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図書館の声

 「これが、図書館……」


 時雨(シグレ)は再び(ほう)けていた。

 石造りの壁と天井に包まれた大ホールは、照明の光を浴びその全容を照らしていた。

 天を見上げると、大陸の地図と(おぼ)しきものがセピア調に(えが)かれており、視線を落とし中央を(のぞ)めば龍を(かたど)った石像が見える。その口から水が流れ出て、下の受け皿を水で(ひた)し、溢れた水がさらさらと床へ滑り落ちていく。石像を中心に水路が(ひろ)がり八方(はっぽう)にその足を伸ばせば、己の背より幾分(いくぶん)も高い書架(しょか)が壁の方まで続いていた。

 樹立(じゅりつ)したそれらの向こうには上階の手()りと、奥には本の背が、一面にこちらを向いて棚に収まっている。二階部分は壁に沿って環状(かんじょう)に書架が並べられているらしい。


 「水の都の水力(すいりょく)図書館、お気に召したか?」

 「すごくな」


 入口で立ち止まりキョロキョロと辺りを見渡している時雨に、(レイ)が苦笑を()らしてこちらに歩み寄ってきた。今までは、何だかんだと父の言いつけを守り水都(すいと)に寄ることは無かった為、この街が(ほこ)る何とやら、にお目にかかる事は無かったのだが、黎は時折この大図書館の話をしていた様な気がする。(いわ)く水都は知に優れ魔を(きわ)める叡智(えいち)殿堂(でんどう)なのだ、と。

 時雨は生活に必要なだけの知識しか持ち合わせていない為、それがどれ程凄い事か、というのは正直分からなかったし、分からなくても良いものだと思っている。


 「それは良かった。この建物自体も凄いが、集められた文献(ぶんけん)の量も期待していいぜ」

 「その事だけど、水力って本が駄目になるんじゃないか?」


 ずっと気になっていた事だった。水力と言うからには、言うまでもないが水の力で運営しているのだ。内部の明かりを(とも)す為に水がこの建物の至る所を駆け巡っている筈であり、現に図書館は先程からひんやりとした空気に包まれている。雨の日のようなジメッとした空気までは感じなかったが、それでも紙で出来た物らには(こく)な環境ではないのか。そう考え口にした時雨の言葉に、何故か黎が得意気な顔をした。


 「まあ、水都は魔法が発展してるからな。特にここは人も金も掛かってるから、書物はみんな魔法で保護されてるし、そう簡単に失われる事もない」

 「なるほど」


 こっちだ、そう言いながら黎は壁に近い書架の一つまで行くと手招きをした。近付き棚を見れば、分布(ぶんぷ)図鑑や動物の詳しい生態について書かれていそうなタイトルが並んでいるが、ちらほらと魔物、という単語も見える。


 「ここも最近は魔物についての文献が増えてきたんだ」


 いくつか手に取っては軽く中を覗いている。これとかいいかもな……とぶつくさ言っているのを横目で見れば、引っ張ってきた時雨を置いて随分(ずいぶん)と乗り気な様だった。


 「俺もやっぱり仕留めた奴が直ぐに回復し、起き上がったというのが引っかかる。ただの変異種というよりは、魔物に近いが……いや…」

 

 けどやっぱりここら辺のやつだよな。何やら難しい顔をして書物を抜き取っていた黎は、そこまで口にして時雨の方を振り返り、これ持ってくれ、と十数冊もの本を押し付けてきた。




 「森の生き物は俺もよく知ってる」


 場所を移動し別館の広いテーブル席で、二人は本を幾らか積み上げ腰を落ち着けていた。どれから読もうかとタイトルを軽く確かめながら、向かいに腰掛ける男をちらりと見る。『水都の動物と魔物への変容論』、黎はそう書かれた書物をパラパラと(めく)っていたが、視線を感じたのかこちらへ目を合わせて(おもむろ)に切り出した。


 「あの森にいる角獣は、茶色の毛並みに細い脚の四足歩行、頭からは枝のような角を生やして木々の間を跳ねるように飛び歩く。この絵の奴だな、これは幼獣も成獣もあまり色に大差ないから、お前が言ってる薄灰色、って言うのとは別の生き物の様に思える。ちなみにあの森でこういう見た目の奴はこいつだけだな」


 だからまず変異種だと疑えるし、時雨の話が正しければ変異種という枠にも収まらない。黎は(あご)に手を当て考え込む仕草を見せる。何だか自分よりも考えているなあ、とそんな黎を眺めながら時雨は昨日の出来事を思い出していた。


 確かに仕留めた筈の獣。

 魔物は普通の動物よりは頑丈になっている。だから攻撃をしてもそこらの動物に比べずっと生存率が高く、加えて治癒力も高い。だから一発撃ったくらいで死ななかった、というのは本来ナンセンスではある。だがそんな魔物とて、何も不死身という訳ではないのだ、致命傷を受ければどんな屈強な怪物でも死ぬ。

 昨日出会った獣が魔物で、実は致命傷を受けていなくて、更に(しばら)く死んだフリをしていたのだ……というなら話は繋がるかもしれない。段々とそんな気がしてきた。


 「魔物って動物より知能が高いのか?」

 「一般的にはそこまで変わらないと言われているけどな……どうした?」

 「いや、少し気になったんだ。それにこういう事もあるんだと思えば、別に驚く程の事でもなかったのかもなって」

 「驚いてたのか……?いやそれよりも、」


 黎が渋い顔をする。


 「魔物は人間を襲わず逃げるなんて事は絶対しない」


 そして少し迷ったように、だがきっぱりとそう言いきった。


 「絶対、しない……」

 「そもそも、自我を失い(しゅ)の本能を捨て、人間や弱い種を見れば見えなくなるまで追い立て襲いかかる。そういう風に変質してしまったものを区別する為に呼び方を変えてるんだ。それが獲物を襲わず逃げた、これは魔物とは言えない」


 だからここまで付き合ってるだろ、俺にも分からないんだから。黎はまた積んでいた本に手を伸ばした。


 「でも、じゃあいくら変異種だからって、動物があっという間に傷を癒して起き上がったって言うのか?」

 「そりゃそうだ、あれは薬師なんだから」

 「は?」

 「は? どうした?」


 思わず周りを見回す。本館である図書館よりは質素な作りとなっている別館は、奥行きのある長方形の箱に六人がけのテーブル席が十か二十か、整然と並べられただけの空間だった。先程まではそこに大勢、とまではいかないものの、座席も半数以上は埋まっていた筈だが、今はその影も無く静まり返っている。


 「……」


 同じ様に辺りを見渡していた黎が眉を顰める。少しの沈黙の後、今度ははっきりと声が聞こえた。


 「あれが気になるんだろう?教えてやらんでもないよ」

 「っ……ちょっと、ごめん」

 「は? 何……どこ行くんだ!」


 制止の声を上げる黎を置いて、時雨は別館の出口へと駆け出していた。

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