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こんにちは!
ほのぼのラブストーリー……みたいなものを描いてみました!!
ぜひお読みください!
※初版です
あの日から、僕は毎日、自分の弁当の中身を確認するようになった。
なにかの香りか、気配か……
誰かいませんか?
もう出てきていいんですよ。
────ランチボックスの恋は、あの短い夏休みから始まった。
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初夏、某日。
美大附属高校二年、「小草 蒼」。
僕は、教室の角で一人、言葉にならぬ叫び声を上げてしまった。きょとんとして僕を見る、少数のクラスメイト。
───というより、僕を含めて一部の生徒が、教室に屯っているだけだが。
「どうしたんだよ、小草」「弁当の中身なかったのか?」「いやいやそれはねぇだろ」とみんなが寄ってくる。
「いや弁当の中身がない訳じゃないけど」
「けど?」
「───全部、原料に戻されてた……」
教室が一瞬、静まる。それから、
「「─────はぁー!?!?」」
いや嘘だろ、と覗きに来て、まじだ、と言って写真を撮られた。クラスのお調子者、メガネボーイ「朔」だった。
「さく、顔は映すなよ」
「ああ、そこはちゃんと切りとるよ……ってかお前母ちゃんに嫌われたのか?」
「いや、いつも僕が弁当作ってるし」
「自虐かよ」
「だから知らないって……ん?」
妙に、首元が痒い。
みんながやっと、各々の「領土」に戻ったあと、僕はそっと教室から出ていった。
あーあ、なんて日だ。
でもいくらなんだって、自分の弁当に人参半切れ、生米ひとつまみ、椎茸一枚だけをいれてくるわけ……
これから写生大会でもあるのか?いや、ない…はず。
ボケにも程があるだろ……
だが、今はそんなことすら、気にしてはいられない。
─────背中と首が、死にそうなくらい痒い。
「……ネズミでも入ったのかな……」
探ってみる。だがその実体はするする逃げていき、ついには頭の上にのった。
「そこだっ」
平手で思いっきり叩く───がその寸前に、なにかの声が聞こえてきて、僕は手を止めた。
『やめて!!』
だった気がする。
いやいやいやいや。さすがに気のせいだ。
「叩かないで!」
……今度ははっきりときこえてしまった。
誰かが…僕の頭の上に…いる??
僕「誰かいるのか?」
???「声、聞こえるでしょ…」
僕「それだけじゃ誰かがいるって言いきれないよ」
???「……私、いま蒼くんの頭の上にいるよ」
僕「なんで僕の名前を?というか誰?」
???「わっ、もう動かないで!落ちちゃうでしょ」
僕「動いちゃダメなら……君が降りて来ればいいだろ」
???「やーだ」
僕「なーんで」
???「恥ずかしいから」
僕「……あ、ちょっとトイレ行く。君どうする?ついてくるのか?」
???「ああっもうわかったわかった!降りるから、こっち見ないでね」
僕「はいはい」
トイレ行く。その前にそっと振り返った。当たり前かもしれないが、誰もいなかった。
それはそうだよな……。
可愛い声だったな。あと、上に乗っていたはずなのに、全く重くない。
まるで……桜の花びらのようだった。
桜の花びらといえば、僕は昔から弁当運(というかは分からないが)が悪かったのを思い出す。
小学三年生の頃の、春の遠足の日。
みんなで桜の木の下でお弁当を食べることにしたとき、僕のお弁当だけ、中身がぐちゃぐちゃになっていた。
しかも、絶えず上から花びらが舞い降りてくる。いらいらしながら何とか取り除き、腹に流し込む勢いで大半を食べて、残りの一口に一枚、花びらが乗っていることも無視して食べきった覚えがある。
「おそい」
トイレから出ると、さっきの声がした。
「……まだいたんだ」
「うん、いる」
そっと、曲がり角から顔を出してきた。思わず、僕は目を丸くした。
なんと表現すればいいのか、わからなかった。
その色あいは、雪か。月か。あるいは……
人形よりも精巧で小さく、表情が豊かだ。僕のささいな気持ちの変動を読み取るようにして、透明のかかった真っ白の前髪ごしに、ガラスのような淡い緑の瞳がそっと覗く。
眩しいが、落ち着く雰囲気だ。
白のワンピースの裾を、ちょっとつかみ上げながら、
「……もういい?」
「あ、うん、ごめん、ついぼーっとしちゃった。……あのさ」
「どうしたの?」
「僕の弁当の中身がさ…その、原料にもど…」
「それ、私がやった」
「え」
「気づいてくれないから、そのおしおき」
「……僕、何に気づかなかったんだ?」
「私の存在」
……………………。
どういうことだ?
