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雨中の邂逅

 サアアァ―――


 雨が、降り続いている。

 ()が脳天へと(いただ)く頃、その輝きを(かげ)らせる様に暗雲(あんうん)がすっぽりと空を(おお)い、やがてしとしとと静かな音を流し始めた。

 雲にまで届く様な鬱蒼(うっそう)とした木々の葉を、(みき)を伝い()りる水が、(しげ)みで息を(ひそ)ませた男を()らしていく。


 (今日はあれで、最後の1匹だな)


 雨で(すべ)る手に猟銃(りょうじゅう)を持ち直し、構える。

 耳元で()ぜる空気に草木が揺れ、(なまり)が跳ねた場所には自立する力を失った角獣(かくじゅう)が転がっていた。

 猟銃を下ろし仕留めた獲物(えもの)をぼんやりと見()れば、それは常日頃(つねひごろ)目にする容貌(ようぼう)とは少し違った、少し色素の薄い小型の角獣で、男はおや、と首を(かし)げる。


 (奴らの子供って、こんな色だっただろうか)


 記憶とは違ったような気がしたが、それはそれとして珍しい色は高く売れる。男は(おもむ)ろにサバイバルナイフを取り出すと、動かぬ薄灰色(うすはいいろ)(かたまり)へと近付いた。


 近くで見た獲物は成程(なるほど)やはり珍しく、本来栗色である筈の背中は、この場所を包む曇天(どんてん)の様な色に染まっており、一点をまだ鮮やかな(あか)(いろど)っている。


 子供だと思っていたそれは、子供にしては大きく、だが普段仕留めている数々の角獣(かくじゅう)の中では一等(いっとう)、貧弱な作りをしていた。

 (そば)へと(かが)み、頭部に生える枝分かれした角を掴むと不意に、動かぬ筈の(けもの)と目が合う。


 「…………っ!?」


 反射的に飛び退(しさ)れば、横たわっていた筈の角獣は起き上がっており、こちらに向かって一声(ひとこえ)、傷を負った身にそぐわぬ勇ましい音を響かせた。ざわざわと木々が揺れ、(ぬる)い風が頬を撫でる。

 ぱちくりと目を(またた)かせている内に、その不可思議な獣は(かろ)やかに、始めから傷など無かったかの様な素振(そぶ)りで木々の間を走り去っていってしまった。


 「……何だ、あれ」


 風で乱れた髪を掻き上げる。

 雨で湿り気を帯びた髪に一つ、二つと水滴が落ちた。先程まで静かに大地を濡らしていた雨雲はすっかりと消えていて、(うっす)らと木漏(こも)れ日が足下を照らしている。

 今日はもう村へ戻ろうか。雨が上がり少し明るさを取り戻した森は、狩りの間に比べてずっと視界が(ひら)けていた。






 「…………」


 はぁ、と息をつく音が、静けさの中に想像以上に大きく響いて一人身を縮める。

 教会の入口に近い会衆席(かいしゅうせき)に腰掛け、時雨(シグレ)はぼんやりと高い天井を見つめていた。


 時雨の生活は(ひど)く単調なものだ。

 最低限食っていく為に、武器や衣服、道具になる様な物を求めて森へと(おもむ)き、そこで仕留めた物を村に(おろ)す。

 それが時雨のルーチンワークであり、それはいつの日も、太陽が西に(かたむ)き始めた頃には終わってしまうものであった。

 時間を持て余してしまえば、そこから教会へと足を伸ばし、ぼんやりと残りを過ごす。時には街から不定期にやって来る、村の牧師と顔のよく似た司祭に、訥々(とつとつ)と、これまでの己の罪を懺悔(ざんげ)する事もあった。


 今日は森を出てから先刻(せんこく)の出来事が頭を離れず、午前中に狩り()たものをお得意先へ(おろ)した後は、その足で真っ直ぐに教会へと訪れていた。

 来た頃より(まば)らにはなったが、奥の講壇(こうだん)では初老(しょろう)の牧師と村人が穏やかに話しているのが見える。

 最後に見たあの角獣について、幻でも見たのだろうか、いやそんな筈はないと駆け巡っていた思考は、隣に腰掛ける人の気配でふと立ち()えた。


 「よう、相変わらずか」


 時雨と同じ様に席の背もたれに身を預け、正面のステンドグラスを見つめたままこちらへと声を掛けていた男は、時雨が振り返るとちら、と目線だけを寄越(よこ)した。

 その表情は親しげだ。黒く長い髪を真ん中で分け、後髪(うしろがみ)を後頭部で巻き上げているこの男は、この教会で牧師見習いをしている。名を(レイ)といった。

 黒いハイネックにグレーのボトムスといった()で立ちは、彼の教会でのスタイルであり、また彼が今日もここで、牧師見習いとしてつつがなく過ごしていた事を物語(ものがた)っている。

 目が合うと、黎は(わず)かに片眉を上げ、やがて首を傾げては怪訝(けげん)な顔をした。


 「何だ、その幽霊でも見たかのような顔は」

 「そんな顔をしてるか?」

 「してるな、森で魔物に()かされでもしたか」


 そうか、化かされたのかもしれない。

 黎は隣で揶揄(からか)うようにして軽口(かるくち)を叩いていたが、考える様子で(ちゅう)に視線を彷徨(さまよ)わせた時雨に、ぴたりと口を閉ざす。

 それから(しばら)く、両者共にステンドグラスの方を向いて黙りこくっていたが、ぱしりと膝を打って立ち上がった黎がその沈黙を破った。

 見上げればこちらに手を伸ばしている。


 「……よし、時雨」


 こっちへ、と手を引かれて案内されたのは、この教会では異宗派である、牧師の弟だけが使う告解(こっかい)の為の小部屋であった。小部屋は両側を布で区切られ、それぞれに椅子が設置されている。

 ここまで引っ張ってきた黎に顔を向ければ、こちらを振り返りニヤリと笑っていた。


 「たまには俺にも話してみろ、まあ顔も中身もよく知る者同士だが」


 そう言うや否や、黎はするりと小部屋の片側へと入っていく。

 少し面白がってないか? そう思いつつ時雨もまた、小部屋のもう片方へと収まった。

まだあらすじすら回収出来ておりませんが、細々とやっていこうかと思っております。

何とぞよろしくお願いします( ´ ` )

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