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終わる世界で龍は唄う  作者: シャリ・クラゲ
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第三節 灰の彼方より災いは来りて ③

あああああああああああああああああああああああああああ!!!!!

昨日現実リアルの仕事で忙しくて更新忘れてましたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!

すみませんでしたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!

「カイ、大丈夫なの?」

「あぁ。一気に霊力を解放し過ぎた反動が来てただけだから。もう、自力で飛ぶくらいの事は普通に…………っ⁉」

 呼吸を整えたカイが、そう告げて肩を借りっぱなしのシエラから離れようとしたその時、彼の脳裏を電流の様な感覚が駆け抜けた。

 反動が薄れ、元の調子を取り戻し出した彼の感性が、何か(・・)を捉える。

それが何かは分からない。

 ただ一つだけ。

 ハッキリとした悪寒が、その意識には刻み付けられていた。

「……カイ?」

「どうしたんだよ? いきなり血相変えやがって……」

 シエラもヴェネトも、首を傾げるばかり。

 だがそんな彼らの反応も、その声も、今のカイには見えていない。

届いてすらいない。

(何だ……この嫌な感じ。一体何処から……)

 慎重に、辺りを見回す。

 さっきの使徒型(アポスウェル)

 …………いや、違う。あれは完全に破壊した。

 その身体から崩壊の粒子が零れて、灰の中に消え失せるのも確実に見届けた。

 なら、この刺す様な予感は何だ?

 この嫌な感覚の正体は……?


 眼下に広がる灰の海。

 頭上を覆う大空の天蓋。

 やがてその視線は、白い世界にポツリと佇む〈レィミア〉へと移る。

 普段と、何も変わらない。

 空の青と灰海の白の狭間に浮かぶ、緑色の大地。

 山があって、森林の中には陽の光を弾く大きな湖もあって。

 その上空には、ゴマ粒の様な黒点にしか見えない鳥の群れが飛んでいて。

「――!」

 そして、カイは見た。

 鳥達の成す群れの影が、僅かに……だが確実に、一瞬、不自然に揺らぐその光景を。

 その揺らぎは虚空の中に次々と伝播していき、一つの輪郭を顕わにした。

「――マズいっ‼」

「きゃ……!」

 考えるまでも無かった。

 思考なんて、その判断には追い付かなかった。

 シエラの支えを解いて、単身中空に身を投げ出す。

 そして即座に龍へと変化(へんげ)し、爆発的な加速を以て飛翔した。

「お、おいカイ! 待てよ! 一体何を――――⁉」

 ヴェネトの声が、その台詞を終えるまでも無く、互いの距離を引き剥がされて聞こえなくなる。

(やられた……! あの幻獣型(ファンタメイル)の群れも使徒型(アポスウェル)さえも――!)