理解が追いつかなかった。代わりに、オドオドしていてもしょうがないと思った僕は、「君さ」と聞き返した。
「いつからいたの?」
「ずっと」
「ずっとってどれくらい?」
「ずっとずっと」
「……昨日からいたのか?」
「もっともっと前。」
「じゃあ、なんで僕が気づかなかったんだろうね」
「……おバカさんだから?」
妖精と会話しているようだった。というより、この少女のサイズから考えて、そうとしか思えなかった。
妖精。
ドラゴンや魔法使いがいるようなファンタジーな世界ではない。ならこの、僕の手のひらに乗るくらいのサイズの少女は────そう、きっと僕は今夢を見ているんだ。
ファンシーすぎる、夢。あ、夢って基本そんな感じだよね。
夏休みがついに始まったと浮かれて、スケッチの練習をしに学校に行くつもりが、ぐっすり寝過ごしてしまってるんだ……。
僕は今、寝ている。
「…なら、ごめんな。ずっと気づかなくて。君……名前、なんて言うの?」
まぁ、続けられるだけ、夢を見続けよう。
「吾輩はお弁当の子である。名前はまだない」
「お弁当の子ってなに」
「お弁当から目覚めた女の子」
「……ほう?」
「お腹すいたらその中身を食べて、バレないように戻しておくのが毎日のタスク」
迷惑極まりないタスクだな。
「……普通にバレてますけど」
「そういうのは積み重ねて行くうちになれるものなの」
「いや、一度でもう十分です」
「成長を待ってくれないなんて…ひどい」
「でもさ、君ずっといたんだろ、じゃあなんで僕のお弁当は今日だけ原料に変わってんの。あと毎回開けても、君がいた覚えはない」
「それは…秘密!───ってちょっと待ってよ、どこ行く気なの」
「学食ん弁当買いに行く」
「えっ!?……そ、それなら」
「またどうしたの………。あっ……!!」
再び歩み出した右足に、重さを感じた。振り向くと、少女は僕の足首に両腕を精一杯回し、目に涙を浮かべていた。
「私も……一緒に行く……!」
胸が痛かったのか。それとも他にわけがあったのか、僕は少し考えてから「ん。いいよ」とだけ呟いた。
僕「ふぅ危なかった。唐揚げ弁当があと一箱しか無かったとは。買えてよかったぁあ」
???「ふーん、よかったね。……あれ、蒼くんって、制服着ないの?」
僕「ん?ああ、着ないわけではないよ。今日は学校がないから、その必要がないだけ。制服の方がよかった?」
???「んーん。こっちの方がフードに乗れるから、こっちでいい。……じゃあ、黒マスクをするのは?」
僕「それはただ……落ち着くから?かな。」
???「髪がちょっと長いのは?髪を坊主にしないのは?」
僕「……そっちの方がよかった?」
意外な趣味だな。この妖精。
それにしても、長い夢だ。どこまで続いてくれるのかな。
???「そんなわけないでしょ、バカ。」
僕「さっきから、大丈夫か?」
???「何が?」
僕「その…質問が突拍子もないから、本当はなにか言いたいのかなって。」
そう自分で聞いておいて、僕は自己解決した。僕が一生懸命弁当に向かっているのを、少女は悲しそうな目でずっと見守っていた。
ふと、心に浮かんだ言葉。
今まで思ったこともなかった言葉。
これからも、使っていくとは思えない言葉。
────多分この子…構って欲しいんだ。
仕方ないな。
せっかくだし。
僕はそっと、彼女の頭を撫でた。それも本当に、自分が出せる最弱の力で、撫でた。少し強い力を加えたら、消えてしまいそうな感じだった。
サラサラで、撫でるとなにか清々しい香りがする。
僕のお弁当の香りとはまた違う。
「一緒に、くる?」
とりあえず、やってみよう。
「どこに?」
「美術室。プレゼントがある」
道中、彼女は何度も何度も、ねぇプレゼントってなに?教えてよ、とお願いしてきたが、頭の中はそれどころじゃなかったから、上手く答えることが出来なかった。
「ついた」
それだけ言って、僕は錆びたドアを無理やり開けた。
「ここが……美術室?」
「ああ。ちょーっと窓のところ……そうそう、ここに座って貰える?あ、こっち向かなくていいよ」
「なにする気なの」
「だから…上手く言葉では伝えられないんだよ。とりあえず待っててほしい」
「はいはい」
そう言って少女は、窓の縁に腰掛け、つまんなそうに頬杖をついて外の山景色を眺めた。
「……」
僕はそれをみて、キャンバスやら、絵の具やらをドタバタ出し始めた。
「えーっと…色は……とりあえず白黒と…」
「どれくらいかかるの?それ」
「え」
「質問に答えて」
こっちを向かなかったから、しっかり表情を読み取れた訳では無い。が、そうとう彼女の顔が赤いのは見てわかった。
思ったよりも、気づかれるのが早かったのか。
「……まぁ、早くて二時間?」
「楽しみにしてるね」
「うん、ありがとう」
「……それから、宿題」
