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終わる世界で龍は唄う  作者: シャリ・クラゲ
9/12

第四節 正体と決意 そして龍は唄を奏で ②

はい、ギリッギリにすみません!

本日も終わ龍最新話投稿です!

ほんっとうに日付変更三十分前とかいうギリギリですみません!!

 自分が普通の人間じゃない事くらいは、分かっていた。

 髪の色も、鮮やかな瞳も、この身に宿った能力(ちから)も。

 その全てが自分という存在を、明らかに他から――他の人間達から隔絶していた。

 でも、それを追求する気にはなれなかった。追求するのが、怖かった。

 もしも、その答えを追い求めて見付けた先に得たものが、『人間としてのカイの存在』を否定するものであったならば。

 きっと自分は、今の生活を送れなくなってしまう。

 シエラ達と――〈レィミア〉の仲間達と過ごす、今という時を、完全に手放してしまう。

 …………嫌だ、な……。

 それがカイにとっては、どうしようもなく怖かったのだ。

 どうしようもなく、寂しかったのだ。

 どうしようもなく――悲しかったのだ。

 なら、自分の正体なんて分からないままでいい。

『今』を続けていけるというのであれば、過去なんてどうでもいい。

 だからカイは、必死に戦った。

 ふとした瞬間にその鎌首をもたげ、己の身に雁字搦めに絡み付いて来る疑念を晴らす様に、自分にできる事を懸命にこなした。

 そんな日々が、これから先もずっと続くのだろうと思い、少しだけ憂鬱を覚えて。

 そしてそんな日々が、この先もずっと続きますようにと、小さく願った。


 これは幼少期の、カイの記憶。

 そして今、牢に眠るカイの見ている、夢のお話――……。



 カイが正体を明かされ、この牢に入れられてから、大体二日が経とうとしていた。

「…………ん」

 硬い床に寝転がったまま、カイはぼんやりと薄目を開けた。

 地下に作られた牢の中は、日中だろうが夜だろうが、その景観に大した差異は無い。

 精々違うものがあると言うなら、外口から直結している廊下の所々より射す光が、太陽のそれか月明かりのそれかという点くらいのものだろうか。

 そして今、カイの視界に入り込むのは、僅かな蒼色を孕んだ柔らかな月の光。

 運ばれてきた夕食をちまちまと胃袋に入れてからすぐに目を閉じ、随分と長い時間を眠り続けていた様な気がするが、どうやらカイ自身が思っていた程時間は過ぎてはいない様だった。

(………………)

 こんな殺風景な場所では、特にする事も無いので、とりあえずカイは目を閉じ、聴覚に神経を集中させる。

 聞こえてくるのは、外界に剥き出しとなった事でいつもより鮮明に聞こえて来る、〈核〉の奏でる静かな鼓動。

 鼓動とは言っても、アヤカシは心臓で動いている訳ではないので、正確には呼吸音にも似た、霊核の駆動音となる。

 いつもより、明らかにそのテンポは落ちており、周期に乱れが生じているのが、意識して聞き入らずとも分かる。

 ジンダイは結局、正体こそ教えてくれはしたものの、この先カイ自身がどうなるかは教えてくれなかった。

 だがしかし、大体の事ならカイにだって想像は付く。

 きっと自分は――あの〈核〉の身代わりとなるのだろう。

 そして今、〈核〉がそうされている様に、あの場所で〈レィミア〉と繋げられて、この大陸とそこに生きる全ての生命の未来の為にと、ひたすらに力を放出し続けていくのだろう。

 暗がりの中――――――たった一人で。

 ……恐らくは、とてつもなく長い未来を、そうやって過ごしていくのだろう。

(…………結局、そうなっちゃうのか……)

 それが嫌だったから、これまで目を背けて来た。

 触れぬ様にしてきた。

 けれど運命は、結局自ら進んでカイの元へとやって来て、この現状を作り上げた。

 暗鬱としたやるせなさが、カイの心に染みの様に広がっていく。

(って止めだ、止めだ! こんな事考えてたって、気を落とすばっかりだ!)

