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終わる世界で龍は唄う  作者: シャリ・クラゲ
6/12

第三節 灰の彼方より災いは来りて ②

第三節その②となります。


そう言えばこれの投稿作業をしている時に初めて気が付いたんですが、この作品はWordに全部データがあるのをキリのいい所までコピーして貼り付けているんですよ。

でもどうしてもWordみたいにルビを振る為には、縦棒の記号を打つ必要があるんですが、それを一つ打ったらその分が前の文字を上書きして入力されてたんですよ。

もしかしたらこれ以前の話も変な事になってたりして……。

ちょっと後で確認しとこ……。

 防衛団の叫びに触発された様に、翼竜の群れが慌ただしく空に舞う。

『ギェァァァァァ‼』

 裂けた大顎と、黒くのっぺりとした盲目の頭。

 異形の怪物が牙を剥き出し、乱暴に虚空を搔き乱しては火球を放つ。

 翼に生えた歪な翼爪をカチカチと鳴らし、人の柔らかな肉の身体を惨烈かつ残虐に身体を引き裂かんと押し寄せる。

「おおおおおぉぉっ‼」

 使徒型(アポスウェル)への攻撃に集中していた少年を引き裂かんと、体躯の大きな一匹の幻獣型(ファンタメイル)がその口をこじ開けたが、滑翔して来たヴェネトの槍が下顎を突き穿ち、強引に黒い顎を閉じさせる。

