第三話 鬼
時は平安時代。京の都。
今夜も宿屋は人々の笑みが零れます。その中心にいるのは一人の童。
杏と名付けられた、一人の童が人々へと笑みを。
童は舞う。
温かな笑みに包まれながら、記憶の片隅に残る誰かのために。
そしてそんな童の匂いに誘われて、一匹の鬼が京の都へと。
名をうわん坊。巨大な赤黒い鬼。赤子を喰い、その土地に豊作を約束する鬼。
しかしその土地は老人しか居らず、しだいに誰一人居ない村に。
うわん坊は赤子を生まれたはしから食い、腹を満たし、その村が滅べば次の村へと渡りあるく鬼。
『臭う、臭うぞ。あそこだ。あそこから……あの時喰ろうた赤子の匂いがするぞ。よく肥えておる。さぞかし美味そうだ』
そんなうわん坊が京の都を訪れます。
そこが、うわん坊の最後の地となるとも知らずに。
※
「来たか」
晴明とパンダ丸は、宿屋前の通りでうわん坊を待ち伏せしていました。
その姿はメイド服ではなく、狩衣に身を包んでいました。
「パンダ丸、儂の言った通りでは無いか。マヌケな鬼がノコノコと現れたわ」
「ええ、さぞかしお腹を空かせているようですから……存分に恐怖を召し上がって頂きましょう。ただし、自分のですが」
うわん坊も待ち伏せする二人に気付きます。
そして目を細め、二人を観察しながら近づきます。
『なんだ、陰陽師かと思えば……子供とパンダとは。しかし不味そうな子供だ。見逃してやるからさっさと失せるがいい』
「やれやれ……」
晴明は一歩、うわん坊へと近づきます。その瞬間、うわん坊の全身から夥しい汗が。そして次第に震えだし、近づく晴明とは逆に後ずさりします。
『なんだ、貴様……一体何者だ!』
「安倍晴明。お前は覚えていないかもしれないが、儂ははっきりと覚えておるぞ。貴様のその醜い面はな」
『な、何を言うて……』
「パンダ丸、まずは前座じゃ。鬼の本当の恐ろしさ、見せてやるがいい」
『御意』
瞬間、パンダ丸から発せられる黒い霧。
うわん坊は何事かと辺りを覆う霧へと目配せします。そして視界が霧に包まれ、それが晴れた時……開いた口が塞がらない光景に腰を抜かします。
『ば、馬鹿な……!』
そこに現れたのは、空を覆い隠さんほどの巨大な鬼。京の都を空から見下ろす形で、巨大な鬼がうわん坊を睨みつけています。
「田舎者の鬼でも分かるか? あれは地獄に住まう本物の鬼。お前らのような世を荒らす鬼を狩る、正真正銘の鬼よ」
『何故、何故こんな所に……!』
逃げ出そうとするうわん坊。晴明は、懐から出した札で空を横に一閃。それと同時にうわん坊の両足は切断されます。
『ぎゃぁ! 待て、待て! 分かった、俺が悪かった!』
「何を謝っておる。赤子を喰うた事を詫びておるのか? それについては儂は一切、お前を責め立てる気はない。鬼も鬼なら村人も村人じゃ。鬼に生贄を差し出すなど言語道断。滅びて当然じゃ」
しかし晴明の言葉とは裏腹に、パンダ丸の巨大な手がうわん坊を捕らえます。そのまま、大口を開けるパンダ丸。
『待て、待てぇ! ならば何故だ! 何故儂を殺そうとする!』
晴明はパンダ丸に食われる寸前のうわん坊へと目線を移しながら、その質問へと答えます。
「それは……あれじゃ。腹が減ったからじゃ。“物”を喰うのに他に理由がいるか?」
鬼は晴明の言葉に固まり、叫ぶことすら出来ない程に怯えます。
今まで食う側だった鬼が、食われる側へ。うわん坊はそのままパンダ丸の口の中へと放られました。
死の覚悟をしたうわん坊。しかし……再び目を開けた時、そこには何事もない京の都が。
パンダ丸も普通のパンダのままです。うわん坊の足も切断されてません。
『な、なんじゃ、幻惑の類か?! ふ、ふざけおって!』
「だから言ったじゃろ。前座だと」
