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第二話 記憶

 時は平安時代、京の都。


 先日まで閑古鳥が鳴いていた宿屋は、晴明達が訪れたと同時に夜まで宴会を開く程に賑わっていました。

 しかし店主の佐原右舷は首を傾げます。

 なんかメイド服姿の子供……増えてない? と。


「あの、晴明様? あの童は……」


「あぁ、気にするな。儂がスカウトしたんだ。良く働くしいいだろ?」


「まあ、私としては異存ないですが……」


 杏はメイド服姿に身を包み、晴明の力で霊感ゼロの人間にも見えるようにしてもらいました。そして客にお酌をし、華麗に踊ってみせたりして喜ばせます。


 しかし晴明とパンダ丸は、そんな杏を見て気がかりな事がありました。

 

「晴明様……杏ちゃん、日に日に力が増してません? なんだか以前より妖力が……」


「あぁ。恐らくあれが杏の力だろう。儂もあれから座敷童について調べてみた。その多くは間引かれた赤子が正体とされている」


 食い扶持を減らすため、生まれたばかりの赤子を間引く事は、この時代では珍しい事ではありませんでした。


「でも晴明様、それなら杏ちゃんは……もっと人を恨んでもいいはずです。でも何故、逆に幸せにしたいなんて……」


「それは杏の記憶……本人も覚えていないだろうが、それが関係しているだろう。今夜、杏の記憶に潜ってみるか。このまま放っておくと……鬼がでるやもしれん」


 杏の小さな体に溜め込まれた妖力。それに釣られて鬼が出現するかもしれません。

 

「しかし晴明様、そもそも、何故あんな妖力が……」


「妖力とは、元を正せば人間の負の感情が生み出す物だ。杏はああして人々に笑みを与える代わりに、負の感情を回収しているんだろう。鬼が無駄に人々に恐怖を与えようとするのはそのためだ。恐怖という負の感情を喰い、己の力を増そうとしているのよ」


「成程……って、もしかして晴明様、あのまま杏ちゃんを放っておけば、いつかは……」


「あぁ、鬼になる可能性もある。だからその前に……成仏させるなりしなくては」


 晴明はメイド服姿で宿屋の仕事を続けつつ、時間が経つのを待ちます。

 そして客が酔いつぶれ……杏も床についた時……


 晴明はかつてない程の、安倍晴明としての人格を確定付ける体験をすることになります。





 ※





 満月が輝く真夜中。

 晴明とパンダ丸は、眠る杏の元へと。そして簡易的な祭壇を作り、そこに神殿を作り上げます。


「神とは己の中にこそ存在する物。こんな物はただの置物にすぎぬ。しかしなればこそ、神とは触れがたく、遠く、最も近い所に存在する」


 晴明は杏の額へと人差し指を当て、そのまま窓から見える星空へと目を移します。


「しかしこの世は人の世。人と妖が世界を構成し、我たらんともがく世界。儂は醜いとは思わぬ。たとえ赤子が間引かれる世が憎いと口にしても、たかだか周囲の目に怯えている小僧に何が出来る。儂は天才などでは無い。儂は安倍晴明、その人ぞ!」


 晴明は力を籠め、杏の記憶を引き出します。

 晴明と出会う前、もっと以前の記憶が。


「……これは……」


 晴明とパンダ丸は杏の記憶の世界へと。

 そこは不味しい農村。田畑は枯れ、人が住まう家々は荒れ果て、痩せ細った子供が木の根を齧っていました。


「これが……杏の記憶……」


「晴明様、あちらから赤子の産声が……」


 パンダ丸が指し示す小屋へと入る晴明。

 そこには産婆が赤子を取り上げたばかりのようでした。


 しかし産婆も、生んだ母親も、それを見守る村人も……皆、祝福とは真逆の表情。


佳枝(かえ)、よいな』


 記憶の中の老人が、母親らしき女性へと尋ねます。

 佳枝と呼ばれた女性は頷きつつ……一度だけ赤子を抱かせてほしいと訴えました。


 しかし産婆が母親へ赤子を抱かせようとした、その時……


『あぁ、美味そうなのが生まれたな。ほれ、はよう寄こさんか』


 一体の鬼が現れました。小屋の屋根を破壊し、赤子を爪の先で産婆から奪います。


『待って……待ってください! せめて一度だけ……一度だけでも抱かせて下さい! うわん坊様!』


『ならんわ。儂はもう腹が減って気が立っておる。なんならお前達も食ってやっても良いのだぞ?』


 村人は泣き叫ぶ女性の口を塞ぎ、抑えます。自分達が食われまいと必死に。


『ははは! 美味そうな赤子だ! 儂は赤子が大好物なのだ、これに免じてお前達の命は助けてやろう。約束通り、この土地の豊作を約束しよう』


 鬼はそのまま大口を開けると、赤子を口へと放り込みます。

 母親は村人の手を振り払い、鬼へと駆け寄ります。


『待って……待って! それなら私も一緒に食らってください! その子と一緒に!』


 鬼はニタリと笑うと、母親を掴みあげ一緒に口の中へ。

 母親は赤子を抱きしめ、呟きます。


『ごめんね……幸せに……してあげれなくて……ごめんね……』





 ※





 杏の記憶から帰還した晴明とパンダ丸。

 晴明は拳を握り締め、その背中からは怒りがにじみ出ているようでした。


 パンダ丸はそんな晴明を宥めようと、後ろから包み込むように抱きしめます。


「晴明様……どうか冷静に……」


「……何を言うとる。儂は冷静じゃ。パンダ丸、明日も宿屋の仕事がある、朝から忙しくなるの」


 そのまま自身の部屋へと戻り、床に着く晴明とパンダ丸。


 寝息を立てる杏の目には、涙が。









『臭う、臭うぞ。あの時食った赤子だ。あれは美味かった。あの時よりも肥えて……より美味そうだ。臭う、臭うぞ』






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