「ヴェネトさん、すみません!」

「気にすんな! その調子でどんどん殴れよ!」

 顎の下から頭部を突き貫かれた翼竜の身体を眼下の灰海に捨て去り、ヴェネトの赤い瞳が次の獲物をその視界に収めた。

 正面上方――カイよりも更に年若い一人の術士に狙いを定めた一匹の竜。

ヴェネトとその竜との距離、およそ十メートル。

 ――射程圏内だ。

 得物の穂先を自身の後方へ向けるや、リーチ延長の幻刃に変わって一塊の霊力塊が形成される。

 そして間髪入れず、爆散。

 爆発の反動を利用した短距離の緊急加速により、青年の身体は瞬く間にその翼竜の背後を取った。

「ギッ――⁉」

 加速の勢いを利用した斬撃が鈍色の甲殻に打ち込まれ、槍の穂先がいとも容易くその下の肉を深々と切り裂く。

 柔らかな肉の中に伝わる、骨とは違う何か硬い感触。

 その物体を、ヴェネトが力任せに切り裂いた。

 アヤカシにとっては生命維持器官そのものである霊核を破壊された翼竜が、バタバタとその翼を風に煽られながら落ちて行く。

「デルミ大丈夫か? 怪我はねぇか?」

「すみません! 助かりました!」

 両手持ちの銃型霊具を担いだ術士――デルミが、荒い息を吐きながら礼を述べる。

「霊力が持たない様なら、下手に意地張らずに一度戻れよ。無茶を押し通して、むざむざ死にに行くこたぁねぇんだからな」

 槍の穂先から霊力の光弾を放ちながら、ヴェネトが言う。

 霊核が活きている限り永久的に生み出され続ける霊力は、ほぼ無尽蔵に近いエネルギーだ。

 しかし、いくら生成が無限とは言っても、一定時間に作られる量には限度がある。

 その生成速度を超えるペースで霊力を使い続けた場合――当然、霊力を使う能力全般の行使が不能となり、回復するまでは飛翔すらもままならなくなる。

 だからこそ、この様な陸地から離れた場所での交戦においては、霊力管理というのはいつも以上にシビアな問題となってしまう。

 ヴェネトの様な経験を積んだ者であればその見極めは容易いが、術士となってまだ日の浅いデルミに関して言えば、それは当てはまらない。

 そんな隊長の気遣いに対して、デルミは――。

「……すみません。では少しだけ……」

「おう。ゆっくり休んで来い」

 素直に助言を受け入れた少年に、ヴェネトは語り掛ける。

「大丈夫。もうちょいの辛抱だ。今にアイツが、あのデカブツを灰の中に還してくれるさ」

 その視線は、戦闘の中心地に。

 楕円形の巨獣の周囲で滑翔する、一匹の龍を見据えていた。


  ◇


 使徒型(アポスウェル)に対する封術士達の集中攻撃が、人類に仇成す外敵を撃ち落とさんと絶える事無く撃ち込まれる。

 陽の光射す空の下を、攻撃性と指向性を与えられた霊力の残光が彩色に彩り。

 エネルギー同士の反発によって巻き起こる爆発が、アヤカシの巨体を黒煙とフラッシュで覆い隠す。

 ぶつかり合っては激しく火花を散らして、虚空へと霧散して行く霊力の燐光。

 白と蒼に統一された背景の中に、その光の花弁は美しく咲き、そして散る。

 彩光を湛えた戦場が、淡白色の灰の海上に展開されていた。

『はあぁぁっ‼』

 使徒型(アポスウェル)の遥か頭上を飛ぶ〈カイ〉が全身の鱗を逆立たせ、龍鱗の雨を眼前の巨影に対して乱射する。

 その射程範囲は、アヤカシの障壁のカバーし得る面積を遥かに凌ぐ。

 ――しかしそれは、障壁一枚当たり(・・・・・・・)の面積での話だ。

 この使徒型(アポスウェル)は先程から、五つの巨大な障壁を同時に展開――そしてそれぞれを個別に操作する事で、巨体を包囲する様に展開した術士達の放つ攻撃をほぼ完全に受け止め続けていた。

 その薄さに似つかわない耐久性を持つ障壁が高速で頭上に重複展開され、〈カイ〉の攻撃を雨粒の様に弾き返す。

「そこっ!」

 障壁が〈カイ〉の方向に集中した隙。

 その好機を、乱戦の中で〈カイ〉の背から降りて別行動しているシエラのフォルトゥーナが捉えた。

 炸裂する霊力塊は指向性を持つ無数のエネルギー体となり、超連射の光の矢がアヤカシを狙い撃ち込まれる。

 標的との間に割り込んだ数体の翼竜を巻き添えにして、光の雨が使徒型(アポスウェル)をその射線に捉えたが、

『――――――』

 上方に展開していた障壁が霧散すると同時に、今度はシエラと使徒型(アポスウェル)の間に障壁が形成されて、黄金の光矢を阻む。

 がしかし、そこに間髪入れる事も無く、〈カイ〉の口から迸るブレスが障壁を揺らす。

 障壁の表面が、僅かながらに波を打つ。

 そして更に、畳み掛ける様に数十の霊力が勢い良く撃ち込まれた。

 ――ビシィッ!

 何かがひび割れる様な破砕音。

 そしてガラスが砕ける様な高音を放ちながら、障壁が内側に砕け散った。

「やった!」

「今だ、畳み掛けろ‼」

 それを見た者達が、一斉に、豪雨の如き光線の雨撃を繰り出した。

 しかし使徒型(アポスウェル)――超常の侵略者は、そのくらいで引けを取る程、甘い相手ではない。

 砕けた障壁の欠片が消え失せるよりもなお早く、唸り声と共に再構築された分厚い多重障壁が、全ての光条を正面から迎え撃つ。

 衝突し、削り合う膨大なエネルギー同士の巻き起こす衝撃が降り積もった白灰を吹き飛ばし、熱波が炸裂して大気を焦がした。

「くっそ……がッ!」

「あれだけやってもダメか……ッ!」

『――ッ! 皆気を付けろ! 反撃が来るぞ!』

 終わりの見えない絶対防御の構えを前に、術士達から疲労の色が滲み出し始める。

 それを見透かした様に、使徒型(アポスウェル)の翼の先に生える異形の腕が妖しい光を纏うや、無数の光条が弾幕の如く、全方面に向けて一斉に放たれた。

 一見すれば、それはただ当てずっぽうに広範囲の攻撃を繰り出しただけの様に見えるが――その見解が間違いである事はすぐに明るみとなる。

 放たれた光条が描く幾千の軌道は、その全て(・・)が正確に、空に漂う術士達一人一人を狙い放たれたものであった。

 鋭角。鈍角。屈折。湾曲。

 一斉に放たれた光線は、千差万別――それぞれの軌道を描いて同時に、大勢の術士達へと襲い掛かる。

 避ける者には、その回避先を予測した別の光線が。

 迎撃する者には、その死角を的確に突く場所からの曲射が。

 はたまたその回避した者の背後に構えた術士を狙った、不意打ち紛いの一閃まで。

 先の狙撃で見せつけたこの使徒型(アポスウェル)の空間認識能力と、正確無比な攻撃精度を思う存分に発揮した――真上から自身の周囲を見渡したとしか思えないレベルの、正確な相対位置の掌握と、それを反映した攻撃の軌道。