 二、三度かぶりを振って、もう一度聞き耳を立ててみる。

 続いて聞こえて来たのは、小さな羽虫の群れが織り成す奏鳴曲。

 一つ一つは小さな鈴の様な音であるが、それが何重にも折り重なり、一つの流麗な音楽となって静寂の夜を儚く彩る。

 この鳴き声はどれだったか…………そうだ、思い出した。

これは蛍コオロギの求愛の鳴き声だ。

 確か一回、シエラとヴェネトと三人で、真夜中にこのコオロギ達の集まる水辺の近くに行った事があったっけ。

 あの時は、本当に綺麗な景色が見れた。

 蛍コオロギは年に一回、〈レィミア〉に流れる清流の各所に点在する、最も流れの緩やかなポイントに一塊の群れを作って集合する。

 そして、流麗で優しい音色を奏でて、腹部の発光器から光を放ちながら一斉に飛び立ち、伴侶を得る為に空中で舞い踊るのだ。

 それは短い寿命の最期を飾る、一夜限りの晴れ舞台。

 一瞬の命が魅せる、泡沫の様な邯鄲の夢。

 星の煌きよりもなお、淡く脆い――夢幻の様なその景観に、幼いながらにしてカイは確かな感動を覚えたのを、今でもしっかりと記憶している。

 このコオロギは非常に澄んだ小川の源流にしか集まる事は無く、自然の豊かな〈レィミア〉においても、そのポイントはかなり限られてくる。

 しかも子供だけで行ける様な場所となると、大きな群れが形成される事は非常に稀。

 あの時の自分達は相当に運が良かったんだな、と今更ながらに痛感する。

 そしてもしかしたら、あそこで自分は先の人生の運というものも、全部使い果たしたのかなぁ……、なんて突拍子も無い的外れな思案までもが、頭の中を過った。

(ま、あれで使い果たしたんなら、それはそれで満更悪くも無い使い方だったかもしれないなぁ……)

 ふっ、と僅かに笑う。

 そして感じた、ほんの少しの睡魔。

 当たり前だが、こんな暗く硬い牢の床で幾ら眠った所で、短時間に何度も無理を重ねた代償として全身を蝕む、通常の数倍にも匹敵する強烈な疲労感が完全に回復する訳が無い。

 そこに寝起きで、目を閉じ、子守歌の様な蛍コオロギの奏でる安らかなメロディーに聞き浸っていては、眠気に襲われるもの無理は無かった。

(せめて、もう一回くらいは……。シエラ達とあの光景を見たかったなぁ……)

 ストン、と。カイの意識に闇がかかる。

 その一瞬前に、脳裏を過るのは、まだ幼い、白とも見える灰色の髪をした少女の、年相応な無垢なる笑顔。

(俺は少しくらい……シエラの支えになれたんだろうか……な……)

