城が適当な机に座って話しかけてくる。
「僕らはちょっと用事があってね」
俺は今すぐにでも帰りたいんだが。
何も用事ないし。
「あの……弘瀬。何の用事があるんだ?」
「今朝、僕と光葉の下駄箱にこんな手紙が入っててね」
弘瀬が手紙を渡してくる。
一瞬躊躇ったが、渡して来た以上読まれても困る物じゃないと思い手紙を読む。
【黄昏に堕ちる教室にて世界が交わる】
手紙にはたったそれ一言だけが書かれていた。
「何だこれ」
「さぁ……ただ、光葉にも同じ手紙が来てたんだ」
「で、面白そうだから残って何が起きるか待ってみよーってなったの」
そんな事の為に俺は小一時間無駄にしたのか……
項垂れていると、話を聞いた神城が鞄を漁り出した。
「あー思い出した。俺も変な手紙貰ってたわ。てっきり果たし状だと思ってたんだが……」
鞄から手紙を見つけ出す神城。
手紙を果たし状と間違えてる所にツッコミを入れたいが今はそれよりもこの場から離れたい。
三人に届いた謎の手紙、意味は分からないが何だか嫌な予感がする。
「ごめん、マジで帰っていいか?」
「ビビんなよ〜男でしょ?」
やかましい、俺は昔から危機察知能力だけは高いんだ。
それがMAXレベルでの警鐘を鳴らしている……気がするんだ。
ここで帰らないととんでもない事になりそうな、そんな予感が。
「まぁまぁ……そう言わないでくれ。あと10分経ったら帰るからさ、ね?」
「いや、待てない。埋め合わせはまたする、悪いけど帰らしてくれ」
必死の抗議と視線に弘瀬は少し悩む素振りを見せる。
段々と嫌な予感が強まっている……ふざけてはいられない程に。
「はぁ……分かったよ。光葉、いいよね?」
「うーん……目がマジだししゃーないか。それに神城がいるから二人じゃ、ないしね」
「俺はお前らと話す気はねぇんだけど」
そう言って携帯を取り出して弄り始めた。
……まぁ話に入って来なくてもいるにはいるんだから二人きりよりはマシだろう。
「じゃ、じゃあ帰るわ」
荷物を背負って小走りで出口へと向かう。
だが━━
「………」
「……?どうしたんだい?」
「……開かない」
引けば簡単に開くはずのドアが開かない。
どんなに強く引っ張ってもビクともしない。
今度は窓の鍵を開けて開こうとするが、まるで接着剤で固定されてるように動かなかった。
「おい、ちょっとどけ!」
「えっ?ちょっ」
神城が椅子を持って窓に振りかぶる。
割れると思いすぐ離れるが、窓ガラスは傷一つつかなかった。
「くそっ……どうなってんだよ!」
「ねぇ、ひぃ君……あれ、何?」
桜坂が不安そうに弘瀬にくっつく。
彼女の指差す方向を見ると、丁度教室の真ん中に白い球体が回転していた。
球体はこころなしか段々と回るスピードが速くなっている。
この明らかに異常な状態に脂汗が止まらない。
「ヤバイヤバイヤバイ……神城、弘瀬!三人でドアをこじ開け━━」
神城と弘瀬に視線を戻す。
しかし彼らは消えていた……下半身を残して。
「なっ、んだよ、これ」
不思議な事に血は出ていない。
その事が一層恐怖を駆り立てる。
しかし瞬きの間に彼らの下半身は消えてしまった。
「……そうだ、桜坂は」
この場に残っている桜坂を思い出す。
だが桜坂も教室から姿を消していた。
これで、教室に残るただ一人となってしまう。
「どうなるんだよ……これ」
白い球体を数分程警戒して眺めていると、突然赤色に変わる。
それに伴い、急に自分の体がセメントで固められたように動かせなくなった。
【error error error】
【適応者以外の生命体を検知、異常事態により該当生命体を排除します】
何処からともなく機械質な声が聞こえる。
言ってる事は何となく想像がつく。
これが何の実験かいたずらかは分からないが、恐らく俺は頭数には入っていなかったのだろう。
その証拠に三人は手紙を貰っていたが俺だけは持ってない。
つまりこの状況における俺は異分子という事になる。
【反転、滅却処理を始めます】
声が聞こえた後に赤い球体が反転し始める。
先ほどとは違いけたたましい轟音を鳴らしながら、だ。
「う、そだろ……おい!」
全身の毛が逆立つのを感じる。
冷や汗も止まらない。
今すぐにでも逃げないといけないと本能が警鐘を鳴らしているが、体が全く動かない。
「はは……これ無理そうだわ」
嫌でも分かる。
俺は消される、文字通りに。
現に、赤い球の周りにある椅子とか机とかが消されていってる。
外には出られないし、どんなに足掻いても消されるのは回避できそうにないな。
目を瞑ると走馬灯が見える。
これはいよいよおしまいだ……くそっ
死にたくないなぁ……
【警告、自動操作から手動操作に切り替わります】
靴先辺りが消え出した所で球体が止まった。
そして今度は青色に変わる。
【対象の生命体情報確認……成功】
【対象の魔力量確認……成功】
【複製転移の成功確率……100%】
【基準値をクリアしましたので次段階に移行します】
淡々と告げる球体を見つめるしかできない。
手動操作に変わったってことは……もしかして助けられた?
真実を確認する術もなくただ時間だけが経っていく。
【転移座標固定……成功】
【スキル定着……成功】
【エクストラスキルを確認……既存スキルと統合】
【ジョブ固定……失敗、ランダム設定に切り替えます】
【種族固定……成功】
【世界への隷属……失敗】
【再トライ……失敗】
【再トライ……失敗】
【再トライ……失敗】
【成功確率計算……0.1%】
【基準値を大幅に下回るので隷属化を中止します】
【代替案として大罪スキルの付与を行います……レジストされました】
【これ以上の干渉は不可能です。次の段階へ移行します】
球体が光を放つ。
視界は一瞬で真っ白になり、直後激しい頭痛が襲ってくる。
「うっ、ぐぅぁぁぁ……!!」
【対象の意識を確認、濃度を強めます】
更に激しくなる痛みが襲う。
頭の内側から殴られている様な激痛に目の前が霞んでいく。
【濃度上昇により対象への@×因子定着を確認】
【作業を続行しますか?】
【……続行が受理されました】
「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
痛みにのたうち回れたらどれだけ楽なことか。
耐えることもできそうにない。
助けてくれたんじゃなかったのか。
そう思いながら、俺は何も感じなくなった。
【対象の死亡を確認】
【取得した生命体情報から複製体の作成……成功】
【同時並行で精神の蘇生及び複製体へのペーストを開始……成功】
【異世界転移を開始します】
最後まで読んでいただきありがとうございました。
少しでも良かったと思って貰えたら作者は幸せです。
また、感想や評価を貰えたらより一層励みになるので是非お願いします。
それではまた次回で。