「ぐああぁ――っ⁉」

 対処の追い付かなかった者の悲鳴が、戦場に響く。

「く……ッ!」

 シエラのフォルトゥーナが光の矢を放つが、手数が足りない。

 光矢と光線が少女の目の前で衝突し、爆煙が渦を巻く。

 そして爆風の風圧に押されて動きを止めたシエラを目掛けて、黒煙を突き破り迫る追撃の光条が閃いた。

「きゃっ……!」

『シエラ危ねぇ‼』

 が、三方向からの曲射に晒されたシエラの周りに、上空から撃ち出された〈カイ〉の光り煌く龍鱗が、その身を護るべく展開される。

 物質化した霊力が束となって壁を造り出し、使徒型(アポスウェル)の攻撃を塞き止めて少女の身体を守り抜いた。

「ごめんカイ。ありがと……」

『いいさ。それよりも……ッ!』

 二発、三発と薙ぎ払った蒼炎が束を成した使徒型(アポスウェル)の光線を次々と横合いから撃ち払い、標的とされていた術士達を救う。

 が、やはり圧倒的な手数の違いにより、対応の間に合わなかった幾つもの光線が、防衛団の面々に次々と突き刺さる。

 たった一体の敵から放たれた反撃が、同時に、そして多方向から一斉に押し寄せる脅威。

 しかし、傷付き多くの仲間を失いながらも、人々は諦める事をしない。

 たった一つの大地を護る為に、その心魂を燃やし続ける。

 昂り続ける霊力を手にした霊具に乗せて、未知の脅威を押し返さんとする者達の咆哮。

 そんな防衛軍の使徒型(アポスウェル)に対する攻撃の手が――やがて増加を始めた。

『――――――――!』

「待たせたな、卵野郎‼」

 数多の翼竜を屠り、返り血と小傷で装束を汚したヴェネトの威勢が〈カイ〉とシエラの耳に届いた。

 中空に飛び交っていた幻獣型(ファンタメイル)の討伐が大方片付き、そちらの対応に回っていた者達がヴェネトの先導に従って、その攻撃の矛先を使徒型(アポスウェル)へとシフトさせ始めたのだ。

 空を埋め尽くさんばかりの群れを成していた翼竜の影は、いつの間にかその規模を元の十分の一程にまで減少させている。

 ここまで削ってしまえば、後はもう時間の問題だ。

障壁がそれぞれ使徒型(アポスウェル)の全身に展開され、人間達の猛攻を食い止めるべく、本体の周囲で目まぐるしく軌道する。

 空間認識能力をフル活用し、あらゆる方向からの攻撃を受け止める使徒型(アポスウェル)

