第一話 依頼
《この小説は、遠井moka様主催《あたたか企画》参加作品です》
時は平安時代。
妖と人が共存していた時代、一人の天才と呼ばれた少年が居ました。
少年の名は安倍晴明。
天文学を学び、後に陰陽寮を束ねる人物です。
晴明は天文学を学ぶため、陰陽師、賀茂忠行の元で修行していました。
七歳という歳でありながら、晴明はその才能を開花させ、周囲から天才の名をほしいままにしていました。しかし……本人は少し不満げです。
今、晴明少年は屋敷の縁側で夜空を見上げていました。
その美しい星空を眺めながら……何を思っているのでしょうか。
「晴明様、体を冷やしますよ」
縁側に座り込む晴明に話しかける人物。
式神と呼ばれる存在で、晴明の身の回りの世話をしていました。
その見た目は……
「……パンダ丸……」
そう、パンダでした。
モフモフなパンダの姿をした式神。エプロンを外し、縁側に座り込む晴明の隣へと。
「うんしょ……どうしたんです? 考え事ですか?」
パンダ丸は晴明の肩を抱き、そっと自身に寄りかかせるように。
晴明は素直にパンダ丸に甘えるように体を預けます。
もふもふな毛皮が自身の体を包み込み、寒空の下でも心地よく……
「……Zzzz」
「あぁっ! 晴明様! こんなところで眠ってしまっては……」
「んぁっ? あぁ、パンダ丸がモフモフだからじゃ。せっかく考え事をしていたのに」
「申し訳ありません。しかしこの姿にしたのは貴方様自身でしょうに。それで、何を考えていたのですか?」
パンダ丸をデザインしたのは晴明本人。
何故パンダなのかと言えば……晴明はモフモフした生き物が大好きだからです。たぶん。
「パンダ丸、儂は天才天才と言われておるが……その言い方は気に食わんのだ」
「……何故ですか?」
「天才なんぞ、ただの畸形だ。人々は儂の力を称賛しつつも恐れているのだ。儂の、この小さな体に有り余る力を」
晴明は、手の平を月へと翳します。
空から溢れんばかりの星空。その光景は晴明の心の波を静かにしてくれます。
「パンダ丸……儂は怖い。人の目が怖いのだ。いっそのこと、儂も妖として生まれていれば……」
「晴明様、それではパンダ丸は困ってしまいます。晴明様が人として生まれてきてくれたからこそ……パンダ丸は今こうしてここに居るのですよ」
鬼に襲われていたパンダ丸を助けたのは晴明でした。その時のパンダ丸は、美少女の姿をした妖でした。何故わざわざパンダにしたのでしょうか。美少女でいいじゃん。
「そうだな……儂としたことが弱音を吐いてしまった。もう儂は七つになるというのに」
「いいのですよ。いくつになっても、パンダ丸にはお話を色々お聞かせください」
そうして、晴明とパンダ丸は寝床へと。
晴明少年はパンダ丸を抱き枕にしながら、熟睡するのでした。
※
翌朝、晴明少年の元に一人の男が訪れます。
その男の名は佐原右舷。京の都で宿屋を経営していて、最近になって困ったことが起きていると、天才少年と名高い晴明を尋ねてきたようです。
「晴明様、なにとぞ……私の宿屋を助けて頂けないでしょうか」
晴明は男と向かい合いながら、ニンテンドース〇ッチでポケ〇ンをプレイしていました。
「ちょっ! また凍り付いたぞ! どうなっておるのだ!」
「あの、晴明様?」
「なんじゃ、儂にメイド服姿で宿屋に立てというのか? いいだろう、受けて立つ」
「いえ、そんなマニアックな事は要求しておりません。ショタコンが喜ぶだけです。実は宿屋に妖が出ると……客足が遠のいているのです」
晴明はゲーム機を置き、ようやく真面目に佐原右舷の話に耳を傾けます。
「妖とは、どんなじゃ。鬼か?」
「いえ、子供の姿をした妖とかで……。私自身は見ておりません。しかしお客様の多くは小さな童を見たと苦情が……」
「……で?」
「で……とは?」
「その童が何かしたのか? 客に」
「いえ、とくには……。しかし不気味だと言われ、何か悪い事の予兆では無いかと噂が立ち……今では私の宿屋は閑古鳥が鳴いている有様で……」
晴明は溜息を吐きつつ、懐から人気ゲーム雑誌を取り出します。
「あの、晴明様?」
「そんな童に、儂は何をすればいいのじゃ。別に悪さをしているわけでもない童を、儂に消せというのか?」
佐原右舷は返答に困ります。
晴明は人に害をなす妖には一切容赦はしません。しかし、パンダ丸のような妖とは仲良く暮らしたいのです。ここは平安時代、京の都。妖と共存する世界なのですから。
しかし佐原右舷も黙って帰るわけにはいきません。
このままでは宿屋は潰れてしまいます。新車のローンも残っているのです。なんとしても晴明に解決してほしいと、苦渋の決断をします。
「わかりました。晴明様、メイド服姿で私の宿屋に立って頂けないでしょうか。どうか私をお助け下さい……!」
「よかろう、そなたの願い、叶えてしんぜよう」
※
「お似合いですよ、晴明様」
佐原右舷の宿屋で、メイド服に身を包む晴明。
パンダ丸も美少女に戻り、メイド服をきていました。傍から見ると中のいい姉妹のようです。
「パンダ丸、今更だが……この小説の世界感どうなってんだ」
「それは言わない約束です。作者に抗議しに行ってもいいですが、喜ぶだけなのでスルーしましょう」