 分からない。知る術は無い。だから、祈る。

 どうか、そうでありますように――と。

 ほんの少しでも、俺という存在が彼女にとって、意味のあるものでありますように、と。

 そうして意識を手放しかけた――その時。

 カシャン。

「ん?」

 すぐ近くから、何か物音がした。

 さっきまで聞こえていた音とは明らかに違う、何か――固い音。

 そして確かに感じた、人の気配。

 ゆっくりと、瞼を持ち上げた。

 そしてカイの瞳は、月明かりを背にして立つ一人の人影を。

 青白い光の元に幻想の様に映える、美しい、淡白な色合いの灰色を見た。

「シエラ……?」

 見間違う筈も無い。間違えられる訳が無い。

 もう二度と対面する事は無いだろう、と諦めかけていた少女の見慣れたシルエットが、石造りの床に転がるカイの目の前に。

 牢の柵だけを挟んだすぐ側に、確かに立っていた。

 その右手に、予備品と思われる短剣型の汎用霊具を握り締めて。

「お前、何して……」

 気怠い身体に力を込めて、ゆっくりと起き上がる。

 ごく短時間内での、極めて急激な霊力の消耗による影響は、日を跨いだ今でも、依然としてカイの身体に重くのしかかっている。

 暗がりの中、ぎこちなく動くカイの眼前で、

「……伏せて、カイ」

「え……?」

 シエラの影が、携えた霊具の切っ先を牢の鍵に向けた。

 バキン、と鍵が外からの瞬間的な力を受け、金属音を一つ鳴らして壊される。

 そして軋む様な音を立てながら、牢の扉がゆっくりと開かれた。

「シエ、ラ……?」

 今一度、呼び掛けた。

 彼女が何をしているのか、理解出来なかった。

 背後から射す光の所為で、カイからは暗い影となったシエラの表情は読み取れない。

 困惑を浮かべたままのカイに、シエラが歩み寄り、そして膝を折る。

 少女の細く小さな手が、そっとカイの手に重なった。

「私と――――逃げよう……」


  ◇


「く、っ……。はぁ……はぁ……」

 シエラに手を引かれるまま牢から抜け出したカイは、その手に引っ張られるまま、神殿の裏に隠れる形となっている細い獣道を駆けていた。

 過剰な疲労でいつもより数段重いその身体の動きは未だ本調子には程遠く、手を引いて先を行くシエラに付いて行くので精一杯だ。

 それでも、シエラは諦めない。

 何度も、何度も、カイの手をしっかりと握り直しながら、着々と神殿から――集落のある平野部から離れて行った。

「シエラ……、一体何処に……」

「そんなの分かんないわよ……! でも、とにかく先へ……皆に見付からない場所へ……」

 無茶だ、と。内心でカイは思った。

 確かに、集落があるのは〈レィミア〉のほんの一部。

 それこそ、大陸の隅っこの一角に過ぎない。

 それ以外の場所は、深い自然に――山や森が鬱蒼と生い茂る野生の世界に覆い尽くされている。

 人の手の届かない場所だって、確かに在る。

 だがそうは言っても、所詮は限られた小さな大陸の外を出ない、狭い世界での話だ。

 時が来れば、必ず見付かる。

 逃げ切るなんて、到底現実的とは思えない。

 そんな事はカイが言うまでも無く、分かり切っている筈なのに。

 それでもシエラは、こうしてカイを連れ出し、必死になって助けようとしている。

 どうしてそんな事をしているんだ……、と。

 カイにはシエラの思う所が一体何なのか、理解出来なかった。

「――っ……」

 突然、シエラが足を止めた。

「どうした?」と尋ね、カイは少女の視線を追う。

 その先には、一人の青年が腕を組み、木に背をもたれて立ち尽くしていた。

「……ヴェネト」

 もう一人の親しき友人は、何も言わない。

 ただ射貫く様な視線を、寄り添うカイとシエラに向けていた。

「――シエラ」

 低い声で、ヴェネトが尋ねる。

「お前は……自分が何をしているのか、分かってるのか?」

「何よ……。私はそんなに馬鹿に見えてるって言うの?」

「馬鹿じゃなきゃ、今みたいな事はしていないだろうさ。次期族長よ?」

 辺りに、剣呑な空気が漂い始める。

「今のカイは、この〈レィミア〉を存続させる為の鍵みたいなもんだ。それを勝手に連れ出すなんて事が、許されるとでも思っているのか?」

「許しを請おうなんて、初めから思っちゃいないわよ。当然、もう此処に戻るつもりもね。――何? そんな事を言う為に、わざわざ槍まで持ち出して、こんな夜の山道で待ち伏せてたの?」

「さぁ。どうだかね」

「よっ……と」と呟きながら、ヴェネトがその背を木の幹から剥がす。

 そして二人の行く手を阻む様に、細い道の真ん中に立った。

「……退いてよ。通れないじゃない」

「通させない様に動いたんだから、そりゃ当然だろ。今の俺はあくまで、〈レィミア〉を護る防衛団の一員。第一部隊隊長のヴェネトなんだからな――」

「――っ!」

 シエラが、短剣を構えた。

 その刀身に、柄を握る少女の手から送り込まれた霊力が集中するのを、側で立つカイの眼は捉える。

(マズい……このままじゃ……)