 防衛団の攻撃は、未だ一つとして、有効打を与えるには至っていない――。

 ――しかし終わりの見えぬ拮抗も、ここへ来てようやく揺らぎを見せた。

『おおぉッ!』

 ヴェネトとシエラの繰り出した複合光線が障壁の表面を傷付けて打ち消されると同時に、間髪入れず同じ場所へ向けて〈カイ〉がブレスを放つ。

 牙の間から、溜め込まれ圧縮された蒼い炎の揺らめきが漏れる程に強く、熱く、限界まで溜め込み、臨界まで高めた渾身の一撃が大気を焼く。

 滑る様に空を裂いて迫る極大の蒼炎が揺らぎを見せていた障壁に刺さり、

『――――――――ッ‼』

 ――貫通。

 多方向からの攻撃の全てに対応する為に多重で展開する余裕の無かった障壁を蒼炎の頭が障壁を食い破り、楕円形のアヤカシの胴体に直撃した。

 使徒型(アポスウェル)の動じる気配が漏れ、ブレスの衝撃でその巨体が僅かに傾く。

 すぐさま破られた障壁を再構築――しかし着弾の衝撃で、ほんの数秒の間ではあるがそれぞれの障壁の操作が鈍る。

 僅かな時間とは言え、それは決定的な好機だ。

「今だ! 総員ブチかませぇぇぇぇぇぇぇッ‼」

 ヴェネトの叫び声と共に、使徒型(アポスウェル)を襲う光条の密度が倍増する。

〈カイ〉の一撃が生んだ数秒の隙を数十数百の光線が縫い合わせる様に殺到し、より激しく怪物の巨体を削り込む。

 そしてそのダメージが次なる好機を作り出し、そこを縫い合わせる攻撃が絶え間なくアヤカシの身体に無数の爆発を刻み付けていく。

 戦局は今や、強大な怪物ではなく人々の群れに傾き始めた。

 五枚の障壁それぞれの分離展開は正直人々からすれば予想外であったが、幻獣型(ファンタメイル)が早期に討伐されて使徒型(アポスウェル)への攻撃人員が増えた事で、その誤算も許容範囲内に収まった。

 これであれば、どうにか討伐できるだろう……と、皆が考え出したその矢先。


『――ウルゥォオオォォォォォッッ‼』


 使徒型(アポスウェル)が咆えた。

 これまで発していた『音』などではない。

 大音声の爆発的な咆哮が、髑髏(どくろ)紛いの頭部から迸る。

「うぁ……っ!」

「ぐっ⁉ な、何だ……っ⁉」

 文字通り大気を揺るがす大咆哮に、思わず耳を塞いだシエラとヴェネト。

 構造上耳を塞ぐという事が出来ない〈カイ〉も、その目元に苦し気な色を浮かべる。

 アヤカシの頭部に開いた眼窩の奥に紅蓮の双眸が浮かび上がり、爛々と光を放つ。

 叫びに震える景色の中で、変化は唐突に訪れた。

 アヤカシを護っていた五枚の障壁が、ゼンマイの切れた玩具の様に、ゆっくりとその動きを止める。

 数秒の沈黙。

 そして次の瞬間。

「……っ⁉」

 障壁が消えた。

 少なくとも、シエラやヴェネトの目にはそう映った。

 そして代わりに現れたのは、使徒型(アポスウェル)の全身を完全に覆う形の球状の結界。

 先刻の定点防御を主体とした障壁とは違う。

 外界とアヤカシを分断する光の壁が、最大の壁として防衛団の前に立ち塞がった。

「そんな……結界なんて……!」

「ダメだ! 隙間なんか見付からねぇ!」

 喚きながらも、攻撃を続ける術士達。

 しかしそのどれもが本体には届かない。

 守りの隙間など、何処にも見当たらない。

 降り注ぐ攻撃の全てが、アヤカシを包み込む結界の前に虚しく爆散し、そして球状の結界に軌道を阻まれ、明後日の方向へと流されていく。

 折角見えた突破口が潰えた事で、彼らの士気は所々に瓦解の気配を孕んでいた。

「おい、マズいぞ! どうすんだコレ⁉」

 押され出した隊の中で、霊塊を槍の穂先より放ち続けながらヴェネトが叫ぶ。

 怒りが有頂天を迎え、霊力を爆発させた使徒型(アポスウェル)

