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喫茶店に行けば今日もまた

作者: vino

昭和の遺物がちょこちょこ出てきますが、私は平成生まれの若造です

 喫茶店というのはかつて活字と紫煙に溢れていた。

 今でも喫茶店に行けば本を読んでいる人であったり、画面の文字と睨めっこする人達をたくさん見ることはできるだろう。

 木目調の小綺麗な内装に、動きがやたらスピーディな店員さん。店内BGMはジャズアレンジのCarpenters。どれも快適にコーヒーや紅茶を味わいをもたらし、至福の時を与えてくれるものだ。

 最近の言い方をすればこの様なお店はカフェだとか、コーヒーショップと言うべきものなのかもしれない。


 ここで少し電車に乗って、都心から外れた街で降りてみよう。

 平屋建ての駅舎を出れば駅前のロータリーは雑然としていて、バスよりも自家用車が目につく。

 目抜き通りを進み脇のアーケード街へと入る。ちらほらシャッターの閉まったお店が見える中に、細いビルの2階。喫茶店の看板がそこを指し示す。店名は昔流行った洋楽の曲名だ。

 からんころんとドアを開ければ「らっしゃい」と落ち着いた声で、というよりは投げやりな感じで迎えられる。

 コーヒーの匂い、煙草の匂いが染み付いたような色の壁紙は人の心を落ち着かせる。

 臙脂の絨毯に武骨な木のテーブル、そして椅子。ピンク電話が木の台に置かれているが、まさか使えたりするのだろうか。

 奥の席に座ればグラスに入った水を目の前に置く。

「ホットと、タマゴサンドを」

 たまたま目についたタマゴサンドを頼んでみる。ちょっと時間かかるよと言い捨て店主は奥に消える。

 店内は狭く、この席からは全てのお客さんが見える。

 競馬新聞を難しい顔で読む爺さん。文豪気取りか無造作な髪で必死に文字を書き続ける青年。本を読むのにわざわざ2人で同じ席に座り黙々と読書する少女たち。

 みなそれぞれの人生を歩んでいる。喫茶店とはそれがよくわかる場所だ。

「はい、先にコーヒー」

「あ、ありがとうございます」

 思ったよりも早い到着に感心する。砂糖を匙に掬い、少量入れミルクも気持ち少なめに混ぜる。白い渦が黒いコーヒーを彩り、やがて混濁する。

 一口啜れば深いコクが鼻腔を通り抜ける。旨い。

 豆のことなど一切わかりはしないし、まして舌が肥えているわけでもない。ただ1人のしがない男がコーヒーを旨いと言う、それ以上に素晴らしい修辞をこの男は書けない。

 味の説明など専門書に任せればいいし、味わうのが何より1番だろう。古来文学で求められる『味』の表現というのはとどのつまりそのシチュエーションの表現に違いない。

 1人喫茶店にいると、そんな偉そうな高説が浮かんでくる。それもまた密やかな楽しみだ。

 端の灰皿を寄せ、胸ポケットから煙草を取り出す。あと3本。コーヒー2杯には十分だ。

 メニューの横にあったブックマッチを拝借し、1本外して火をつける。ゆっくり深く煙を入れれば体全体に煙草の旨味が広がってゆく。もう2、3吸いした後にコーヒーを飲む。深みがより増したような勘違いをするが、これが良い。

 灰皿に灰を落とす。焼き物の灰皿は綺麗な深緑の光を潜ませて、僅かに煌めいている。

 1本目を吸い終わったところでタマゴサンドが到着する。

 耳のないホットサンドで、パセリの風味が冷たい卵の具を一層引き立てる。

 食べ進めてはコーヒーを啜り、また食べる。えも言われぬ抜群の組み合わせだ。毎朝、毎夕でも食べられる。

 遠くの方から耳馴染みのあるチャイムが流れる。壁にかかったシンプルな時計を見ると、16時半。恐らくは子供に帰宅を促すチャイムだ。

 窓から下の裏道を覗けばケバい格好の女性が意気揚々と闊歩している。これからお仕事なのだろうか。

 横から紫煙が漂ってきて、目の前に流れる。どうやら爺さんが煙草に火をつけたようだ。だいぶキツイ匂いだが、それをアロマがわりにしようと私は鞄の中から文庫本を出す。

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