 この勝負、どう考えてもシエラに勝ち目はない。

 シエラの本来の得物は、遠距離武器である(フォルトゥーナ)だ。

 対するヴェネトが握るのは、使い込まれた愛槍。

 そして彼自身、数ある現役術士の中でもトップクラスの実力者だ。

 普段使わない武器――使い慣れていないタイプの霊具で、明らかに力で劣るシエラが満足に立ち回れる訳など無い。

「おいシエラ。もういい……。もう……」

 しかし少女は、聞く耳を持とうともしない。

 増幅し続けるシエラの霊力が、遂に臨界まで高まった。

「あんたも少しは、情のあるやつだと思ってたのにね……っ!」

 刀身が光り、切っ先に霊力の光弾が形成された。

 指向性を与えられた光の弾丸が、一息の内に放たれる――――

「っ⁉」

 ――――筈であった。

 構えすら取っていない。

 まるで戦う気の無さそうな立ち姿をしていたヴェネトの身体が、一瞬で消えた。

 霊力を使った身体強化による爆発駆動だという事は、すぐに二人共察しがついた。

 が、その時にはもう遅い。

 七メートル程の両者の間合いが、一瞬で詰められる。

 長物の槍を短く構え、シエラの腰程の位置まで姿勢を下げたヴェネトが槍を突き出し、下からシエラの得物を弾き飛ばす。

 ポーンと弧を描いて、エネルギーを失った短剣の霊具はシエラの手を離れ、後方の地面に突き刺さった。

「きゃ……っ!」

「シエラ!」

 反動でよろめいたシエラの身体を、カイが抱き抱えて受け止める。

 勝負にもならない。

 勝敗は、一瞬で決した。

「慣れねぇ事はするもんじゃねぇぞ、シエラ」

「く……」

「……これで終わりだ」

 悔し気に唸るシエラ。

 しかし得物も行く手も失った彼女に、最早抵抗の余地など無い。

 ここまでなのか――、という消極的思考がその頭の先を覗かせかけた。

 ――が。

「……?」

 シエラの予測と違い、ヴェネトはその身体を脇に避けた。

 訳が分からず、ポカンとした顔で固まるシエラとカイ。

「……何のつもり?」

はあぁぁぁ……、と大きな溜め息。

「ったく、察しが悪いなぁ……。言ったろ。俺の第一部隊隊長・・・・・・・・としての役目・・・・・・は終わりだって。止めようと抵抗しましたが、優秀な次期族長の火事場の馬鹿力に押されて取り逃がしました。……そういうこった。ほら、早い所行けよ」

 ポリポリと頭を掻いて、ヴェネトがシエラの背を押した。

「ヴェネト……お前……」

「俺だって一人の人間なんだ。そりゃ進んで親友を手にかける様な真似事はしたかねぇさ。……ましてや、お前は半分、俺の弟みたいなもんだなんて知っちゃあな……」

 ずきり。カイの心臓が、僅かに痛む。

 確かにカイは、身体的な面に関してはヴェネトの実弟に当たる。その事は、ジンダイから聞いている。

 しかし今此処に居るのは、ヴェネトの弟であるアルトではない。

 その身体を勝手に借用しているだけの赤の他人、カイだ。

 そんな事はヴェネトが一番よく理解している筈なのに、あえてそう口にした目の前の親友に対し、カイはどうしようもない申し訳なさを覚えてしまう。

「……だーっ! ほら、ボーッとしてないでさっさと行けっての!」

 カイの手よりも一回り大きな、逞しいヴェネトの手の平が、二人の背中を押した。

 それは先程までの、戦士の手ではない。

 気さくで面倒見のいい、若年組の兄貴分の――ヴェネトの暖かな手であった。

「俺はな、封術士なんだ。この大陸を最前線で護る戦士だ。そして戦士である以上、そこには俺なりの、戦う上での矜持ってもんがある。それを、たかだか龍一匹と女一人抜けただけで護れなくなる程、俺の想いはヤワじゃねぇよ。――だから、振り返んな。前だけを見ろ。お前らはお前らの生きたい所で、生きたいように、生きていけ。それが俺から……俺達(・・)からできる、たった一つの送り物だ」