「がはぁぁッ⁉」

 外部からの攻撃を結界が完全に遮断。

 その上、内側のアヤカシ本体・・・・・・から幾筋と放たれる光線だけは、その結界をすり抜けて閃き、取り巻く術士達に向かって牙を剥く――。

 あまりにも――あまりにも理不尽な戦況。

「この……っ! 止まりなさいよっ!」

 一般的な霊具よりも、火力では勝るシエラのフォルトゥーナ。

 分裂する矢を一本に凝縮させた高出力の一撃が、結界に突き刺さる。

 が、それも一瞬の話に過ぎない。

 横合いから吹き飛ばされたかの様に、光矢は横っ飛びに弾き返されて中空に爆ぜた。

「攻撃が……届かない……!」

 先程の様に、攻撃を受け止めて相殺し、打ち消すのとは違う。

 今のこの結界は、それよりも、攻撃を受け流す――あるいは弾き返す事に特化した性質を持っていた。

 真正面から受け止めるよりも、明後日の方向にその力の方向を変える方が、そこにかかる力も、負担も、遥かに小さい。

 そんな防御術が、今ではアヤカシの全身を覆っているのだ。

 隙を突くだの、力押しだのなんて策は最早通じない。

 これを破る為には、先とは違う何か新しい戦法を模索する必要がある。

 しかし、先の戦闘の最中にも使徒型(アポスウェル)は止まる事無く移動を続け、既に会敵当初と比べ〈レィミア〉まで残り三分の一という所まで近付いている。

 もう悠長に観察をしている時間すら、満足に残されていない。

 策を練る余裕もここに潰えた。

 何か手は――何か策は。

 焦る人混みの中、シエラの瞳が助けを求めて無意識に〈カイ〉を向いた。

「カ……イ?」

 龍の表情を見た途端、虚を突かれた様にポツリと漏らされた声。

 そして一瞬の後にその視線は、使徒型(アポスウェル)に向かって飛翔した白龍の姿を追い、再び正面へと向けられた。

「カイっ……きゃ……⁉」

 脇を抜けた〈カイ〉の起こした風が少女の髪を攫い、声は突風に煽られて届く事叶わず中断する。

 交錯した腕と閉じかけたその瞼の向こうに、煌きを湛えたエネルギーの奔流を纏おうとしている〈カイ〉の姿が映った。

「おいカイ、お前何を……⁉」

 背後から感じた、〈カイ〉の霊力の滾る気配に振り返ったヴェネトが目を丸くして叫んだ。

『あれは俺が破る。ヴェネトは皆をまとめて、いつでも一斉に攻撃できるようにスタンバイさせていてくれ』

「破る? 破るって言ったって、どうやって……」

『まぁ見てろよ』

 そこまで話して、〈カイ〉が一気に加速した。

 龍の通った後には、鱗の形をした燐光が宙に舞う。

 彼の意図を酌んだヴェネトの迅速な指示で、使徒型(アポスウェル)の周りに集っていた術士が一斉に後退し、開けた視界の中には眼前に迫る淡紅の結界と、その奥に妖しく光る深紅の眼を宿したアヤカシの巨影だけが映る。

 未だに術士との交戦を続けている、幻獣型(ファンタメイル)の生き残りによる妨害も無い。

 一対一の真っ向勝負。

(――さて。この策が吉と出るか凶と出るか……)

『死合おうか、バケモン』

 光が咲いた。

それは活性化し、煌きを纏った龍鱗が織り成す花弁の嵐。

 輝く龍鱗の花吹雪はやがて収束し、翠白の龍を包み、そして昂る霊力の奔流となる。

 天翔ける彗星と化した白龍が、文字通り目にも留まらぬ超速を以て使徒型(アポスウェル)に肉薄する。

 圧倒的に体格で劣る小さな龍の抵抗を嗤う様に、アヤカシの赤き双眸が細まった。

 そして舞い散る光の只中で、二つの煌きが激突する――。


「な……ッ!」

 人々の間からどよめきが漏れた。

 翡翠の彗星は凄まじいスピードで結界に突き刺さった。

 そして次の瞬間、アヤカシを囲っていた紅い結界は消滅し、使徒型(アポスウェル)の周囲には幾度となく人々を阻んで来た障壁が〈カイ〉の穿撃を挟み込む様にせめぎ合っていた。

 ――否、初めから結界などという代物は存在していなかったのだ。

 使徒型(アポスウェル)を囲っていたのは、最初からずっと五枚の多重障壁のみ。

 紅の結界はあくまで、超速で周回していた障壁の残光が織り成していた虚像に過ぎない。

 故に、人の視認限界を軽く凌駕していたその周回の合間を認識できなかった人々の攻撃は尽く弾かれ、その隙間を縫う事の出来る張本人(アポスウェル)の攻撃だけが一方的に相手を襲う構図が出来上がっていたのだ。