 襲撃の本命ではなかった。

 暴風の中、〈カイ〉は歯噛みする。

 もう霊力の残量だとか消費量なんて考えている暇はない。

 視界が、翠の霊力に染め上がる。

 螺旋を巻く穿撃のエネルギー。

 激流を纏った〈カイ〉が〈レィミア〉の上空――揺らぎを孕んだ空間に(・・・)激突(・・)した。

『イイイィィィィィイイィィィィィィ‼』

「な……ッ⁉」

 高い音が、その空間から木霊する。

 波紋がその表面に走り、〈カイ〉の激突した地点を中心に、何かがぐらりとその体勢を歪ませた。

 そして激突の衝撃が、ソレの特異能力(ステルス)を引き剥がす。

 虹色の波が空間に走り、その下から紫色の外表が現れる。

 大きさは、先のものよりも一回り小さ目。

 その全体の半分以上を占めるのは、膨らみのある円形の大翼。

 そして二つの大翼に挟まれた、小さな胴体。

 胴の先には、真正面に伸びる極太の一本角を生やした突顎の頭部。

 二体目(・・・)使徒型(アポスウェル)が、ステルス能力を用いて身を隠し、戦闘の混乱に乗じて〈レィミア〉の直上まで迫っていた。

 猶予も、余裕も、ある筈が無い。

 対抗の手段など、選んでいる時間は皆無であった。

『コイ、ツぅ……っ!』

 突き飛ばしたアヤカシの首元に、〈カイ〉がその牙を突き立てる。

 硬い外殻を持たない使徒型(アポスウェル)の紫色の身体に白龍の牙が突き刺さり、生々しい感触と共にブツブツと肉を断つ。

 脚の先の爪をアヤカシの表皮に引っ掛けて、細長い身体を波打たせ、唸りを上げながら〈カイ〉が肉薄する。

『キイィィィィィィィ‼』

 先の個体より耐久で劣るのか、特攻染みた攻撃を続ける〈カイ〉に押され気味の使徒型(アポスウェル)だったが、黙ってやられるだけの筈も無い。

 一声の嘶きと共に、反撃が始まった。

 両の大翼が、〈カイ〉を包み込む様に閉じられる。

 回避を……、と思案を巡らせるが、もう遅い。

 アヤカシの半球の翼がカプセルの様に〈カイ〉を閉じ込めたその瞬間、窪んだ翼の内側から数多の光条が一斉に放たれ、龍の鱗殻の身体に突き刺さった。

『が……はっ……!』

 牙が紫の肉から剥がされ、鋭い痛みに龍の身体が仰け反る。

 爪も、巻き付けた尾も、全ての拘束を解いた龍の腹に、更に一撃。

太い尖角から放たれた追撃の光条が叩き込まれた。

 先の使徒型(アポスウェル)との戦闘で疲労し切った今の〈カイ〉には、もうこの墜落の最中に攻撃から抜け出すという気力も残っていない。

 光線に落とされるまま抵抗も叶わず、その身体が真下にある神殿の一角へと激突した。

 ベキベキィッ! と、建物の木材が折れる音。

 突然の衝撃に晒された人々の悲鳴。

 そして全身の骨が砕けるのではないかという程の激痛が、〈カイ〉の身体を襲った。

 木屑と瓦礫、そして砂塵の巻き上がる地面に倒れる〈カイ〉。

 そして、そんな彼の元に再び降り注ぐ霊力の雨が、翡翠の瞳に映った。

『ッ――‼』

 陥没していた地面が、追撃を受けてより大きく、より歪に抉り込まれてゆく。

 咄嗟に龍鱗を周囲に展開する事で直接のダメージは回避しているものの、霧の様に立ち込める濃い砂煙が視界を潰し、巻き上げられた木屑と瓦礫と土の多くが、重力に引かれて〈カイ〉の上に覆い被さる。

『……ぐっ……⁉』

 砂の晴れたクレーターの中には、身体の半分以上を薄茶色の砂に埋めた〈カイ〉の姿。

 前脚より後ろは、無数の瓦礫が入り混じった重い土によって完全に生き埋めになっている。

 そして正面に展開していた龍鱗の壁が、形状を保てなくなり霧散して風に消えた。

『――――――』

 まるでそんな龍を嘲笑うかの様に、高度を下げて鈍足で迫る使徒型(アポスウェル)

 唸りを上げ、攻撃的な視線で睨み付ける〈カイ〉。

 しかしそんな〈カイ〉の威嚇も、今ではただの虚勢――強がり以上の意味を成さない。

 身動きの取れない〈カイ〉の元へ、三度の光線が放たれた。

 牙を剥き出す〈カイ〉の姿が、強烈な閃光に塗り潰される。

 着弾まで、一秒もいらない。

(なっ――⁉)

 しかし放たれた光線は、〈カイ〉ではなくそのすぐ側――陥没した地面の一角に突き刺さっていた。

(外した⁉ いや、まさかそんな訳が……)

〈カイ〉自身、驚きを隠せない。

 焦らし、などという訳も無い。

 アヤカシに、わざと相手を痛ぶって愉しむ様な性の悪い知性の類は無い筈だ。

 なのにこの至近距離で、確実に仕留められた筈の自分を倒さないなんて……。

 そんな思案も程々に、強烈な爆風が着弾地点より発生して、周囲の瓦礫ごと〈カイ〉の身体を吹き飛ばした。

『がっ……⁉』

 埋没から抜け出た〈カイ〉が呻きを上げる。

 四本の脚を地に付いて、重荷の降りた身体をどうにか持ち上げようと力を込めたその時。

(――っ!)