「宿題?」
「描き終わった時に、私に名前をつけて」
「あ、え……うん。わかった」
それっきり、二人とも喋らなかった。
名前、か。
趣味で小説を書いてた頃に、キャラにかっこよさそうな名前をつけて以来だ。
だが今回のこれは、そんなレベルじゃない。辞書をペラペラめくって、つけられるものじゃない。
そうだ、まずは集中して、絵を終わらせよう。
鉛筆で、軽く下描き。
なるべく軽めに、軽めに。
線描。最後に筆を色で馴らして重ねていく……。
が、ペンが滑って、肝心なところが汚れてしまった。
「あっ……」
「終わったの?もう四時間経っているけど」
「ごめん、もうちょい待って欲しい。本当にごめん」
「大丈夫」
今度こそ、失敗はできない。
ある程度かわいたところで、白を塗る。
それから、一時間半……。
だが、僕の手はもう、それ以上動かなかった。震えが止まらなかった。
こんな重い感じじゃない。
もっと軽く。繊細に。
繊細に……。
こう見ると、いかに自分のレベルが低いのかがよくわかる。
ただ、この美しすぎる夢を、描き留めたかっただけなのに。こんなのすら、まともに……
まともに……
「……泣いてるの?」
はっとなって、顔を上げた。
少女は窓際から降りてきて、いつの間にか僕の椅子の隣に立っていた。確かに、視界が曇っている。僕はいつの間に泣いていたんだろう。
何度描き直しても、この本物には勝るものは出来なかった。実力不足を痛感した。
今まで、ずっと褒められ続けてきた。絵上手だね!この色使い好き!感覚が無くなるほどそういう言葉を受け取ってきた。
なのに、なんでなんだろう。
「ごめん……本当にごめん……上手く…かけなかった」
そう言って僕は立ち上がって、なるべく表情を見られないようにそっぽを向いて絵を脇に抱えた。
「昼の話は、忘れて……」
「ちょっと待って」
「?」
「その絵、見せて」
「……」
少しの間、躊躇った。が、素直に渡すことにした。と言っても手渡しは彼女のサイズ的にできないから、地面に広げてみせた。
「……」
それを見て、彼女はしばらくの間黙っていた。そうとう愚痴られるんだ、と思った。せめて顔ぐらいは上手く描こうとしたのに、さっきのミスで……
「普通に、いいとおもうけど……?」
「え?」
「うん、上手。」
「顔とか…ミスって……」
「そんなのは、些細なこと。」
それから、彼女は笑った。笑ってくれた。
「私のために頑張ってくれて……ありがとうね」
まだ真夏には届いていないからか、学校の鐘が鳴り響く空は夕焼け雲でいっぱいだった。少し暖かい風が吹いて、オレンジ色に照らされたカーテンを揺らす。
言葉が、出なかった。
崩れ落ちた。
涙が目尻から溢れ出て、頬をつたる。
「……だからなんで泣くのよ。褒めたじゃないの」
「ごめん……ありがとう…本当にありがとう…さくら……」
そこまで言って、僕は顔を上げた。彼女は口をポカーンと開けて僕を見ていた。僕もほぼ同じ状態だったと思う。
自然と、口にしていた。
「『さくら』……それが、わたしにつけた名前?」
「ああ、そう……っぽいな」
「ぽいって、どういうこと」
「僕の脳みそよりも早く、心が喋って出た本音、ってことだよ」
「……っ!……。だ、だーめ!!」
「さくら……は、好きじゃなかったか?この名前」
「好きじゃない訳じゃなく…なくない……けど、さくらって、今、夏だよ?」
「今年の夏休み、例年より短いのは知ってるか?」
「いきなり?うん、知ってるけど」
「春に病気が流行って、学校が潰れたんだ。その代わりに、夏休みが犠牲になった。」
「それがどうしたの」
「だから、今年の花見ができなかったんだ」
「へぇ」
「……んでも写真で見た時にな、本っ当にすごい綺麗だったんだ。なんというか、別の世界きた、妖精のような感じだった。それを……それを来年、出来たら一緒に見に行きたいなって」
「……」
驚いた顔をしていた。目が潤っているように見えたのは気のせいだろうか。
「それで、私も妖精に見えるなって思ったのね。だから『さくら』って」
「なんで妖精だってわかったんだ?」
「私にエルフの羽根を生やしておいて何ボケてるの。……そうだ、じゃあ私からもプレゼント」
…多分絵ではないな、とは思った。
「…秘密をひとつ、お話するね」
「……」
「───私、多分…もうすぐ消えちゃう」
『───私、多分…もうすぐ消えちゃう』
そんな衝撃な事実をぶつけられて、僕はこれが現実なんだ、と思い知った。
その日から、僕は変わったのかもしれない。
絵を描いて、描いて、描いて。
いつか、いや一刻でも早く。
そのうち来てしまう一瞬が、追いかけて来てしまう前に。
────絶対にプレゼントを渡してやる。
夏の日のレーベントークを。
キャンバスにぎゅっと集めて 、咲く日を願う────。