ブーブー言う晴明を宥めるパンダ丸。
ちなみにパンダ丸はミニスカメイド。晴明はロングスカートのメイド服姿でした。
「パンダ丸、そのメイド服……あの主人が用意した物だよな。下心が丸見えで清々しいな」
「まあまあ、京の都では珍しい服ですから……この姿で客寄せをすれば一網打尽間違いなしです」
早速と、晴明とパンダ丸は宿屋の前で客寄せを始めます。
あっという間に部屋は全室埋まり……その噂は都中に。
宿屋の主人、佐原右舷は「よっしゃぁ!」と雄叫びをあげました。
※
その夜、宴会を終え客も寝静まった頃、晴明はパンダ丸と共に温泉に入っていました。
パンダ丸は再びパンダの姿に戻されていました。大人の事情で。
「何事もなく終わったな、パンダ丸。童の妖など出ぬではないか」
「そうですねぇ。案外、どこかのお客さんの子供と見間違えたんじゃ……」
晴明は温泉に浸かりながら、梅ジュースへと手を伸ばします。
ひょうたんの蓋を取り、グラスに注ごうとしますが……一滴も出てきません。
「ん? おい、パンダ丸。儂の梅ジュース飲んだのか?」
「いえいえ、飲んでませんよ。おかしいですねぇ、温泉に入る前は一杯入ってたのに……」
パンダ丸も、ひょうたんの中身を確認しますが、やっぱり空です。
首を傾げる二人。するとその時、どこからともなく……子供の泣き声のような物が聞こえてきました。
『シクシク……シクシク……梅ジュース……すっぱいの……シクシク』
「……パンダ丸、聞こえてるか?」
「えぇ……ついに出たようですね」
晴明とパンダ丸は脱衣所へと向かいます。
そして浴衣に着替えると、そのまま夜食のラーメンを食べに……
『ま、待って! なんでスルーするの?!』
その時、晴明とパンダ丸の前に童の妖が姿を現しました!
「ついに出たな、しかし今はラーメンが先だ。儂らはちょっと食べてくるから、これをプレイして待っているといい」
晴明は童の妖へと、ニン〇ンドースイッチを手渡します。
『ち、違くて! ラーメン行くなら私も行きたい! 連れてって!』
「我儘な奴だな。梅ジュース飲んだくせに……。まあ仕方ない、三人で行くか……」
そのまま三人はチャルメラの音がする方へと歩いていきました。
※
晴明とパンダ丸、そして童の妖はそれぞれラーメンを啜ります。
豚骨味噌らーめんです。野菜たっぷりなのが嬉しいですね。
「ところでお前、名前はなんと申す?」
晴明はラーメンを啜りながら童へと質問します。
しかし童は首を横に振り……名前は無いと返しました。
「名が無い? じゃあ不便だろ。今日からお前は杏だ」
『……あんず……』
杏と名付けられたのが嬉しかったのか、微笑みながらチャーシューへと齧りつく杏。
『……こんなあったかいご飯……初めて』
「そうか、まあたんと食え。夕飯も食ったのに……日付が変わる頃に食べるラーメンは格別な味がするのだ」
まるで仕事帰りのオッサンのような事を言う晴明。
パンダ丸は既に麺を完食し、スープを一気飲みしています。
「ところで杏、何故あの宿屋に? 何故泣いておったのだ」
杏はほうれん草を頬張り、満面の笑みで食を楽しみます。
『何故……それについては深い理由が……』
「なんじゃ、言うてみよ」
『実は私……座敷童なんです』
晴明とパンダ丸は首を傾げます。
座敷童とは何ぞや、と。
『え、えぇ?! 知らないんですか?!』
「待て、今ググるから。えーっと……座敷童……座敷童……」
スマホで座敷童を調べる晴明。トップに出てきたサイトにアクセスします。
「ふむふむ。座敷童は江戸時代からだな。今は平安だし……儂らが知らなくて当然……」
『平気な顔でニンテン〇ースイッチ手渡してきたのに! 今更そんな細かい事言い出さないでください! それで……座敷童の事については理解して頂けましたか?』
「あぁ、まあ大体。で? 何故あの宿屋に?」
杏は麺を食べつくし、スープをレンゲですくって一口。
少し濃いめの、豚骨味噌スープが染み渡ります。
『実は……座敷童って、見た人に幸運を呼び寄せるって言い伝えがあるんです。お客さんの中にも、その言い伝えを信じて私に会いに来てくれた人も居て……』
「成程。じゃあ儂はこれから幸運になるのか。宝くじ買っとくか……」
『それはさておき、そうやって言い伝えを信じてやってくる人は……大抵霊感ゼロなんです! 私の姿を見せようにも見せれなくて!』
晴明とパンダ丸は思わず「あぁー」と納得してしまいます。
自分から心霊スポットに行く人のほとんどは、霊体験など皆無の人がほとんどだからです。
『だから私、なんとしても自分の姿を見せてあげようと……色々頑張ったんです。幸せにしてあげたくて……』
「色々って……例えばなんじゃ」
『例えば……鏡ごしに姿を現したり、トイレについていってあげたり、テレビの中の井戸から這い出てみたり……』
「見事に逆効果な物ばかりだな。特に最後の奴。そんな事したら客は怯えるに決まってるだろ」
『でも……私はとにかく人を幸せにしたいんです! 役に立ちたいんです!』
晴明とパンダ丸は顔を見合わせつつ、うーんと悩みます。
そして出た結論は……
「メイド服……着てみるか?」