 唐突に、音が聞こえた。

 使徒型(アポスウェル)のたてている音とは違う。

 それよりも、もっと穏やかで、そして聞き覚えのある音。

 龍化した際にいつも小さく聞こえていたあの音が、陥没した地面に開いた大穴から、今までより大きく、そしてハッキリと聞こえてきている。

 それはつまり、その音の音源がそこにあるという事だ。

 そして〈カイ〉を外してまでその場所を眼前の使徒型(アポスウェル)が狙ったという事は、そのアヤカシの求める何かが、その場所にあるという事だ。

(一体、何が……?)

 首を持ち上げ、〈カイ〉がその場所を覗き込む。

 そして、目にした。

 この世界の――〈レィミア〉の最大の禁忌たるソレを。


 一見すれば、それは巨大な両錘型の結晶。

 しかしその中には、水晶の中にある筈も無い巨大な影があった。

 一目見て、それが何かは理解できた。

 それは――龍。

〈カイ〉のものよりも濃い、特大の宝石を思わせる翠色の鱗。

 二対の頭角。

 背を駆けるのは、三列に及ぶ結晶体の背ビレ。

 その姿は多少の差異はあるものの、異常な程に〈カイ〉のそれと酷似している。

『……は?』

〈カイ〉自身、その事を即座に理解した。

 ――理解してしまった。

 思考が止まる。

 目の前の状況が整理しきれない。

『あれは……』

 目を離せなかった。逸らせなかった。

 結晶に閉じ込められたソレの奏でる音色が、〈カイ〉の意識を鷲掴みにして離さなかった。

 ずっと聞こえていたあの音は。

 ずっと、自分を呼んでいた音。

 その呼び声の主が、そこに居る。

 冷たい結晶の中で目を閉じて、今も自分を呼び続ける巨大な龍の正体は――。


『…………俺……?』


 小さな声で、呟いた。


  ◇


「何なのよ……あれ……」

 シエラにも、訳が分からなかった。

 いきなり、疲弊しきっていたカイが血相を変えて飛んで行って。

 そうしたらいきなり、〈レィミア〉の上空に二体目の使徒型(アポスウェル)が現れて。

 そして〈カイ〉が落とされるのが見えて、急いで集落に戻ったら、神殿の下に巨大で〈カイ〉にそっくりな龍が居て。

 そして、聞いた事の無い音が――この混沌とした場にはあまり似合わない程、穏やかで優しい音が、辺りに満ち満ちていた。

「あれは……アヤカシ……?」

 ヴェネトが呆気にとられた声を発する。

 結晶の向こうにある巨龍の霊核は、その体内で僅かではあるものの確かに小さな光を放っている。

 つまりは、少なくともその龍の霊核はまだ死んでいないという事になる。

 何故、力尽きていないアヤカシが――そもそも力尽きていなくても、どうしてアヤカシが自分達の住む大地の下などに存在しているのか。