『今だヴェネトォッ‼』

「応よぉッ‼」

 ヴェネトが、手にした槍を振りかざす。

 瞬間、無防備にその巨体を晒したアヤカシに、大量の霊力の光が降り注いだ。

 その身体の大半を占める楕円の胴に。

 歪な翼とその先の肥大化した腕部に。

 骸を思わせるその頭部に。

 幾百幾千の光が、空気を裂いて、大気を貫き、外殻に覆われた使徒型(アポスウェル)の巨躯を穿たんと突き刺さった。

『オオオオオォォォォォォォォォォォッッ‼』

 雲のかかり出した空の下に、巨大な獣の慟哭と憤懣が響き渡る。

 巨体を覆う外殻が抉れ、その下の肉体を削り込む。

 先の様に障壁を使えば、当然その攻撃を防ぐ事は可能だ。

 しかし今障壁をその守りに回してしまえば、五つの障壁を使って挟み込む事でやっとその勢いを食い止めている、〈カイ〉の穿撃を貰う事になる。

 そしてその威力は、今自身に降り注いでいるどの攻撃よりも明らかに格上。

 貰えば致命傷は確実。

 下手をすればそれだけで決着が着く。

 かと言って、このまま多勢の攻撃に身を晒し続けるのもジリ貧――いずれは外殻を砕かれて落とされる。

 追い込まれた使徒型(アポスウェル)には最早、多少の危険を顧みる余地など無かった。

『グオオオォォォォォォォ……ッ‼』

 外殻の顎が大きく開き、紅蓮の瞳が光を増す。

『――ッ⁉』

 駆動音の様な唸りと共に、使徒型(アポスウェル)の楕円の胴が横向きの模様の境目からばっくりと開かれる。

 それはまさしく、巨大な口。

 巨体の七割を占める、余りにも大きな第二の大顎。

 その奥で、妖しく揺らぐ何かが光った。

「あれは――!」

 シエラ達にも、至近距離にて穿撃を継続する〈カイ〉にもすぐに分かった。

 霊核――霊力を生み出す源泉。

 アヤカシにとっての命の源であり、それそのものが一種の強大な霊力の塊。

 それをわざわざ剥き出しにする、という使徒型(アポスウェル)の行為が何を意図しての事か。

 そんな事は、想像に難くなかった。

(マズい……ッ!)

 そう思ったのも束の間、〈カイ〉の視界を強烈なフラッシュが焼いた。

 臨界まで熱を高め白熱を帯びた霊核から放たれた暴虐の一撃が、穿撃を纏う〈カイ〉を丸ごと呑み込んで爆ぜる。

 全身を包み込んでいた穿撃のエネルギーがアヤカシの一撃と反発を起こし、暴発したエネルギーの巻き起こした衝撃が大気を揺らした。

『がッ……は……』

「カイ――‼」

 爆散した黒煙を破り、白鱗の欠片を撒き散らしながら〈カイ〉の白い身体が重力に引かれるまま落ちて行く。

 砂煙を巻き上げて地上に落ちた龍を追い掛けてシエラが降下しようと動くが――

「シエラ、危ねぇ‼」

「きゃっ!」

 その肩をすぐさまヴェネトが掴んで引っ張り、一拍の後、シエラが向かおうとしていた方向を紅の光線が薙いだ。

『ガァアアアアアァァァァァァァァァァァア‼』

 霊核を剥き出しにした使徒型(アポスウェル)の激烈な咆哮が迸る。

 生命の窮地に面し、眼窩に輝く双眸は轟々と紅蓮を滾らせ、これでもかと言わんばかりの無数の光条を前腕や双眸、剥き出した巨大な霊核から放出する

 無造作に幾重にも張り巡らされる弾幕の嵐はまるで人々を寄せ付けず、文字通り無茶苦茶に暴れまくる使徒型(アポスウェル)は〈レィミア〉を目指して動き続ける。

 侵攻を阻止すべくシエラのフォルトゥーナが鋭い一射を霊核目掛けて放出するが、

「――ッ! 駄目……届かない……!」

 臨界を越えたエネルギーを熾し続ける霊核の周囲で渦を巻くエネルギー波の乱流が光矢の軌道を捻じ曲げ、入り乱れる光条がその射角すらも阻んでしまうが為に、有効打を与える事が出来ないのだ。

 純粋な威力だけで言えば、〈レィミア〉に現存するどの霊具よりも火力の高いシエラの得物で貫けないとなると、ヴェネトの槍も届かないであろう事は火を見るよりも明らかだ。

 近接戦を仕掛けるにも、使徒型(アポスウェル)の猛攻が激しすぎて中枢である霊核まで辿り着く事は出来ない。

 この状況で打てる手があるとすれば――もう、一つしか――……

 ――ズガァッ!

