表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/23

赤い空を見る

 夢を見ていた気がする。

 それまで浮かんでいた筈の情景は薄れ、霧散(むさん)し、記憶の外へと(はじ)き出された。ふわ、と意識が浮上して、時雨(シグレ)(うっす)らと、己の目蓋(まぶた)を持ち上げる。


 (今日は……よく気を失うな)


 地面に転がったまま片手で顔を(おお)う。今日に限っては時雨が自ら首を突っ込んだ事に起因するのだが、それについて今更考えたくはなかった。空いている方の手で地面の感触を確かめる。ゴツゴツと荒い岩が表出(ひょうしゅつ)しており、今更ながらに寝心地の悪さを感じた。

 上体を起こし辺りに目をやれば、時雨は思わず、といった様に息を吐く。


 (う……わ……)


 見上げた空は血を(こぼ)したかの様に暗く、星の無い(あか)のグラデーションが遠く彼方(かなた)まで続いていた。寝心地の悪い地面は思っていた通りに岩塊(がんかい)()き詰められており、立ち上がろうとして少しよろける。何とか立ち上がってきょろきょろと周囲に目をやるが、先程まで居た森の欠片も無く、少し先は岩の転がる斜面だけの殺風景な場所であった。


 「うーん……」


 普通じゃ考えられない空と、歩き慣れない土地、ほぼ丸腰と言ってもいい程の軽装備しかしていない自分。ここから先、無闇に歩いて生き延びられる気もしない。魔物が彷徨(うろつ)いていない事だけは幸いだったが、同時に生き物の気配がしない事には、最終的に行き倒れる結末が見えて恐ろしくも思う。


 (にしても――)


 時雨は再び空を見上げた。

 父の部屋で読んだ本の中に、こんな風な世界の話があった気がする。血で塗り潰したかの様な空、荒れ果てた土地はとても住めるような場所ではなく、そこには悪魔の(つか)いとされる名もなき、形すら持たぬ者達が己の入り込める様な器を探して――


 (余計な事を考えていたら現実になってしまいそうだ)


 ぶんぶんと首を振り、思考を打ち切る。

 変な夢を見たせいでお伽噺(とぎばなし)の様な事ばかりが頭を()ぎってしまう。思えば――父の部屋は、気付けば現実味の無い、この目の前に広がる世界の様な内容の本ばかりになっていた。


 (悪魔…………か、)


 ここは、悪魔の世界なんだろうか。

 時雨は空に向けていた視線を落とし、ぼんやりと足元を見つめる。悪魔が住むのは地獄なんだっけ。俺はまさか、そんな場所に来てしまったとでもいうのだろうか……。あの後俺は、あの少女は、どうなったんだろうか。

 ぐるぐるとまた思考を巡らせていたが、ふと岩塊の隙間からこちらを見つめる目と目が合った。


 (…………!?)


 ヒヤリとした。ぶわっと汗が吹き出し背中を伝う。

 いつからこちらを見つめていたのかは分からないが、よく目を()らせば、岩塊の隙間という隙間から、無数の目がじっとこちらを見つめている。一歩下がり、先程まで立っていた場所を見る。……目が居る。


 (何だこれ……魔物で良いのか……?)


 とても動物とは形容し(がた)いものだった。隙間から見えるだけの目は、それ以外に部位を持たないように見える。岩塊の下が空洞で、魔物の巨体が埋まっているのだとしたら話は別だが……。


 (もしかして、踏んでたりするのか……?)


 フラフラとよろけながら後ろへ下がる。全ての隙間から(のぞ)く目は、時雨が動く度にその視線を動かし、時雨を(とら)え続けている。気分が悪くなり、口許(くちもと)を抑えた。


 「やめてくれ……こっちを見なくていい」


 (おもむ)ろに口を()いて出た言葉に、ぱちぱち、ぱちぱちと無数の目がバラバラに(まばた)きをする。ヒュ、と空気が喉に入り込む。


 (話しかけちゃいけなかった……!)


 数え切れない程の目は、瞬きを止めたかと思うと、ぬるり、と岩の隙間から抜け出てきた。巨体が……と思っていたそれは、目玉に蝙蝠(こうもり)の羽根が生えているだけの小さな魔物であった。

 それが(いく)つもの岩塊の隙間から()い出てくる。喉が張り付いて声が出ない。


 (こんな量の魔物、相手に出来るわけが無い!)


 逃げようにも、ゴロゴロとした岩が邪魔をしてバランスを崩す。後ろを向けば、同じように隙間から這い出た目玉達が視界を埋め尽くしていた。


 (……終わった)


 諦めたくはないが、これはもう、どうにもならないんじゃなかろうか。最早(もはや)万策(ばんさく)尽きた、と諦める時雨をぐるりと囲む目玉達は、今なお一定の距離を(たも)ちこちらを見つめている。


 (こいつらが俺を(おそ)って来るんだとして……俺は一体、どうなるんだ?)


 甘く見ている訳では無いが、手も足も無い目玉が何匹といた所で、人体がどうにかなるという気がしなかった。視界から入ってくる情報的に、精々(せいぜい)不快にはなる……といった所ではあるが。

 じっと立ち尽くす時雨を見つめる目玉達は、保ったままの距離を詰めることなく、小さな羽根を羽ばたかせながら浮かんでいる。段々と、もしかして敵意がある訳ではないのか……? という思考が、頭をもたげてきていた。


 (話せば分かったり……するんだろうか?)


 どうにも話が通じそうには見えない。

 見えないが、少なくとも先程時雨の声には反応していた。もう一度声を掛けて様子を見ても良いんじゃないかと思える。逃げられないとくれば、この際もう思いついた事はどんどんやっていきたかった。


 「なあ……俺を襲う気は無いのか?」

 「キャ……キ…キィ……」

 (喋った!)


 今日はやけに驚く事が多いな、と思った。これはもう、岩も土も喋る、と思っておいた方がいいかもしれない。キキキ……と何処から発しているのか分からない声を上げる目玉は、一匹が声を上げた途端に周りも同様に声を上げだし、気付けば大合唱となっていた。音程もなにも無い無機質な騒音に、耐え切れず耳を(ふさ)ぐ。


 (煩い……何を言っているのか分からないし、攻撃してくる訳でもない。一体何がしたいんだよ!)


 塞いでも尚届く音から逃げるように、時雨は目を(つぶ)った。暗闇が視界を埋め尽くし、少し安堵(あんど)する。ずっと奇妙な生き物を見続けていたせいか、若干の疲れを感じていた。


 (これからどうすれば……)


 ()にも(かく)にも、現状を打破(だは)出来なければ先は無い。溜め息を吐くしか出来ずそのまま項垂(うなだ)れようとしていた時雨の肩を、何者かが叩いた。


 「ぅうわ……」

 「あ、ごめん」


 予想だにしていなかった出来事に目を白黒とさせていれば、後ろから男の声が聞こえてきた。気付けば目玉達はしん、と静まり返っており、皆一様に時雨の後ろを見つめている。

 恐る恐る振り返ると、不自然に右手を挙げていた男は、にこ、と屈託なく笑い、挙げたままの手を振ってきた。


 「君、人間だね」

 「…………」

 「完全に(ほう)けているね……」


 驚かせ過ぎちゃったのかな、という声を頭の片隅に追いやって、時雨はへたり、と地面に座り込み頭を抱えた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