 誰もがその現実を受け止め切れずにいる中、最初に再起動を果たしたのはシエラだった。

『ィィィィィィィィ――!』

 上空から地上を真下に見下ろす形となっているアヤカシの奇怪な音が、シエラの意識を呼び戻す。

 全体のほとんどを占める翼の内側に、霊力塊の光が無数に浮かび上がる。

 その狙いが、真下にある神殿――正確には神殿の下に居る龍――である事は、明白であった。

「ダメぇぇッ‼」

 あれを撃たせてしまえば、確実に神殿に――そこに集まっている人々に攻撃の手が降りかかってしまう。

 フォルトゥーナを構え、霊力を爆発させて、シエラが使徒型(アポスウェル)の前に躍り出た。

 溜め動作中の右側の翼を目掛け、シエラが弓の弦を引く。

 一塊の霊力塊が弾け、無数の矢尻となって飛翔する。

 大翼に発生した大量の霊力塊にフォルトゥーナの矢が突き刺さり、エネルギー同士の衝突が爆発を引き起こす。

 爆発に煽られた紫の怪物が、大きくその体勢を崩す。

 しかしそれだけでは、使徒型(アポスウェル)の攻撃を止めるには足りない。

 反対の翼に溜め込まれた霊力塊の数々が、一斉に放たれた。

「マズい! 集落が!」

 シエラに続いて再起動を果たしていたヴェネト達が、一斉に降り注ぐ光条を打ち消すべく霊力を熾す。

 が、その全てを迎撃する事は出来ない。

 撃ち漏らした光が、一つ、二つと平野の地面を刻んでゆく。

 土塊が舞う。

 民家が砕ける。

 巻き込まれる人々の悲鳴が着弾の騒音に紛れ、掻き消される。

 光線の雨は、当然神殿にも襲い掛かった。

 大きな建物のあちらこちらで爆発が起こり、黒煙が吹き上がる。

「くっ⁉」

 撃ち漏らした光線の束が眼前まで迫り、たまらずシエラが身を翻してそれを回避する。

 しかし振り返ってその向かう先を見た途端、一際強い焦燥がその瞳に浮かんだ。

「カイッ‼」

 光弾の向かう先には、巨大な結晶体を見詰めたまま動けずにいる〈カイ〉の白い身体があった。

 ――〈誕界ノ宴〉の時と同じだ。

 一点を見詰めたまま、ピクリとも動かなくなってしまう。

 今の〈カイ〉には周りの景色も、自身に降り注ごうとしている光の存在すらも見えていないだろう。

 急ぎ弦を引く。

 空中での宙返り動作の最中で放たれた光矢は、不自然な体勢での射撃にも関わらず的確にアヤカシの攻撃に追い付き、そして打ち消す。

 しかし、足りない。

地に佇む〈カイ〉に対し、光線が急速に迫った。

「はあっ‼」

 しかし、突如として聞こえた男の威勢が、その光線の全てを防ぎ切る。

 神殿を、そして地下から剥き出しとなった巨大な結晶を死守するが如く、蒼白く渦を巻く巨大な障壁が神殿の直上に立ち塞がり、結果として結晶の近くに居た〈カイ〉の身も護り抜いていた。