「ヴェネ、ト……」

 シエラの声は、その年の女の子にはみっともない位、こみ上げる嗚咽に掠れていた。

「族長は、俺達がどうにか言いくるめるさ。あの〈核〉だって、別にまだ死んでる訳じゃねぇんだ。どうにかこうにか持ち直せるように努力するさ」

 神殿の向こうに淡く光り続ける両推結晶を後ろ手に指差して、ヴェネトは笑う。

 そして、釣られる様に表情の端を緩めたカイの胸を、軽い拳で優しく小突き――。

「……達者でな、お前ら」

「あぁ。……皆――元気で――――……」

 見送る友に背を向けて、カイとシエラは歩き出した。

 暗い森の中を、手を取り合い、寄り添い合いながら足を進める。

「……なぁ、ヴェネト。最後に……」

「ん?」

 優しい声。カイは足を止め、その声に振り返る事無く問う。

「お前は俺の正体を知って、どう思った?」

 沈黙。しかし、それも一瞬。

「もう見る事の叶わない――絶対に会う事は無いと思っていた弟の成長していく姿を、この目で見届けられた。その時に気付いていなかったとしても、確かにこの目に捉える事ができた。それが嬉しくない兄貴が、この世にいるかよ……バーカ」

 曇りの欠片も無い、朗らかな声だった。

「そう――か」

 小さく、カイは笑った。

「――――ありがとうな」

「――応」

 それが、最後だった。

 再び歩き出した二人の姿は、然程の時を待たずして暗闇に消える。

 やがて、いつの間にか雲のかかっていた空より、冷たい雨粒が降り始めた。

 降りしきる雨は、立ち尽くす者達にも、暗闇を行く者達にも容赦なく降り注ぎ。

 彼らの頬を、絶えず濡らしていった。


  ◇


 仲間達に見送られた後、カイとシエラは降りしきる雨の中を、ひたすらに歩き続けた。

 少しでもいい。ほんの少しでも、遠い場所へ。誰にも見付からない所へ。

 そんな思いが、彼らの足を突き動かした。

 流石にこの雨の中を進んで闊歩する様な獣はおらず、恵の雨に喜ぶカエルの鳴き声ばかりが、鬱蒼とした森の中に流れている。

 巨大な植物の葉を雨避け代わりにしたり、木々が密集して雨粒が届きにくい場所を通ったり。

 あの手この手で進み続け、三時間程が過ぎた後、彼らは大きな岩棚の一角に開いた、小さな洞穴を見付けた。

 入口はやや小さいものの、いざ入ってみれば奥行きも高さもあり、地面より少し高い位置に穴が開いている為、地に流れる流水が浸透して来る心配も無い。

 折角見付けた休息ポイントな訳だし……、という事で、彼らはこの洞穴に一晩身を置く事にした。

 ざあざあと振り続ける激しい雨風の中、この生い茂る森を無理矢理突き進むのは流石にリスクが高すぎる。

 幼き頃よりこの自然と密接に生きて来た彼らだからこそ、先を急ぐあまりに無茶な行動をとる、という様な愚行を犯す事は無かった。


 そんな事情もあり、カイとシエラは今、薄暗い洞穴の中で二人。

 互いに背中をくっ付けた状態で岩棚の上に寝転がり、束の間の休息をとっていた。

 ここ数日、石造りの牢で寝泊まりしていたカイとしては、固い床での睡眠というのものは、あまりいい気はしない。

 それでも、今は牢に居た時とは違う。

 今は自分のすぐ側に、他人の温もりが――シエラが居てくれている。

 たったそれだけで、カイにとってこの洞穴での休息は、牢でのそれよりも遥かに心地のいいものの様に感じられた。

(……とは言っても、流石に少し寒いな……)