「――え?」

 短い音が一つ響いた。

 同時に空を埋め尽くさんばかりの紅の光条はピタリと途絶え、頻りに響き渡っていた使徒型(アポスウェル)の咆哮も聞こえなくなる。

 呆気にとられた視線を向けた先には、小さな髑髏の顎と胴の大顎を目一杯に開口させた使徒型(アポスウェル)――そして大顎の中心で白熱を帯びるアヤカシの巨大な霊核と、それを撃ち抜く収束された蒼光の余韻があった。

 その蒼光の出所は、眼下に延々と広がる白き灰の只中に――灰塵と砂塵の海を突き破り、笛の音の咆哮を上げながら飛翔しようと構えていた。

「カイ‼」

「生きてたか、あの野郎――!」

 灰と砂の海に呑まれながらも放った先の一撃は過たず敵の霊核を直撃した。

 しかし直撃こそすれど、乱流に削られたブレスは対象の破壊には至っておらず、使徒型(アポスウェル)は動きを止めただけで未だ健在。

 しかし、その隙だけで十分だった。

『おおおおおおおおおッ‼』

 再び渦を巻く翡翠のエネルギーを纏い、爆発的な加速を以て白龍が飛び立つ。

 硬直の解けた使徒型(アポスウェル)が動く――しかし、既に間に合う訳も無い。


〈カイ〉の穿撃が、剥き出しの霊核を直撃した。


 頑丈な霊核が穿撃のエネルギーに撃ち抜かれ、ガラス玉の様にひび割れてその形を歪ませ――そして、弾け飛ぶ。

 使徒型(アポスウェル)の眼窩に輝いていた赤光が静かに消え、翼とその先の腕が力無く垂れ下がる。

 腹部と腕部に渦巻いていた、不気味な幾何学模様は次第に薄れ、まるで黒檀の様な漆黒に変わる。

『           』

 霊核を砕かれたアヤカシが、声を発する事は無い。

 代わりに上がるのは、ぐらりと傾き墜落を始めた巨体から漏れる軋み音だけ。

 そして巨獣は、白き灰の海へと崩れ落ちた。

「カイ!」

 穿撃の渦が消え去ると同時に龍化も解け、疲れ果てて頭から落ち出したカイの身体を、急ぎ飛翔して来たシエラが支える。

 腋に腕を回し、全身を使って抱き抱える様にしてカイの身体を救い上げる。

「へへっ……。やってやったぜ、こんにゃろう……」

 にへっと笑うカイ。

 生きている――ちゃんと生きている――。

 強烈な安堵と、安心と、そして歓喜の念が、一気にシエラの中を駆け巡った。

「もう……。無茶ばっかりするんだから、馬鹿カイ……」

 嬉しさと愛しさが、身体の奥底から一気にこみ上げる。

 目の端に潤んだ涙の影を悟られたくない、という小さな意地から、シエラがぎゅうぅ、とカイの頭をその胸に抱き締める。

 幸い、顔を隠す事で一杯になっているシエラの耳には、腕の中にいるカイの、

「ちょ……どうしたシエラ……。そんな押し付けられたら息が苦し…………あれ? 苦しくない……。全く口元が圧迫されない……。何だろう、この釈然としない微妙な虚しさ……。あれ……? え……?」

 という失礼無礼不躾極まりないカイの超弩級爆弾発言は欠片も届いていなかった。

「カイ……! 無事だったか!」

「おうヴェネト……。お陰で助かったぜ」

 興奮冷めやらぬと言った様子のヴェネトが、カイの背中をバシバシと平手で打つ。

「何、俺達は何もできちゃいねぇよ。今回のは全部、お前の機転と度胸が成し遂げた成果だ。本っ当によくやったぜ、カイ!」

 労いと共鳴の雄叫びが、防衛団全体から湧き上がる。

「お疲れ様、カイ!」

「流石は俺達の切り札だ!」

「仕方ねぇなぁ! 今晩のおかず一品くれてやるぜ、カイ!」

 激戦の終結の喜びが、戦士達を暖かく包み込む。

 柔らかな空気が、戦場となっていた空の下に広がって。

 皆、明るい表情を浮かべていた。

 その顔の端に、あるいはその全面に、一様の喜色を浮かべていた。


 ――その安息が、後一分と持たぬ事を知る由も無く。


ありがとうございました。

という訳でまずは第一の関門を突破しましたが、混乱はまだ続きます。


では次回、第三節その③をお待ちください。

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