「お爺ちゃん!」

 その所業の主は、すぐに分かった。

 まだ被弾をしていない神殿施設の前で、杖型の霊具を掲げたジンダイの姿がシエラの瞳に映る。

 柄の先にある霊核が、ジンダイの霊力を受けて光を放ち、中空に展開した障壁にエネルギーを注ぎ続ける。

 隻腕となり、既に前線より脱した老翁であっても、かつては優秀な術士として多くのアヤカシを葬って来た実力者であり、彼はまだこの〈レィミア〉に生きる人々の長なのだ。

 一人の人間が作り出すには余りにも大きなバリアが、今の所辛うじて被害を免れ、逃げおおせた人々が集まる神殿の一角を護る。

『ルィィィィ――!』

 使徒型(アポスウェル)の攻撃が、地上に降り注ぐ。

 先のどの攻撃よりも速く、そして鮮烈なまでの密度を持った光線雨が、大翼と太角の全てから一斉に放たれた。

 視界を完全に埋め尽くさんばかりの、エネルギー体の集中豪雨。

 その全てが一斉に、半壊の神殿を目掛けて降りしきる。

「――っ⁉」

「ぐおっ⁉」

 攻撃の速さ、密度もさる事ながら、上空より降下を続け、最早その巨体の降下で生じた風を肌に感じられる程の距離にまで迫った敵からの、一斉攻撃。

 とてもじゃないが、こんなもの迎撃の余地が無い。

 シエラもヴェネトも、咄嗟に自身の正面に障壁を展開して防御に徹する。

 一部の勇猛果敢な術士が、攻撃を撃ち落とすべく霊具を攻撃態勢に構えるも――、

「お、おい馬鹿やめ……!」

 ヴェネトの叫びも虚しく、数発の光線を落としたところで術士の身体が光に呑まれた。

 燃えるでもなく、焼けるでもなく、消え去る。

 そうして幾人の人間を呑み込んだ光線の束が、一斉に地上へ――神殿を護り続けるジンダイの障壁へと突き刺さった。

「ぐお、おぉっ……⁉」

 しかし彼とて、歴戦の勇士といえども、その実、決して万能という訳ではない。

 そして万能でないが故に、古傷と身体の老いという、生物である以上逃れられないハンディキャップが、キリキリとその身体を蝕んでいた。

 強大な霊力の行使による負荷に、全身が悲鳴を上げる。

 あまりの衝撃に、身体が遥か後方へと吹き飛ばされそうになる。

 それでも、その老いた身体に鞭を打ちながら、ジンダイはその場所に踏ん張り続ける。

 しかしそんな努力も虚しく――――ビシリという嫌な音が、障壁の一角より漏れた。

「――ぐぅっ⁉」

 霊力密度の薄かった障壁の端付近の一部が、内側に向けて砕け散った。

 そしてその下にあるのは、結晶体が頭を覗かせる、巨大なクレーター。

 バリアを突き破り、行く手を阻むものの無くなった光線が、結晶とその中に居る巨龍へと殺到した。

 ガガガガガガッ‼

 硬質な結晶の削れる、耳障りな音。

 損傷した結晶より剥離した欠片達が宙に飛び、火花と共に四散しては周囲に降り注ぐ。

 一つ、また一つと、その表面を次第に亀裂が走っていくのが、上空から見下ろすシエラの目に映った。

 結晶とその中の龍の正体は未だ分からない。

 しかし、あの結晶を破壊させてはいけないと、彼女の直感がそう感じた。

 警告を告げる胸中の騒めきに突き動かされるまま、シエラは背後に向かって叫んだ。

「カイ‼ お願い! 戻って来て‼」

 まるで縋り付くかの様な、切迫した声。

 地に落ちたまま、目を見開いて硬直している白龍を。

 繰り返し繰り返し、呼び続けた。

「貴方が行かなきゃ、皆このまま殺されちゃう! 私達の〈レィミア〉が、無くなっちゃうのよ⁉」

 ――動かない。

 視線の一つすら、彼女の方を向く事は無い。

 それでも、と。

 次第に押されて行く障壁をどうにか維持させながら、再び龍の名を呼んだ。

「ねぇ起きてよ! カイ‼ カイィィッ‼」


  ◇


 ――暗い。

 カイの意識は、現実と切り離された虚構の中に漂っていた。

 匂いも温度も感じない。

 視界一杯に広がるのは、奥行きのある飾り気のない黒一色だ。

(ここ……は?)

 何かの拍子に、生き埋めにでもされたのだろうか。

 それとも自分は死んだのだろうか。

 ……分からない。

 自分の身に何が起こったのか。

 そして今、何が起こっているのか。

 その一切を理解する事が出来なかった。

(……ん?)

 その時、闇の中に一つの光が浮かんだ。

 少しばかり歩みを進めて、カイが目にしたもの。

 ――それは、巨大な龍。

 自分とほとんど変わらない作りの身体。

 それなのに、その巨大さはと言うと、龍化したカイよりもずっと大きい。

 蛇の様な鎌首を小さく引っ込め、何かをその胸にかき抱くかの如く巨体を丸く折り畳み。

 それは静かに、眠りについていた。

『――――――――』

 ふと、アヤカシの目がパチリと開かれた。

 長い首の先の頭がゆっくりと持ち上がり、その視線がカイのそれと交錯する。

 それは澄み切った翠色の、美しい瞳だった。

『――――――――』

「…………」

 龍は、ただじっとカイを見詰めたまま微動だにしない。

 カイ自身も、その場から動けずにいる。

 意識の暗礁で、無言のまま互いを見詰める龍と少年。

 二つの姿だけが浮かび上がる闇の中には、唯一巨龍の呼吸音だけが静かに聞こえている。

 音を掻き消す雑音も、伝達を遮る障害も。

 それを阻むものの一切が存在しないこの場所で、その()は――。

 ――――――ミツ――――ケタ――。

 明確な意思を持って、カイの意識に届いた。

(――え?)