 外は冷たい霧の立ち込める雨天。

 そして二人の居る洞穴の入口は開け放し。

 当然、被さる布団の類も一切無い。

 肌寒さを覚えてしまうのも、無理は無かった。

「……へぷちっ!」

 可愛らしいくしゃみが、頭の後ろから聞こえて来た。

 背中に降れているシエラの身体が、一度大きく震えたのが分かる。

「シエラ、寒いのか?」

「うん……ちょっとね……」

 ぶるっ、とシエラが寒さに身を震わせた。

(そう言えば、シエラってちょっとばかし冷え性体質なんだったっけか……)

 昔の話をぼんやりと思い浮かべながら、そんな事を考える。

 それならこの肌寒さは少々苦しいかもしれないな、と思い立ったカイは、

「シエラ。ちょっと……」

 むくり、とその上体を起こして、シエラを呼んだ。

「どうしたの、カイ?」

 背中に感じていた少年の温もりが離れてしまい、シエラも同じように上体を起こした。

「そのまま、動かないで」

 そう言うと、カイの瞳が変化し、光の龍鱗が何処からともなく折り重なって、白龍の姿を成す。

 身体を伸ばす様なスペースは流石に無いので、洞穴の真ん中で半身を起こしたシエラを取り囲む様に、その細長い身体を洞穴の外周に沿って丸めた状態の〈カイ〉。

『よっ……こいしょっと……』

 腹をべったりと床に付けたまま頭だけを持ち上げて、もぞもぞと動き辛そうにその体勢を縮めていく。

 小さく、小さく、よりコンパクトに収まる様にと、蛇の様なその身体を丸めていって。

「あ――」

 最終的には、〈カイ〉の身体がシエラの身体を、すっぽりと包み込む状態となっていた。

 その様はまさしく、獣の親が我が子を抱き寄せ、自らの体温で温めてやる光景そのもの。

 身体全体を包み込む大きな龍の身体の温もりが、冷え切っていたシエラの全身を優しく掻き抱いていた。

『どうだ? これで寒くないか?』

〈カイ〉の瞳が、少女の身体に掛け布団の様に覆い被さる尾の細毛の間から問う。

「うん。とっても――温かい」

『そうか。なら、良かった』

〈カイ〉の瞳が、優しい弧を描く。

 表に出なくても、今の〈カイ〉がどんな表情をしているのか、簡単に想像がつく。

 ――あぁ、やっぱり、カイはカイだ。

 人であろうと。龍であろうと。アヤカシであろうと。

 カイはいつでも優しくて、暖かくて――。

 昔から何も変わらない、私の大好きなカイだ――。

 暖かなものが、シエラの胸一杯に広がる。

 頭を預けている〈カイ〉の暖かな腹部に、そっと右の手を重ねた。

 穏やかな呼吸のリズムに合わせて膨らんでは萎み、また膨らんでは、また萎む。

 それは、〈カイ〉が生きている事の紛れも無い証拠であり、〈カイ〉が側に居てくれている事の絶対的な証明。

 不意に込みあがる愛しさが、少女の頬に茜を刻む。

 翠白の鱗を纏った龍の身体を、何度も、何度も。優しい手つきで撫でながら。

「ねぇカイ。覚えてる?」

 シエラは〈カイ〉に語り掛けた。

「私とカイが、まだ出会ったばかりの頃。あの時もこうして、私の事を温めてくれたよね」

『あぁ。しっかり覚えている。忘れる訳が無いだろ。だってあの時が――』

 ――あの時の記憶が、今の俺を作り上げている様なものなんだから。

 龍は僅かにその首を持ち上げ、暗がりの岩壁を見詰める。

 その目には、今なおその目に眩しく映る過去を思い起す、懐旧の念が浮かんでいた。



ありがとうございました!

明日は多分日中に投稿すると思います。


では、また明日! グッナイ☆


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