うわん坊は怒りながら包丁を翳し、そのまま晴明へと振り下ろします。
しかしうわん坊の包丁を持った手は切り落とされ、空に舞います。しかしうわん坊は余裕の表情。
『また幻惑か? 所詮、多少力はあっても子供のすることだ』
うわん坊はそう言い放ちながら、切り落とされた腕を見つめます。しかし痛みは増す一方。幻惑が解ける気配もありません。
『…………』
「何を呆けておる。それは幻惑などでは無いわ。証拠をみせようか?」
晴明は鬼の残った腕も、両足も切断。
うわん坊は地面に倒れ、現実に頭がついていきません。
『い、一体……何が……』
「儂は弱い者虐めが大好きでのぅ。お前のような奴は虐めてしまうのよ」
『ふざけるな! 何をした、小僧!』
「小僧ではない。晴明だ」
晴明は札をうわん坊の両目へと投げつけ、潰し、そのまま闇へと閉じ込めます。
「聞け。儂がお前にこんな仕打ちをするのは何故か。別に人間を喰った事を責めているわけじゃない。赤子を喰っていた事を責めているわけでもない。なら何故か」
うわん坊は闇の中で、嫌でも晴明の言葉を聞かされます。
恐怖で支配され、ただ怯える事しか出来ないうわん坊。
「儂がこんな事をする理由はただ一つ。儂の目についたからよ」
その言葉に、パンダ丸ですら驚きを隠せません。
今の晴明は負の心、過剰な怒りに支配されている状態。
そして鬼は、そんな心を喰って力にする存在。
「晴明様! 冷静に……!」
そんなパンダ丸の言葉も、今の晴明には届きません。
しかし、うわん坊の耳には届いてしまいました。
『ははは! 所詮は子供だな! 貴様の負の心、しかと食ったぞ!』
いわん坊は晴明から喰った力で片目と片腕を再生。
そのまま晴明を掴み、丸のみにしようと……
『……なっ……なんだ、なんだ、貴様は!』
再び怯えるうわん坊。パンダ丸は、うわん坊が見ている物は分かりません。
うわん坊の目に飛び込んできた物。
それは楽しそうに、嬉しそうに無邪気に笑う子供の顔。
「儂は、お前らのような清々しい輩が大好きじゃ。儂の負の感情、全て平らげれる物なら平らげてみせよ。お前の腹などいとも簡単に腐り落ちるぞ?」
うわん坊は再び固まり、怯え、助けを乞うように涙を流し始めます。
「あぁ、憎らしい。憎らしい。さあ、喰うてみよ。遠慮はいらん、全て喰うてみよ。何も儂が特別な存在ではない。人間全てがこうよ。お前等が食ってきた人間、全てがこうよ。鬼など裸足で逃げ出す程の負の感情を持つのが人間よ。存分に味わうがいい」
晴明は無理やりに、うわん坊の口をこじあけ中へと潜ります。
うわん坊は晴明を飲み込んでしまい、そのままのたうち回ります。
『ガァァ! 出てけ、出て行ってくれ! 頼むから……出てくれぇ!』
次の瞬間、うわん坊は木端微塵に破裂。
そして何事も無かったかのように、晴明はそこに立ち尽くすのみ。
「地獄で言いふらすがいい。人間は、お前等の腹に到底収まりきらぬとな」
※
時は平安時代。京の都。
天才と呼ばれた少年が居た。
『晴明様ー、杏は次、何すればいいのですか?』
「あぁ……じゃあ宿題やってくれ。儂はポ〇モンで忙しいのじゃ」
『それは晴明様自身でやって下さい。杏はパンダ丸様のお手伝いをしてきますー!』
その少年の傍らにはパンダの式神と、童の姿をした“鬼”が。
のちに京の都最強と呼ばれる陰陽師。
そしてその陰陽師を支えるパンダと鬼。
鬼は春を迎えた青空を見上げ、記憶の片隅に残る誰かへと呟く。
『……杏は幸せです』
彼らの物語は、後の世代へと脈々と言い伝えられる事となる。
この小説は、遠井moka様主催《あたたか企画》参加作品です。
この小説はフィクションです。
平安時代にニンテン〇ースイッチは存在しません。たぶん。