 そしてその意思を自覚した瞬間、意識が歪んだ。

 思考が歪んだ。

 己の自我が歪んだ。

『カイ』の人格そのものが、歪んだ。

 ぼろぼろと崩れ去る様に、頭の中が、今の『カイ』という一つの意識を得てからの記憶が、記録が、思い出が、霞の向こうへと消えて行く。

 ――嫌だ。忘れたく……ない。無かった事になんて、したくない――!

 しかしいくら願えど、どれだけ祈れど、カイの頭はじわじわと白い霞に支配されていく。

 痛みは無い。苦しみも無い。

 ただ、悲しくて。辛くて。そして寂しくて。

「嫌だ……。嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ…………」

 消えゆくモノを逃さぬ様にと、必死に頭を押さえ込み。

 消えゆくモノが零れぬ様にと、固くその瞳を閉じて――――…………。

 ――――――カイ――――‼

「あ……」

 言葉が――少女の声が、聞こえた。

 一体、何処から……? 誰の声が……?

 見渡せども、辺りには何も居ない。

ひたすらに黒い空間が、彼方まで広がるばかり。

 ――――カイ――‼

 また聞こえた。

 何かを呼ぶ声。

 誰かを呼ぶ声。

 そして耳に馴染んだ、少女の声。

「――カイィィィィッ‼」

 彼を呼ぶシエラの声が、手放しかけていたカイの意識をがっしりと掴み取り、そして一気に現実の世界へと引き戻した。



 ヒュイイイィィィィィィィィィッ‼

『おおおおぉぉぉぉぉぉぉっ‼』

 抜け殻の様に立ち尽くしていた〈カイ〉が、天を揺るがす大音声を上げて咆哮した。

 笛に似た龍の鳴き声と、喉を介さず発せられるカイ(・・)の雄叫びが、雲のかかり始めた曇天の下に共鳴して、大気を揺るがす。

 脳内に渦巻く違和感や、意識にかかる霞の様な感覚は未だに消えてくれない。

 今だって少しでも気を緩めれば、再びあの結晶に意識を持っていかれそうな錯覚に陥る。

 ――だからどうした。

 俺はカイだ。

〈レィミア〉防衛団の一人。

 動物に嫌われる留守番隊長。

 ヴェネトの親友。

 そして、シエラの――!

『うおおぉぉぉっ‼』

 砂煙の舞い踊る中、地を蹴って〈カイ〉が飛び立った。

 そして視界の利かぬまま、溜め込んだブレスを一直線に放つ。

 砂塵を突き抜けて迸る蒼炎が、過たず使徒型(アポスウェル)の右の大翼を穿った。

 その翼の内側に幾つも収束していた、多数の霊力塊を巻き込んで。

 呻きを上げる巨体。

 蒼炎に貫かれたドーム状の翼に大穴が空くのと同時に、その翼にチャージされていた霊力塊が一斉に弾け飛び、爆風にアヤカシの巨体が強く揺さぶられる。

 翼を破壊されたダメージと、そこに重ね掛けて体勢を崩された事で、絶える事無く降り注いでいた無数の光線の閃きが止んだ。

「っはぁ……っ!」

 無意識の内に止めていた呼吸を、一気に吐き出すヴェネト。

 両手で掲げていた槍を下ろしたその脇を、一迅の白風が吹き抜けた。

 軌道に淡い燐光を残して飛翔する、一匹の白龍。

「――カイ‼」

 シエラの表情に喜色が射した。

 通過の瞬間、シエラの視線に〈カイ〉の視線が重ねられる。

(――ありがとう)

 言葉には出ない、ほんの僅かなアイコンタクト――ただそれだけ。

 それでも、その胸の内はしっかりと、少女の元に届けられていた。

『ぉぉらぁぁぁぁっ‼』

 崩された体勢を持ち直そうと動き出した使徒型(アポスウェル)に対し、そうはさせるかと言わんばかりの追撃が叩き込まれる。

 二度(にたび)放たれた蒼の閃光。

 その煌きが、爬虫類を思わせる頭部より伸びた巨大な一本の太角に吸い込まれる様に迫り、そしてその根元からへし折った。

『ギッ……キィェェァァァァァァァァ‼』

 一際大きな咆哮が、外殻を持たぬ紫皮に覆われた怪物の喉より溢れ出た。

 頭部を振り上げ、絶叫するアヤカシ。

 そして下方より滑翔し迫る〈カイ〉の眼前には、一切の防御手段を講じれずにいる、アヤカシの無防備な腹部が晒されていた。

『ううぅぉおおぉぉぉぉぉぉぉぉっっ‼』

〈カイ〉が加速する。

 翡翠のエネルギーをその身に纏い、天翔ける彗星となり、柔らかなアヤカシの懐へと突撃した。

 鼓膜を打ち破る様な破裂音が、辺り一面に木霊した。

 その翼に比べて不格好な程に小さな胴体部に、全衝撃が叩き込まれる。

 突撃と同時に、〈カイ〉の纏っていた翠色の穿撃のエネルギーが弾け、〈カイ〉の七倍はあろうという使徒型(アポスウェル)の巨躯が、冗談の様に吹き飛んだ。

 その異常な光景に、人々は声を上げる事すら忘れてただ上空を見上げるばかり。

 やがて〈レィミア〉領域の外に広がる灰海より、白灰の水面に使徒型(アポスウェル)の巨体が打ち付けられる轟音が響いて、

「「――おおおおおおおおおおおおおっ‼」」

 そこでやっと、彼らは意識を取り戻した。

 歓喜。喝采。歓声。勝ち鬨。

 空は僅かな暗みを帯び、無音となっていた薄闇の大地に、生き残った者達の歓呼の声が何重にも折り重なって響き渡る。

 驚喜に沸く地上にゆっくりと降り立った〈カイ〉。

『ぐ……』

 流石に、もう体力も気力も限界を越えていた。

 地に足を着くと同時に〈カイ〉の手足が、がくりと折れてその場に倒れ伏す。

「カイっ!」

 寸分の間を置く事も無く、シエラが自身の得物をぽいと放り出してその側に駆け寄った。

「うわっと」と声を上げながら、その背後でフォルトゥーナを受け取り、ヴェネトもそのすぐ後ろに付いて来る。

 横倒しに倒れる〈カイ〉の身体は程無くして光に溶けて、龍の居た場所には地に倒れたカイの姿だけが残された。

「シエ……ラ……」

 抱え上げられた状態で、力無い声を上げるカイ。

 しかしその口元には僅かではあるものの、確かな笑みの欠片が見て取れていた。

「良かった……本当に……。……ありがとう、カイ……」

 激戦に揉まれて、煤や土塊にまみれた少女の泣きっ面。

 可笑しそうに微笑を漏らしたカイであったが、

「ちょ、ちょっとカイ⁉」

 力の入らない身体を空元気で無理矢理動かし立ち上がろうとし出した彼を、シエラが抑えた。

「何してるのよ⁉ 今は消耗し切ってるんだから、少しでも身体を休ませないと……」

「シエラ……。族長は……? 族長と、話が……」

「――っ!」

 カイの言葉に、多くの者がハッと息を呑んだ。

 そしてカイの元に集まっていた人々の視線は、一つ、また一つと、人だかりの外から少年の元に歩みを進める一人の男の方へ向けられていく。

「……カイ」

 険しい顔をしたジンダイが、側近と数名の老人――神殿の幹部達を引き連れて、カイとその身体を支えるシエラの側まで歩み寄った。

 その顔には、勝利の悦楽や歓喜の色など微塵も見受けられない。

 ただただ重く、暗い影ばかりが、その表情には落ちていた。

「族長……、あの結晶は……。あの龍は……?」

 カイ達を取り囲む人々の視線が、対面する二人と、陥没した地面の中で淡光を放つ両錘の結晶の間を行き来する。

 正確には、結晶の中に眠る龍と、それに酷似した姿を持つもう一人の龍の間を。

 所々ひび割れ、破損している結晶の中で、まるで死んでいるかの様にピクリとも動かない巨大な龍。

 しかし、そこから放たれる濃厚な霊力圧が。

脈を打つ様に僅かな明滅を繰り返すその結晶が。

そして今となってはカイ以外の者の耳にも届いている、鞴の様な穏やかな音が。

 その龍がまだ生きているという事を、何よりも明解に表していた。

「……分かったんだな。あれが――お前が何者であるのかが」

 硬く口を結んでいたジンダイの口から放たれたのは、たったこの一言のみ。

 しかしそれ以上の説明も弁明も、今のカイには必要無かった。

 あぁ――――やはりか。

 やっぱり、そういう事だったのか。

 首は、振らない。

 ただ無言で、カイは視線をジンダイから外した。

 そしてそれは、ジンダイの言葉に対する、どんな言葉よりも明確な肯定となった。


  ◇


 灰の中を、片翼を奪われた紫の巨体が力無く、ゆっくりと漂っている。

 しかしそれは決して、死んでいる訳ではない。

 霊核を内包した胴体への強烈な衝撃による影響で、霊核の機能がダウンしているのだ。

 何とか生命活動を維持する事は出来ているものの、今の状態では、到底戦う事など不可能であった。

『ギッ…………ギィ、ギ……』

 か細い呻き。

 油の切れた機械が軋む様な、ぎこちない音がその喉から漏れる。

 霊核は未だ、その機能を完全に取り戻してはいない。

 言う事を聞かぬ身体は、堆積した灰の中をひたすらと漂い続ける。


 このアヤカシについて、〈レィミア〉の人々は一つだけ誤算をしていた。

 それは、この個体の持つ特異能力についてだ。

 特異能力とは、使徒型(アポスウェル)の各個体が一つだけ有する、他には無い専用能力の事。

 そしてこのアヤカシの場合は、その能力は周囲の景観に完全に溶け込んでしまう高度なステルス能力であると、そうカイ達は考えていた。

 実際それは、半分程は間違いではない。

 そして半分、不正解であった。

 あのステルスが特異能力によるものである事は、事実だ。

 しかしこのアヤカシの特異能力は、『ステルス』ではなく『適応変化』。

 あらゆる環境や状況に応じ、様々な形にその性質を変化させる――――それがこの個体の持つ、本当の能力。

 先に使って見せたステルスは、戦場から身を隠す為に『適応変化』によって発現したものであった。

『ギ……ギ……』

 使徒型(アポスウェル)の特異能力は、その出所を霊核に依存している。

 そして今、このアヤカシを襲っている霊核のダウンは――一時的なものでしかなかった。

『――――――――‼』

 ぎょろりと、折られた太角の下の丸い目が見開かれる。

 そして回復した霊核が、その特異能力を発動させた。

 ぱきん。

 何かが砕ける様な音が、使徒型(アポスウェル)の小さな胴から聞こえた。

 その身体からは、一つ。小さな結晶の様なものが表皮を突き破る様な形で、体外へと露出していた。

 ぱきん。ぱきん。ぱきん。

 胴から首へ。頭へ。そしてボロボロになった右の翼へ。

 結晶は次々に広がっていき、紫の表皮が見る間に、硬質な光沢を放つ物質に包まれていく。

 ぱきん。ぱきん。ぱきん。ぱきん。ぱきん。ぱきん。

 光の射さない灰の中、使徒型(アポスウェル)が悶える様に、その身体を仰け反らせる。

『ォ……オォォォォオォォォ…………』

 急速な、そして大きな変化に伴い全身を蝕む激痛。

 見開かれた目の中にある瞳が、小刻みに震える。

 全身がまるで脈でも打つ様に、ビクッ、ビクッ、と痙攣を起こす。

 ――――バキン……ッ!

 そんな異常な光景の最中、アヤカシの瞳が灰の向こうを――分厚い白灰の彼方に浮かぶ〈レィミア〉を見据えた。

 感情をほとんど持たぬ筈のその眼に、激情に似たモノを宿らせて。


更新が遅れて大変申し訳ございませんでした。


物語も本格的に終結へと歩み出していきますので、明日は更新忘れない様に頑張ります……。

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